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(3)王女の意思

現在:修正第2稿目(2008 09 12)

 ベルディナが宿に戻る頃、レミュートとミリオンは既に起き出しており、談話室でコーヒーを飲んでいる所だった。


「お帰り、ベル。」


 結局、昨日の夜は街に到着しても目を覚まさなかったレミュートは眠ったまま宿に運ばれることとなった。「やはりこの子は将来大物になるな。」と笑うミリオンに抱きかかえられたレミュートを見て、ユアが少し不満そうな、うらやましそうな顔をしていたことをレミュートもミリオンも知らない。


「おっ、今日は早いなレミー。雨でも降らせるつもりか?」


 ベルはそう茶化すと、帰り際に読んできた新聞をミリオンに投げ渡した。視線をコーヒーにおきながらもそれを空中でキャッチしたミリオンは、ベルディナに礼を言いうとそれを机に広げた。


「私だっていつも寝坊する訳じゃないわ!」


 昨日は夕食を取れなかった彼女はベルディナの帰りが待ちきれなかったらしく、既に朝食のパンに口をつけていた。


「あれだけぐっすりと寝ていたのだ。それで寝坊されても困る。」


 ミリオンは、ベルディナから受け取った新聞を流し読みしながらコーヒーのお代わりを貰った。


「そういやあ、ユアの顔が見えねぇな。まだ起きてきてねぇのか。」

「ユアはお風呂に行ってるよ。『もうやだ、限界!』だって。」


 普段から身だしなみに気を遣うユアのことだ、仕事で暫く風呂に入れなかったことをストレスに感じていたのだろう。レミュートはそれより空腹に耐えられなかったのか、その着衣は薄汚れたままだった。


(全く、これではどちらがお姫様か分かったもんじゃねぇな。もっとも、旅人としてはレミーの方がよっぽどらしいっていえばらしいんだが・・)


 血は争えんな、とベルディナはつぶやくと近くを通りかかった給仕にモーニングコーヒーを注文した。


 宿に備え付けの風呂から上がったユアを待ち、レミュート達は朝食をとることとなった。

 スリンピア王国は海と山と森に面しているため、新鮮な食料が手に入りやすい。そのため内陸と比べ、その料理の味付けはかなり薄めだ。

 特にレミュートにしてみれば、これだけ薄味の料理があること自体が驚きだったようで、グラジオン王国の濃い肉料理の味に慣れた彼女が、この国の繊細な味付けになれるには少しばかり時間がかかったらしい。

 スリンピアの料理で特筆するべきは海産物のバリエーションの広さだろう。世界広しといえどもこの国ほど魚料理にこだわりを見せる国も珍しい。特に生魚の切り身に油を使わないソースをかけただけの料理は、初めてこの国に足を運ぶ旅人を驚愕させる。

 しかし、多くの旅人は生魚がこれ程までに味わい深く風味豊かであることを知り、食文化の深みを味わうこととなる。特に今の季節は、北の冷たい海で育った回遊魚がスリンピア近海を横切る季節であり、身の締まった魚料理を味わえる季節である。

 ベルディナはこの時期を密かな楽しみとしていた。


 久しぶりのまともな食事に舌鼓をうち、脇目もふらずあっという間に平らげた彼らは食休みのお茶を飲みながらつかの間の談笑を楽しんでいた。


「やっぱり、ここのご飯はおいしいね。」

「そうよね。最初はぎょっとしたけど、今はとっても幸せ。」

「うん、おいしいご飯は好き。」

「ふむ・・・食後の茶が何ともいえん。」

「ミリオン、そいつは随分と老人趣味じゃねぇか。」

「他人の趣味にけちをつけるとは君らしくもないな。」

「それもそうか・・。悪ぃ、聞かなかったことにしといてくれ。」

「そうしよう。」


 談笑も終わり、レミュートはカップをソーサーにおくと三人の様子をうかがった。そろそろ今後の方針を決めるべきか、とみなの意見は一致しているように思える。


「じゃあ、今後の予定を決めましょう。ベル、何か気になることはある?」


 こういったパーティーの方針を決める話し合いの発端はレミュートが担うと言うことは彼らの暗黙の了解となっていた。この旅の始まりはレミュートの出国に由来し、彼女は自らの意思によって彼らの動向を願った。故に、彼女はその始まりの時からこの旅において何らかの責任を果たさなければならないと思っていたのだ。

 そんな彼女が出来ることは少ない。旅の始まりより一年と半年が過ぎた今でも仲間の助けがなければ、彼女は一日として生きながらえることは出来ないだろう。

 だから、彼女がせめて出来ることを考えた結果がパーティーの方針に対する責任だった。

 それは、ともすれば非常に重い責任を背負うことになるということも彼女は覚悟していた。


 レミュートの言葉にうなずき、ベルディナは早朝の散歩で得られたうわさ話、そして新聞から得られた情報をかいつまんで述べることとした。

 今まで感じていた危惧が、既に現実的な影響を与えていること。曰く、魔物の増大による陸路、海路の滞り。それによる物資の供給難。物価の高騰による経済の混乱。

 その中でももっとも興味が引かれたのは、魔物の襲撃を受けて壊滅した村がここに来て急増しているとのことだった。そして、そういった村からの難民が王都に流入し、大きな社会問題になっているらしいと彼は告げた。


 ベルディナの話が一段落した頃を見計らい、レミュートはユアに自分たちの現状を訪ねた。


 ユアの話は、主にパーティーの金銭面に関する問題だった。今回の仕事を受ける前に話していたことは、今回の仕事は随分と羽振りがいいとのことだった。この分ならしばらくは仕事をする必要はなくなるかもしれない、と旅立ち前のユアはそう話していた。しかし、現状はそれが反転してしまっていることをユアは伝えなければならなかった。

 ユアは、夜の家にまとめ上げた収支計算書を机に広げた。ユアらしい細やかな仕事はその文面にもはっきりと表れている。


「この分だと、必要な物をそろえるだけで報酬の殆どを使い切ってしまいそうなの。だから、すぐに次の仕事を見つけないと苦しいと思う。」


 ユアはそういって自分の目算の甘さを謝るが、ミリオンの「君の責任ではない。このような事態は予測不可能だった。」という言葉に少しは安心したようだった。


 レミュートはミリオンに意見を求めた。


「魔物の増大は気になることだ。しかし、それが自然の気まぐれであるなら耐えるしかない。今は次の仕事をどうするかを早急に決めてしまうことが先決だと私は考える。」


 そして、自分たちは今後どうするか。それを決めるのはレミュートの役割である。

 レミュートはテーブルに視線を落とし、空になっていたカップにお茶を注ぐと、ゆっくりとそれを飲み込んだ。いれて少し時間が経ってしまったお茶は生ぬるく咽を通りすぎる。


「次の仕事を探しましょう。ベルとミリオンは何か新しい依頼がないかを確かめて、ユアは私と一緒にその準備を。これでどうかしら。」

「いや、待て。今回補給する物の中には君の剣も含まれている。それなら、君と行動するのは私の方がいい。」


 買い出しの目録をまだ目にしていなかったレミュートは、自分の剣がもうダメになってしまっていることは知っていたが、それを今回買い直すことは知らなかった。ベルディナとユアに目を向けると二人はうなずき返し、レミュートは「分かったわ」と答えた。


「私はみんなの洗濯をしておきたいな。昨日は遅くて出来なかったから。」


 そういえば、ずっと時間が無くて着替えの洗濯がまだだった。さすがにいつまでも汚れた服装をしていてはまずい。


「そうね。じゃあ、ベル、依頼の確認をお願いできるかしら?」

「ああ、任せな。なるべく実入りのいいやつを探してくる。」

「ミリオンは私と一緒に街に買い物。ユアは洗濯をお願いね。」

「うん。分かった。」

「了承した。」


 全員の役割が決まり朝食も終わった。レミュートはパンッと手を叩くと勢いをつけて立ち上がった。


「じゃあ、行動開始。行きましょう、ミリオン。」


 レミュートの小気味のいいかけ声に気をよくしてミリオンもそれに続いた。


「ああ。早めに終わらせるとしよう。」


 ベルディナは相変わらず面倒くさそうに肩をすくめるが、それは単なるフリだと言うことはみな知っていた。


「俺は、昼までには戻りたいが、ひょっとすると遅くなるかもしれぇ。昼飯は先にとっておけ。」


 ユアは、そんなベルディナを見て、ニコニコとしながらお茶の後片付けを始めた。


「あ、レミー。薬の関係は後で私が行くからいいよ。そのほかの物をお願いね。」


 薬などの医療関係はユアが管理することとなっている。


「分かったわ。あ、お財布と目録をお願い。」


「うん。私が使う分は別にとってあるから、入ってる分を上手く使ってね。」


 ミリオンは、ベルディナから剣を買うための金を受け取るとレミュートをせかした。

 レミュートは急いでユアから受け取った財布の中身と買い出しの目録を確認すると、宿から出ようとする彼を追いかけた。


「まったく、騒がしいもんだぜ。」


 ベルディナは、そんなレミュートを見て薄くほほえむ。


「かわいいよ、レミーは。」

「お前の子供の頃にそっくりだ。」

「わ、私は、あんなに明るくなかったよ・・。」

「どうだかな。知らぬは本人ばかりということだ。」

「もう!お父さん、やめて。」


 ベルディナは紅くなって取り乱すユアを尻目に、「じゃ、後でな」と言い残し宿を出た。


『魔獣が鳴けば屋根が飛ぶ。それでも世界は変わらず朝を迎える、世はことも無し。ただ人のみが変わっていく。』


(だが人の子はそれでも希望を持って歩んでいける。世界はこともなく、人の世もまたことも無し。)


 夜明けから朝の空気に変わりつつある街を眺め、ベルディナはそんなフレーズを思いついていた。



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