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(6)夜空への誓い

 クローナの村は魔法都市とスリンピア王国の狭間に位置する村であるため、その警備体制も他の村々と異なり、非常に変則的だ。

 名目上は魔法都市とスリンピア王国の共同警備と銘打たれているが、その実態は季節の移り変わりに両国の警備隊が入れ替わり立ち替わり村に駐留するという形となっている。

 そのために季節の移り変わりの時期にはその交代のために村の警備が薄くなるという問題が、この制度が制定された当初から解決されないまま残されていた。

 そして今回、スリンピア王国領土内で頻発する魔物がらみの事件への対応で、本来なら魔法ギルドの警備魔術士と引き継ぎを行うはずであったスリンピア王国警備兵団は到着の遅れる彼らを待ちきれずに村を後にしてしまうという自体を引き起こしてしまった。

 そして、まるでそれを狙ったかのように勃発した今回の事件。そのあまりにもタイミングが良すぎる襲撃はまるで魔物達がそのことを知っていたかのようだとベルディナには感じ取れた。

 それが今回の事件、昨今頻発する同事件に人為的な意識が裏にあるのではないかと彼が推測する根拠にもなっていた。


***


「無謀すぎる。」

 

 一室にミリオンの低い声が響き渡った。


 レミュートの目覚めまで持ち越された作戦会議は、予定通りベルディナの主導で進められ、教会の広い一室には村の重役を初めとしてミリオンとユアの姿もあった。

 起きたてで頭のボンヤリとしているレミュートにベルディナは会議の始まりに際して、彼女にその後を伝えるついでに村の現状を一つ一つ確認しながら伝えていった。

 それを聞き、レミュートは村の被害や重軽傷者の数に口を噤んだが、それに対して死者がそれほどの数に上らなかったことに僅かながら安心を覚えた。

 そして、ベルディナは順番に村の復興に当たる者の報告を直に聞き、一つ一つ対策を提案していった。それは実に円滑に進められ、会場に集まった者達も彼によってよく練られた方針を聞く度に安堵の表情を浮かべるようになっていった。

 しかし、彼がその最後に口にした一言によってその場には再び冷たい緊張が張り巡らされることとなる。


「この襲撃は今回だけでは終わらない。おそらくこれから幾度か、それこそこの村が滅びるまで繰り返されるだろう。」


 その言葉はようやく希望の光をつかみかけた者達を再び絶望の底へと落とすには十分な響きを持っていた。

 あれが再び繰り返される、ようやく復興の兆しが見え始めてきたというのにそれすらも根本から破滅させるものが今も目を光らせているというのか。

 ミリオンとユアには予め彼の口からそう伝えられていたが、面を下げる村の住人の表情を見てしまえば彼らの表情が冷静でいられるはずはない。

 そして、ベルディナは続ける。


「助かるためには、この災害の根源を何とかしなければならない。それは俺たちの仕事だ。」


 と。

 レミュートは面を上げ、ベルディナの瞳を伺った。彼の瞳には何の絶望も躊躇も感じられない、ただあるのは力強い決意と覚悟の光だった。あれは、国家に忠誠を誓いそのために命を捧げると宣言する騎士のまなこと同じだと感じられる。

 ベルディナは諦めてはいない。だったら、私も諦めない、とレミュートは誓いを新たに周りを見渡した。

 そんな彼女の様子をうかがっていたベルディナは一瞬、「フッ。」と笑みを浮かべ、沈黙の巡る議場に再び言葉を投げかけた。


「無謀だ。」


 再びミリオンが声を低め、ベルディナをまるで親の敵と言わんばかりににらみつけ、その視線で前言撤回を求めた。


「だったら誰が代わりになるという?お前か?お前では魔力の動きを肌で追うことは出来ないだろう。それに村の防衛は誰がするんだ?お前以外が全ての指揮を執るというのか?お前に言わせてみればそれこそ無謀だろう。」


 ベルディナの言葉には冷たい刃が含まれていた。ミリオンの隣に座るユアは彼の視線とベルディナの言葉に挟まれ、既にその瞳には薄い涙が浮かべられていた。

 本来ならミリオンが彼女の肩を叩き、大丈夫だと一言笑みを浮かべれば彼女は安らぐはずが、とうの本人達はユアに気を遣う余裕を持ち合わせていなかった。


「しかし、危険だ。森の中に何かが居るという話は分かる。それを何とかしなければならないと言うことはもっともだ。しかし、君とレミーの二人だけでそれを行うなど。いくら君が大導師と呼ばれる偉大な魔術師であっても、私には容認することは出来ない。私にはレミーを守ると誓った。君は私にその誓いを放棄せよと言うのか。」


 ベルディナは一瞬レミュートに視線を向けた。レミュートにはその視線がまるで自分に「お前はどうする?」と聞かれているように感じられ、自分はいったいどうしたいのか。

 少しの間だけまぶたを閉じ、自らの奥底に眠る願いと誓いを掘り起こした。そして、それはすぐに見つかった。

 探すこともない、彼女は既に夕日の沈む教会の広場で決意し、誓い、そしてそうあろうと一歩を踏み出したのだ。


「私は、守るために戦うと誓った。だから、そうありたい。」


 何の工夫も隠匿もないその言葉はあまりにも短く彼女の口から生み出され、今にも机を叩いて声を荒げんばかりの二人を黙らせるには十分な力を擁していた。

 ミリオンはとっさにベルディナに向けていた視線をレミュートに向けてしまい、内心「しまった」と舌打ちした。しかし、彼女の視線もまたミリオンの鋭いそれに負けない、いやむしろそれすらも圧倒してしまうほどの鋭さでミリオンの瞳に鋲を打ち付けた。


「……分かった……。君の意思を尊重しよう。」


 ミリオンはレミュートに対して騎士の誓いを立て、この命をとしてまで彼女の命を守ると決意した。そして、今彼の口から紡ぎ出された答えは、彼女を守る対象としてではなく共に戦うことを誓う戦士として彼女を認めたと言うことの表れだった。


「ありがとう、ミリオン。」


 深くにもレミュートは涙をこぼしそうになった。尊敬する者から認められると言うことがこんなにも嬉しいことだとは思いもよらなかった。しかし、涙は見せない。見せてしまえばおそらく彼女はまた彼に守られる存在に戻ってしまうと感じたから、彼女は涙を見せなかった。


「決まりだな。村長もそれでいいか?」


 全く堅苦しい奴らだぜ。とベルディナは二人を見て思い、それだからこそ自分はこの者達と肩を並べられると感謝し、毅然とした態度で村長に向き合った。

 村長と呼ばれた教会の神父はただ一度だけ会場を占める村人の意思をその表情で確認するとゆっくりと首を縦に振った。


「作戦決行は明朝、朝焼けの納まる頃合いとする。俺とレミーは森へ、そのほかはミリオンを筆頭に武器を持てる者は村の周囲に展開しこれを守り、ユアを筆頭として後方、この教会の礼拝堂に救護施設を設立。もしも3日して俺たちが戻らなければ作戦失敗と見なし、直ちに王都へ避難せよ。以上、質問は?」


 質問する者はいない。皆それぞれ自分がすべき責務と重圧に身体をなじませるのが精一杯なのか、まるで葬儀の前夜のような沈黙が保たれていた。


「よろしい。これが正念場だ。各自奮起のことよろしく願う。出来ることならこの場にいる者、生き残った者達全員が変わらず勝歌を上げられることを祈る。天なる神と神竜の巫女の祝福を。」


「「ルーヴィス」」


 祈りの言葉はその場の全ての者の口から自然と紡ぎ出され、世界を守る神竜に捧げられた祈りは夜空に舞い上がった。




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