11
ツルを作った後、ロイさんに言われていたので、その日は一日お休みをすることにした。
今日は天気が良かったので、外に出て、ひなたぼっこをする。
クロの体をソファー代わりにして、日当たりのいい場所に座った。
ツルもついてきて、すぐ隣で丸くなっている。
なんだか、魔物使いにでもなった気分だ。
手首の金色の腕輪は、デザインが変わっていた。
細い蔦が絡まったようなものになっている。
今までのデザインは、シンプルな金の輪っかだった。
形が変わっただけなのに、違うものに見えるから不思議だ。
「こっちのほうがかわいいかも」
しかし、相変わらず、外すことはできなかった。
例の手帳も確認してみよう。
中を開くと、ツルのページが増えていた。
「名前 ツル
種族 木霊
所属 ユーリ
錬度 1
体力 C
魔力 B
筋力 C
知力 B
機動 C
運 B
」
種族が木霊だ。
木霊とは、なんぞや?
「ねぇ、ツル。木霊って何?」
ツルに聞いたら、うねうねとくねり、絡まり文字を作っているようだった。
うん、読めない。
うちの子、ホント、頭いいな。
「そうだ。本で調べればいいんじゃないの?私って、天才!」
ロイさんに断れば、別館に行ってもいいだろうか。
別館のあの子たちなら、きっと参考になる本を選んでくれるだろう。
私は立ち上がり、ロイさんに許可をもらいに行くことにした。
「怪我をした時ぐらい、大人しくなさってください」
「でも気になっちゃって」
「その手で、どうやって読書をするんですか?」
「ツルもいるしクロもいるし」
そういって、私の足元にいるこんがらがったものを指差す。
ツルは、得意げに「!」と、マークを作っている。
「わかりました。私も参ります」
「いいの!?」
「その代わり、今日だけは手を使うような作業は、極力行わないでください」
ロイさんは、ちょっとご機嫌斜めのようだ。
本を読むだけなのに。
何をそんなに心配しているんだろう。
別館に入ると、受付の所に、布をかぶった子どもが3人並んで待っていた。
そして、開口一番。祝いの言葉でもてなされた。
「おめでとうございます!」
「なにかいいことあった?」
わけも分からず、そう聞くと、3人はにこにこ笑顔のまま、私を囲み始める。
「マスターの錬度が上がりました!」
「そうなの?」
「はい!おめでとうございます!」
ツルのページしか見てなかったから、知らなかった。
あとで見てみよう。
「錬度が上がったため、制限が解除されました」
「お祝いに、わたしたちをお披露目いたします!」
「お披露目?ほんとに!待ってた!」
彼らは、おもむろに顔の布を取る。
「私たちは、死人です」
「世間一般で言うところの、きょんしーってやつだ」
声が出なかった。
「マジで!」
いや、驚きのあまり、声は出た。
「前の主の設計なので、自分たちにはどうしようもないのですけど」
「ここを守るために、老いや死は妨げになるからって、僕たち死人になったんだよね」
そのどれもが、顔つきはよく似ていて、おでこにお札を付けていた。
邪魔なのか、ピンで留めている子もいる。
こここここここれは!!!
設定こそ違えど、姿かたちは、正にコージー兄弟に瓜二つじゃないか!
「あの、名前を聞いても?」
おそるおそる問いかけた。
赤い子は名乗る。
「レンといいます」
黄色の子は囁く。
「コウです」
青い子は言う。
「セイだ」
そして、3人そろって礼をする。
「コージーズじゃないですか!」
「コージーズ?」
「そう!私の知ってるコージーズは、獣の人だったけど。他に兄弟はいないの?今のところ、全部で8人いるはずなんだけど?」
3人は顔を見合わせる。
「俺たちだけだ」
「他にいるなんて、聞いたことないけど」
「いるなら、すでに会っているはずだ」
「ですよねー」
コージー兄弟。通称、コージーズ。
動物をモチーフにした獣人族の兄弟。
多産の犬をモチーフにしたため、現在確認されている親類兄弟だけで8人、存在している。
その全てがレア度3のノーマル扱いだが、モチーフのかわいさなどから、人気の多いキャラクターである。
そのコージーズが、3人も目の前にいる。
犬耳も尻尾もないし、キョンシーだけど、キャラクターの顔と声は一緒。
なんということだ。
やっぱり、大好きなソシャゲ「ウォッチ・オブ・ベイ」のキャラクターは他にもいた!
設定がかなり違うけど!
「うわぁ、まじかー」
これは、私の最推しのキース・エヴァンスに似た人が存在するかもしれない!
「がっかりした?」
黄色のコージー、もとい、コウが、不安そうな顔をする。
「ごめんね。嬉しいの。大丈夫だよ」
頭を撫でてあげると、心配の種は飛んでいったようだった。
かわいい。
キョンシーだっけ?
なんで設定が違うのかは知らないけど、かわいい。
頭に耳がついてないけど、かわいい。
お札がぴらぴらしてるけど、かわいい。
「マスター。子どもを愛でるのもよろしいのですが、本来の目的を忘れませんよう」
「そうでした!」
ロイさんに言われなきゃ、ずっと愛でていたかもしれない。
危ない、危ない。
「本を探してほしいのだけど、手伝ってくれる?」
「分かりました!」
「どのような本をお探しですか?」
「木霊のことを調べたいの。分かるかな?」
「任せてください!」
こうして、3人は思い思いの方向に飛んで行ってしまった。
「マスター。先程、私と約束いたしましたよね。手は使わない、と」
「あ……」
そうだった。
思わず、頭を撫でてしまった。
無意識のうちに手を使ってしまった。
これは、意外に難題だな。
「お待たせいたしました、主」
私がロイさんに説教を受けている間に、3人は本を抱えて戻ってくる。
彼らが持って来てくれた本は、ロイさんが全部受け取ってくれた。
「向こうに行きましょう」
そうして、案内されるままに、大きめのソファーに座る。
当然のように、私の隣にロイさんが座り、本を開いて待っている。
え、なに。この状況は。
「一人で読めるよ」
「手に負担をかけないと、先程約束しましたよね」
「ページをめくるくらいはできるから」
「約束しましたよね?」
そういって、本を渡してはくれなかった。
必要なページは、ロイさんが探して開いてくれる。
私は、それを読めばいいということらしい。
しかし、一つ問題が。
距離が近い!
近いなんてもんじゃない。
私の左側全部が、ロイさんの右側全部にくっついている感じ。
近い近いちかいっ!
「あの、」
「朗読いたしますか?」
「えっ!そこまでは別にいいんだけど」
何なの、この人。
人じゃなくて、ゴーレムだけど。
いやいや、今はそういうことを言ってる場合じゃなくて。
朗読?読み聞かせってこと?
そこまでしてくれるの?
なんか、後が怖いんですけど。
私が、あーだこーだと悩んでいると、ロイさんは朗読を始めてしまった。
だから、問題はそこじゃないんですってー。
言っても無駄だろうから、仕方がないので、その状態で本を眺めた。
読まなくても、ロイさんが読み聞かせてくれるから問題ない。
しかし、文字を目で追う作業は忘れない。
声が良いから、頭にさっぱり入ってこないのだ。
しかも悪いことに、心地よい子守唄のように聞こえ出した。
まぶたがだんだん重くなってくる。
頭が落ちそうになるのを必死に我慢していたが、とうとう眠気には勝てなかった。
寄りかかるようにして体を預けてしまうと、そこで限界だった。
-----
「あーるじっ!」
子どもの声がしたので、目を開ける。
なんだ、このかわいい生き物は。
私は夢でも見ているんだろうか。
ぷくぷくのほっぺたの子どもが3人、笑顔でたたずんでいる。
「主、そろそろ帰らないと」
「起きて!」
主ってだれだっけ?
眠くて眠くて仕方なかったので、目を閉じる。
「主っ!」
「起きろ」
あー。主って、わたしのことか。
「ねむい」
「日が暮れちゃうよ」
「早く帰らないと、従者さん、怖いよ」
従者?
あー、ロイさんのことか。
そこで、はっと思い出した!
体を起こして、無理矢理、頭を覚醒させる。
「ごめんなさい!寝ちゃいました!」
私の枕になっていた人型ゴーレムに向かって、頭を下げた。
せっかく読み聞かせまでしてくれたのに、ごめんなさい。
途中で寝てしまい、ごめんなさい。
枕にして、ごめんなさい。
でも、向こうは気にしてはいないようだった。
「構いません。木霊については、ある程度理解しました。明日、解説いたします」
「ほんとにすみませんでした」
「いいえ。お気になさらずに」
よかった。
また怒られると思っていたから。
この、ロイ・マクスウェルをかたどったゴーレムは、外見だけでなく、性格まで似ていることを失念していた。
ゲームの設定ではこうだ。
部下思いの優しい指揮官だが、自分の力の及ばないことは許せない。
それは、戦いにおいてだけではなく、日常生活においても同じだった。
つまり、悪い意味で、マイペースな性格をしているのだ。
夕食の時間。
今日一日は、手を使わないと約束はした。
約束はしたけど、食事をするときぐらいはいいんじゃないだろうか。
私の有能すぎる執事は、当然のように私の隣に座り、私の代わりにナイフとフォークを持ち、今日のメインディッシュである魚の焼いたやつを器用に取り分けている。
いつもなら、こんなことは絶対にしないのに。
「あの、これは、一体、どういう」
「私との約束を、よもや忘れたわけではないですよね?」
「ちゃんと覚えていますよ。手をなるべく使わないって」
「よろしい。ですから、食事のお手伝いをしているのです」
「そこまで?」
「はい。やるからには、徹底的にやります」
自信満々にそんなことを言われましても。
しかも、あとは、私が口を開けるだけ。
準備は万全らしい。
「自分で食べられますけど」
「そうですね。では、口を開けてください」
「いやいやいやいや、待って!話聞いてた?」
「大丈夫です。ちゃんと小骨は外しましたから」
「そういう問題じゃなくて」
「はい、あーん」
なにが、「あーん」だ!
これがキース様なら大人しく甘えさせてもらうが、相手はロイ・マクスウェルだぞ?
別にお前は推しじゃねぇんだよ!
私の推しメンは、キース様だっつってんだろ。
あー、くそ。
ロイさんってば、顔良し、声良し、多少自分勝手ではあるが思いやり良しで、非のつけどころがない。
なんて完璧超人なんだ。くそぅ。
「ほら、はやく」
「いえ、本当に一人で大丈夫ですから」
「私は、あなたのために存在しているのです。あなたの体を気遣うのも、執事の務めです」
「いや、うん。本当に、気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう」
「そんなこと言わずに。私のためだと思って」
そんな押し問答がつづく。
向こうの必死さが伝わってくると、なんだか、断りづらくなってきた。
「マスター、お願いです」
ロイさんのこんな姿を拝むことは、一生無いと思っていたのに。
恥ずかしいのもあり、鬼の心で断っていた。
それなのに、そんな懇願されるようにお願いさせると、私の小さな良心も痛み始めてきた。
「マスター、お願いですから」
「あぁもう!わかりました!わかりましたよ!でも、一つだけ約束してください」
「条件次第ですがいいですよ」
「もうそれでいいです。お風呂は、一人で入ります!」
すると、ロイさんは手に持っていたフォークを落とす。
からん、と静かな部屋に冷たい金属音が鳴り響いた。
「マスター、お一人で入られるつもりなのですか?」
「まさか、お風呂まで介助するつもりだったんですか」
ロイさんは、酷く動揺しているようだ。
「マスターお一人で?そんな馬鹿な話があるものですか」
「最悪、明日の朝に入ろうかと思っています」
「私にお任せいただけないのですか?」
「いや、だから、恥ずかしいって言ってるでしょ!」
やだ、もう。
この人、最近、距離感がおかしい。
性格、変わりすぎじゃない?
「マスターの格好など、私は気にしませんが」
「私が気にするって言ってるの!」
こんな性格だったかな?
最初の頃は事務的な会話しかなくて、むしろ、寂しいと感じるくらいだったのに。
いつから、こうなった。
ふと、私の足元に転がる緑色の固まりが、目に入った。
あ!原因これかも。
ゴーレム作成に失敗するたび、チリのように積っていた錬度が、ツルを作成したために、一気に爆発したとか?
コージーズがそんなこと言ってたし。
それで、ロイさんの性格も変わって、過保護になったとか?
新密度が上がったとか?
そもそも、新密度なんてものがあるのかは知らないけど。
だって、ちょっと前のロイさんなら、そんなこと絶対に言わなかったもん。
うわぁ。
まじで止めてほしい。
むだにイケメンなのに、過保護とか。
私の気持ちが露骨に顔に出たらしく、ロイさんはショックを隠し切れていない。
「マスターは、私が邪魔ですか?」
「そんなことないよ!」
完璧だと思っていたが、意外にメンタル弱いのかな?
フォローするの、超絶めんどくさいけど、慰めてやらねばなるまい。
主人として、仕える者を気遣うのは当然だろう。
「ロイさんには本当に感謝してる。ご飯おいしいし、毎日助けてもらっているし、色々教えてくれるから、本当に助かっています」
「では!」
「それとこれとは、話が違う」
なにが悲しくて、お風呂に入れてもらわにゃならんのだ。
そこまでされたら、申し訳なくて、全力で土下座ですよ。
しかもこの人は、さらに上を行く、とんでもないことを言いだした。
「毎夜、猫とばかり遊んで、私を寝所には呼んでくださらない」
「はぁ?なに言ってんの?クロは猫だよ!?」
「私もこれと同じ、ゴーレムです」
「ロイさんは人型、クロは猫型!」
「同じです。私は、あなたのために作られました。あなたの全てを助けるようにと」
「あぁ、うん。そうだね」
「あなたが望めば、どんなことでも叶えて差し上げます」
「いや、うん。それはまた次の機会でいいんだけど」
そう答えると、心なしか、表情が和らいだような気がした。
ごめんね。
言葉のあやだよ。
次の機会どころか、この先、一生ないと思う。
そんなことは望んじゃいないから、そういう機会は訪れたりしない。絶対にだ。
というか、ゴーレムの用途って、無限大だな。
「なんでも仰ってください。私は、あなたのお役に立ちたいのです」
なんか、ほんと、もう。
私にどうしろっていうんだ!
「マスター」
「はい!」
「私をもっと頼ってください」
その言葉で、はっとした。
彼は、私を助けるためだけに存在しているのだ。
それが、彼の存在意義なのだろう。
なんだか機嫌が悪かったのは、自分をもっと頼ってほしかったから。
そう思うと、なんだかしっくりいくような気がする。
「じゃあ、一つだけお願いしてもいいですか?」
「はい。何なりと仰ってください」
最初から願えばよかったのだ。
気を使ったり、顔色をうかがう必要はなかった。
「お魚は飽きました。お肉が食べたいです!」
ロイさんは、いつもの自信満々の顔に戻る。
「わかりました。明日、錬度上げも兼ねて、狩りに参りましょう」
「やった!お肉だ!」
「しかし、本日はこちらをお召し上がりください」
そういって、ロイさんは私の前に、スプーンを差し出してきた。
「はい、あーん」
「どうしてもだめですか?」
「だめです。マスターのためですから」
「じゃあ、お風呂は一人で入らせてください」
「……わかりました。では、口を開けてください」
交換条件を飲んでもらったのだ。
仕方ない。
意を決して、口を開ける。
人に食べさせてもらうという経験は、衝撃的で、なおかつ、恥ずかしくもあり。
今後、絶対に手に怪我をしないぞ、と心に深く誓ったのであった。