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(4)準備 レミュート

現在:修正第3稿目(2008 09 20)

 旅に必要な物は、それがよっぽどの未踏の地を行くので無ければ現地調達した方が良い。これはミリオンとベルディナの共通認識だった。

 特に長期の旅になると身につける荷物は出来る限り最小限にするのは当然のことであり、予期せぬトラブルで荷物を失っても自前で調達出来るようにならなければ旅人としてはまだ半人前だ。と、言うより、旅慣れしている二人にとって旅先で手に入る物をわざわざ金を払ってまで買うことは無駄以外の何者でもないと考えていると言った方がいいか。

 しかし、どうしても現地調達が出来ない物もやはり多く、その最たる物が消毒薬や清潔な包帯、魔術のための専門道具(専門的には魔装具と呼ばれている)となるだろう。

 特に魔装具に関してはやっかいな物で、魔術を専門としない者にとってはたかが石ころや布きれに宿代の何日分もの値段がつけられていることに憤りを覚えるほどだ。


「正直、私は魔装具屋は好きになれんな。」


 薄暗い店内に所狭しと並んだ用途の知れない道具を眺めながらミリオンはそうつぶやいた。


「そう?ベルの研究室なんてこれよりもっとすごいけど。」


 中央に複雑な聖印が閉じこめられている、紅く透明な結晶を手に取りながらレミュートはミリオンの方に目を向けた。


「私のような平の騎士がそのようなところに入れると思うか?」


 レミュートはそんなミリオンに「それもそうね。」と返すと、再び魔装具の物色に戻った。


 魔術師が王宮で行う研究はどの国でも機密性が高いものだ。普段はがさつなベルディナでもそのことに関しては、非常にシビアに行っていた。それは王女であるレミュートをはじめ、多くの大臣でさえも、その重要なセクションへの立ち入りは禁じられていたほどに徹底したものだった。

 故にレミュートもベルディナが何の研究をしていたかを詳しくは知らないのだ。

 しかし、旅に出た今でも、時折彼が伝書鳩を使い研究に関して何らかのやりとりを続けていることから、その研究の重要度は高いと想像できる。


 街角の隅の一角に立てられた魔装具店『アイアン・グローブ』は小さい店舗ながらもなかなか良いものが置かれている。


 少し前まで、魔装具の全てはベルディナがそろえていた。パーティーの中で唯一の専門魔術師である彼が魔装具をそろえることは当然といえるが、ベルディナは魔術を行使するさい、殆ど魔装具を使用しないのだ。

 彼ほどのレベルの魔術師になると、わざわざ魔装具の助けを借りる必要もないというらしいが、ミリオンは今まで魔装具を一切使わない魔術士を見たことがない。

 輝紅石ガーネットや火喰い鳥の羽は炎の魔力を高めるためによく使われ、澄碧珠サファイアや白鯨の髭は水の力を、透炎石ルビーや地中鼠の革は大地の力を、聖緑石エメラルドや大鷲の尾羽は風の力を高める。そして、金剛石ダイアモンドは属性によらずあらゆる魔術を増幅する万能石として有名だ。

 町中を歩く魔術士をよく見ると、どの魔術士も上記のいずれかの道具を身に付けていることが見て取れるだろう。故に、魔術士は装身具アクセサリーに気を遣う金持ちが多いと思われがちだが、それは誤解に違いない。

 そのような、一見煌びやかに見える装飾品は、魔術士にとって(若干、語弊があるが)大切な商売道具なのだ。


 閑話休題。


 ともかく、ベルディナはそういった魔装具を殆ど身に付けていないと言っても過言ではない。

 確かに、導師や大魔術師ほどのレベルにもなると、自らの力を高めるために宝石や道具を使用しなくなる携行も確かにある。しかし、そういった高位の魔術師であっても必ず持っているものがある。


 ミリオンは、店の入り口から中央にかけて、最も多く棚を占拠しているものを手に取った。

 それは、一本の棒の先に子供のこぶし大の宝石が取り付けられたものだった。

 棒と言ったが、それは入念に磨き上げられ、柄の部分には文字のようにも見える刻印が規則正しく刻み込まれた、いわゆる魔術士の杖メイジ・スタッフだった。

 その先に付けられた宝石は、風の力を増幅するものだろうか。聖緑石エメラルドのように透明では無いにせよ、鮮やかな緑に染まった石は風をイメージできる。宝石に少し詳しいものなら、その石が浄緑石ターコイズであると分かるだろう。それは、ミリオンの予想通り、聖緑石エメラルド程ではないにせよ、風の魔力を増幅する力を持つ石だ。

 魔術に関する知識に疎い彼にとって、この杖がどの程度の力を持つものなのかは分からなかったが、周りにある杖と比べて比較的手頃なこの杖は、その機能もおそらく手頃な部類なのだろうと予測した。その造形も、周りのものに比べると極めてシンプルであるから、魔術の初心者のために作られたものなのかもしれない。


 どのような魔術士も必ず持っているもの、それがこの杖だった。しかし、ベルディナはその杖すらも使っている様子がない。

 そういえば・・・。


「レミー、一つ良いか?」


 ミリオンは、店の奥で二つの輝石を比べながら難しい顔をしているレミュートに声をかけた。


「ん?なに、ミリオン。」


 レミュートは、輝石から目を離さずに答えた。


「ベルについてもだが、私は君が杖を使っている所を見たことがない。君たちには必要がないのか?」


 レミュートはそれを聞いて、「ああ・・。」と呟くと、輝石を棚に戻しミリオンの方に目を向けた。


「ベルのことは分からないけど、私はその代わりのものを使ってるわ。」


 どうやら、レミュートもベルディナが杖を使っているのかそうではないのかを知らないらしい。しかし、彼女の言う”代わりのもの”とは何なのだろうか。先を促すミリオンの視線に答え、レミュートは(別にかくしていたわけではないが、)白状することにした。


「剣を杖の代わりにしているって言ったらいいのかしら。これは、ベルのアイディアなんだけどね。」


 それを聞いたミリオンは今まで奇妙に思っていて聞かなかった事を思い出した。

 レミュートが今まで持っていた剣は、旅の始めにこの国で購入したものだった。彼女は王国にいた頃、個人的に鍛錬をしていたものの、剣術に関してはまだまだ初心者であるため、ミリオンはなるべく扱いやすいものを選んだ。

 ミリオンの見立てでは、レミュートは剣の資質に恵まれているとは言い難かった。

 それに関してはベルディナが常々ぼやいているように、

『あいつが、本気で魔術士を目指したなら将来は偉大になれるだろうが、剣術では凡人の域を出ることはないだろうよ。惜しいもんだぜ。』

 ということはミリオンも感じていたことだった。

 かくして、レミュートの剣の選定にはミリオンとベルディナの二人がかりで行われることとなり、その結果選ばれたものはミスリル製の小振りで軽いロングソードだった。ミリオンの持つ大剣と比べ、その差は大人と子供ほどにも離れていたが、レミュートの体格からいけばちょうど良い塩梅だった。


 話を元に戻そう。


 その剣を彼女に渡した次の日、その剣のガードには見事な金の装飾と共に金剛石ダイアモンドが設えられていた。

 その時彼は、王族というものはそういった装飾を好むものかと思っていた。本来なら、旅をする以上そういった贅沢は諫めるべきだったが、その宝石はレミーが王国を出る際に持ち出したお気に入りの宝石だったし、ベルディナがそれに関して特に何も言わなかったのでミリオンも口出しはしなかった。

 今考えると、その様式はさっきまでミリオンが持っていた魔法の杖のそれによく似ている。


「そうか、それで君の剣には宝石がついていたのだな。」

「ええ、加工はベルにしてもらったけど、今回は自分でやりたいと思うの。」


 レミュートがいつもより入念に素材選びをしているのはその理由もあった。彼女は、ベルディナからいつも言われている、「本来、魔術士は自分の使う物は自前で用意するもんだ。」ということを今回は実践したいと思っている。おそらく、それを聞いたベルディナは、お前はまだその段階ではないと言うだろうが、それでも自分で出来るヶ所は自分でやらせて貰うつもりをしている。


 ミリオンは、再び素材選びに戻った彼女を見て、「これは随分と時間がかかりそうだ」と思い、


「私は、先に武器屋に行って剣を選んでいるが、場所は分かるか?」


 と彼女に告げた。


「ええ、ここからすぐの、大通りの店でしょう?いつも行っている。」

「ああ、そうだ。では、ゆっくりと選ぶといい。終わったらその店に来てくれ。」

「分かったわ。」


 レミュートは横目で、「それじゃ、また後で。」と言ってミリオンを送ると先ほどまでどちらにしようか悩んでいた輝石の片方を棚に戻した。

 右手に残った輝石は、鮮やかな緑色をした石だった。一見すると、先ほどミリオンが手に持っていた杖に設えられた浄緑石ターコイズによく似ているが、実際は全く別物である。しかも、これは宝石でもない。これは、魔術的な性質のみを目的にして造られた人工輝石と呼ばれるものであり、宝石としての価値は皆無であるが魔装具としては十分な性能を持つものである。

 最近になって実用化されたもので、その値段は天然の宝石と比べ非常にお手軽となっている。しかし、宝石としての価値以上に魔術特性もまだ天然の宝石には及ばないのだが、レミュートのような駆け出しの魔術士にとってはこの程度で十分であろう。

 レミュートはようやく一つに決められた輝石の表面を丁寧になぞると満足げにうなずいた。


「随分悩んでいたね。それでいいの?」


 突然彼女の背後から人の声がし、レミュートは大げさなほどに驚き、思わず輝石を取り落としそうになった。


「あ、危ない!気をつけてね、これはガラス玉の中心に聖印を施して、周りを色素でおおってあるだけのものだからとっても脆いよ。」


 振り向くと、そこにはさっきまでカウンターで彼女を見守っていた女性店員だった。


「えっと、ごめんなさい。気がつかなくて。」

「いいえ、私もいきなり声をかけてしまってごめんね。石が割れなくて良かったわ。」


 そういうとその女性はレミュートから輝石を受け取り、それを少し眺めた。


「これを使う時は、周りを何かで補強した方が良いわ。さっき言ったようにとても壊れやすいから、金属か何か・・ミスリルだと理想的だけど、そいうもので被った方が良いわ。一応、私の方で表面に強度を増すための印を施してあるけど、さっき聞いたような使い方だとそれでも心配ね。」


 話を聞いていると、どうやらこの店の物の幾らかは彼女が手を加えた物らしかった。

 レミュートは、彼女、セイラと名乗った店員の助言を借りながらその宝石の台座に使える物を選んだ。

 セイラは若いながらも優秀な魔技士なんだなと感じ、幾つか話をしている内に二人はすっかりとうち解けてしまった様子だった。


「確かに人工輝石は宝石と比べると質は落ちるわね。だけど、自分なりのアレンジが簡単にできるのと、何より安いから最近買っていく人は多いわ。」

「うん、そうよね。さっきもこれにするか普通の宝石にするか悩んだけど、やっぱりその値段は魅力的だったわ。だって、宝石の5分の1なんだから。」

「今まで宝石を買ってくれていた魔術士の人たちはやっぱり宝石を買うし、今まで宝石が買えなかった人にも安い物を提供できる。とても助かっているわ。」

「お財布に優しいと私も嬉しいし。」

「それに、少しでも付加価値をつけるために予め細工をしたりしてるのよ。」

「壊れにくくするとか?」

「ええ、そうね。後は、見栄えを良くするとか、今まで台座に刻んでいた刻印を予め輝石に刻んでしまうとかかしら。」

「ふーん。結構、いろいろ出来るのね。便利だわ。」


 セイラの話はとても面白い。レミュートは普段、魔術のことはベルディナから学び取っている。しかし、ベルディナはやはりというべきか古い魔術師であるため最近のこういった技術に関しては懐疑的な側面を持つ。ひょっとしたら、今回レミュートの買ったこの輝石も、ベルディナが見れば眉をひそめかねないと危惧していた。しかし、セイラから教えて貰ったことを駆使すれば何とか納得して貰えそうだと彼女は感じている。


 女の会話は時間がかかる。レミュートとセイラの会話もやはり時間を忘れるほど弾んで、いつしか魔装具の話から最近の旅の話、パーティーの話に大きく盛り上がっていった。


「なんだか随分と話し込んじゃったわね。時間は大丈夫?」


 お互いに出す話題も尽きそうになった頃、セイラは話し始めて随分と時間が経ってしまっていたことを思い出した。


「あ!そうだ、ミリオンを待たせたままだった。」


 いつの間にか用意されていたお茶を片手にレミュートは武器屋で待ちぼうけを食らっているであろうミリオンを思い出した。

 ミリオンは実に辛抱強い。王宮でも準備に時間がかかった時でも彼は何も言わず、眉すら潜めず、じっとその場で待ち続けるほどだ。

 だが、王宮では、彼は騎士の立場上表だって文句を言うことは出来なかっただけに過ぎず、王宮ではないこの場においては彼の忍耐が何処まで続くかは定かではない。


 レミュートは急いでお茶を飲み干すと、先ほど購入した輝石を布で包み大切にポーチにしまい込んだ。


「じゃあ、またねレミー。また今度、ゆっくりとお茶でも飲みましょう。」


 セイラはそういって店のドアを開けた。


「ありがとう、セイラ。とっても楽しかったわ。」


 レミュートはそう一言だけ告げると裏路地を急ぎミリオンの待つ武器屋の大通りに駆け込んでいった。


「元気ね。」


 去っていくレミュートを見つめ、セイラはほほえみを浮かべ先ほどの会話を思い出した。セイラは魔術士ではないが、その人物がどの程度魔術に従しているかはある程度分かる。

 セイラから見たレミュートは、はっきり言ってまだまだ経験が浅くその知識も豊富ではない。それは、彼女が魔術を習い始めて一年半程度であるから当たり前のことだが、彼女が目を見張ったのは彼女の習得の速さだった。


「一年半で既に初歩的だけど実践レベルの魔術を習得しているか・・。兄さんが聞いたら驚くだろうな。よっぽど優秀な魔術師に師事しているか、それともレミーの才能か。」


 そして、彼女はレミーが師事している魔術師の名前を思い出した。彼女の会話で良く耳にしたベルの名にセイラは少し眉をひそめた。


「ベル・・・ベルディナ・・・・。」


 もしもその想像が正しかったら、彼女は今世最大の魔術師の弟子ということになる。


「まさか・・・まさかね・・。そんなことはあり得ないわ。」


 セイラはそういって頭を振ると、奥から彼女を呼ぶ父親の声に応えて工房へと足を向けた。



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