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(2)聖王都スリンピアの朝

現在:修正第3稿目(2008 09 20)

 聖王都スリンピア。そこを拠点とする旅人、冒険者は多い。その一番の理由として、そこは世界の中心として様々な物や情報が集まる場所であることがあげられる。

 だが、人の往来が激しいが故に街の治安はどうしても悪くなってしまいがちである。酒場での酔っぱらい同士の喧嘩など日常茶飯事であるし、商売においてのトラブルや詐欺、窃盗なども珍しいことではない。

 故に、この王国は王宮に勤める騎士団とは別に、城下を警護する警備兵団を持つ珍しい国でもある。

 現在、城下の平穏が保たれていることは彼ら警備兵団の功績であり、これは王国が世界に誇ることとされている。


 夜も明けきらない刻から街は人の行き来が活発となる。街角では既に新聞屋が行き交う人々に新聞を売り渡している風景が見て取れ、その店の売り子が契約した商店や宿屋にそれを配達する姿もある。

 朝食用のパンを作るベーカリーは今が最も忙しい時間帯であろう。街行く人々も、焼きたてのパンの匂いに引かれて足を止め、店内を眺めては店が開くのを楽しみにしている様子がうかがえる。

 朝の早い老人達は散歩をしつつ顔見知りと挨拶を交わし、朝市を目当てに街を行く主婦や料理店の女将が街角で雑談を交わす姿も朝の風景にとけ込んでしまっている。


「100年経っても変わりゃしねぇな。」


 比較的朝の早いベルディナは、朝のひんやりと澄んだ空気に少々身をすくめながら道を歩く。

 この大きな街でも見知った顔はいる。彼の容貌は特徴的であるし、この1年半で知り合った同業者や商売人も多い。その中で自分が何者であるかを知る者は、おそらくいないだろうとベルディナは予測している。そうでもないとこの生活をする意味がない。彼はそう考えていた。


「旦那!一部いかがですか?」


 そんな威勢のいい声に振り向くと、彼に声を掛けたのはなじみの新聞屋の店主だった。


「よう、久しぶりだなオッサン。まだ潰れてなかったとは、意外だ。」

「馬鹿野郎!演技でもねえこと言いな!」


 ベルディナにとっては軽いジョークのつもりだったが、店主の反応はあまりにも激しいものだったためベルディナは言って後悔した。


「悪い悪い、あまりにも久しぶりだったんでつい口がすべっちまった。」

「そう思うんなら一部買ってってくださいや。うちが潰れねぇためにも協力をお願いしやすぜ。」


 しかし、そこはさすがは商売人。それすらも売り上げにしてしまう店主のたくましさには頭が下がる思いだった。


「そうだな、いくらだ?」

「へい、300ソイトでさ。」


【1ソイトは1000分の1ソート】


「少し値上がりしたか?」


 ベルディナは、懐から300ソイト分の硬貨を出しながら、一週間前の値段を思い出していた。彼の記憶に間違いがなければ確か200ソイトだったはず。一週間で100ソイトの値上がりとあれば、気にならないわけにはいかなかった。


「紙代と情報料が上がりましてね。」


 ここにも影響が出ているのか・・とベルディナは痛感した。

 新聞屋にかかわらず、書物を扱う商社であればもっとも切実になるのは紙代と印刷料に尽きる。これだけ魔物が活発になれば紙の原料の木をとるために森にはいるのも危険になる。おそらくそれが理由で紙の原価が高騰しているのだろうとベルディナは予想した。

 情報料の値上がりは無視できないことだった。おそらく、道中の危険が増したことから行き交う人も少なくなってしまったために、入る情報量が少なくなったことが原因だろうか。

 この分だと建築関係や造船関係にも影響が出ているかもしれない。と思いつつ、新聞の経済欄に目を通すとやはり彼の予想通りとなっていた。製鉄関係も軒並み頻拍している状況が見て取れる。

 ミスリル製品が比較的安定しているのは、原産国のグラジオン王国の情勢がまだ安定しているからだろうと予想がつきそうだ。

 いや、むしろこういう情勢だからこそ武器となるミスリルの輸出が増大し、国が安定しているという逆の状況が起こっているのかも知れない。グラジオン王国の経済状況も調べる必要があるなとベルディナは思い立った。


「まさかここまで影響が出ているとはな。」


 予想以上だったとつぶやき、ベルディナは新聞を折りたたみ小脇に抱えた。


「まったくです。うちはまだ顧客が安定してますからましなんですがね。知り合いの幾つかは店をたたんじまって、この分だとうちも近いうちにそうなるかもしれねぇですね。」

所詮しょせん人間なんてものは自然界の気まぐれに翻弄ほんろうされるより他がねぇのかもな。」

「『魔獣が鳴けば屋根が飛ぶ』って奴ですね。」

「嫌な諺だぜ。・・・じゃあな、俺が言えたことじゃねぇが、倒れねぇていどにがんばってくれ。」

「へい、ご贔屓にお願いしやすぜ、旦那。」


 二人はカウンター越しに挨拶を交わすとそれぞれの役目に戻った。

 聖王都の西にそびえる天嶮ボルドーミサからようやく姿を見せた太陽がまぶしく辺りを照らし始める。

 ベルディナは足を止めてオレンジの光に染まっていく町並みをただじっと見上げた。


「・・・・『それでも世界は変わらず朝を迎える、世はことも無し。ただ人のみが変わっていく』・・・か・・・。」


 ベルディナは、先ほど店主が口にした諺の続きに隠された下りをつぶやいた。


(だが、世界そのものが変わってしまうようなことが起これば。俺は、その時どうしているのか・・・)


 ベルディナは懐から煙草を取り出すと指先にともした火でそれを吹かし始めた。


「考えるだけ無駄か・・・。」


 言葉と共に吐き出された白煙はゆっくりと空にとけ込んでいき儚く消えた。

 


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