(3)深夜の語らい
内容を変更しました。(2008/10/25)
サブタイトル『夜の語らい』から『深夜の語らい』へ変更(2008/10/27)
「まだ起きていたのか。」
蝶番のきしむ音と共に、光の漏れる教会の小部屋に顔を出したミリオンは、そこでただ一人紙にペンを入れているベルディナの姿を見つけた。
「まあな。だが、そろそろ一段落だ。」
文字を追う時だけにつけるメガネを外しながら、ベルディナはそういうと珈琲の入ったカップを取り上げそれを飲み下した。
「こちらもようやくといったところだ。」
ミリオンはそういうとベルディナの対面の席に腰を下ろし、ヤレヤレと肩の力を抜いた。
「ところで、被害報告はどのような感じだ?」
ミリオンは、側にあった書類の束をつまむと軽くそれに目を通し始めた。
魔物を撃退してからもミリオン、ベルディナ、ユアには休む暇は与えられなかった。
ミリオンは、焼け落ちた家の消火や瓦礫の撤去、負傷者の運搬等の陣頭を自ら買って出て、ベルディナは村が被った被害をまとめる作業を行い、ユアは引き続き負傷者の治療に専念した。
日が沈み、かがり火をたいて作業を続けたが自分と周りの村人の疲労も限界を超えてしまったため作業を中断して全員に休むように通達した。まだまだやることは多い、しかし今誰かが倒れてしまっては本末転倒だと周りの男達を説得することに随分と気力を遣ってしまった。
ベルディナは、ミリオンに今仕上げた書類を放り渡すと力なく椅子に背中を預けた。
「ひでぇもんだ。こんな状況、飲まずにいられるか!」
ミリオンはその書類に目を落とした。死者10名、重軽傷者72名、行方不明者14名、村の被った推定被害総額42万700ソート。医療品、食料、毛布、燃料の不足。最後にかかれている魔法ギルドとスリンピア王国の対策の不備と対応の遅れに関する批判の文が載せられている、これは彼の愚痴なのだろう。王都とギルドに対して送る書簡に書く文章としては少し棘が在りすぎるようにも思えたが、ミリオンはそれを口にはしなかった。正直なところ、彼の思いも同じだった。
「それにしても。」
と、書類をまとめてベルディナに返したミリオンは、その言葉でベルディナの注意を引いた。
「うん?」
ベルディナは、書類丸めてを小振りな筒に収めながら彼を上目遣いに見た。
「少し・・いや、随分奇妙に思わなかったか?今回の事件に関して君の考えを聞きたい。」
ベルディナは、ふむと鼻を鳴らすし、
「考えねえ。さて、どこから話したもんか。」
と呟くと、立ち上がり書簡を伝書鳩にくくりつけ窓から放った。
小さな白い羽を羽ばたかせ、夜の星空のを軽快に飛び去っていくそれを、姿が見えなくなるまで見送ったベルディナは、そのまま夜空を見上げながら、懐から取り出した煙草に火をつけた。
夜の冷たい風に揺らぐ蝋燭の炎に映し出された彼の横顔には何の感情も宿っていないように見えたが、ミリオンには彼が今、怒りを胸に宿しているように思えた。
ベルディナは、そのまま暫く無言で夜の空を見上げた。星の瞬きは何の制約も受けず空に点々と瞬く。スリンピアで見上げた星空は、どこか薄ボンヤリとしていて少し趣に欠けるものだったが、ここで見る星空は格別だ。
都会と比べて空気に埃が混じっていないのか、光が少ないためかこのような事件さえなければ酒を片手に星見を楽しんでいただろうとベルディナは残念に思う。
口元まで減った煙草を皿でもみ消すと、ベルディナは窓を閉じ、再び椅子へと腰を落ち着けた。
「お前のいうとおり今回の事件はあまりにも奇妙だ。いや、不自然と言った方が良いか。」
唐突に紡ぎ出されたその言葉に少し困惑しながらもミリオンはそれに耳を傾ける。
「何が一番不自然かというと、あれだけの魔物が徒党を組んで村を襲うってことだ。本来ならあり得ない。」
ミリオンは、なるほどとうなずいた。どうやら、自分が考えていたことと彼が考えていたことは同じだったようだ。
彼は、部屋の隅に置いてあった荷物からウィスキーの小瓶を取り出すと側の戸棚から小振りのグラスを二つ取り出し、片方をベルディナに渡した。
ベルディナはそれを受け取り、自分とミリオンのグラスにウィスキーを少し注いだ。この後もまだ仕事が残っているため深酒するわけにはいかない。
「私は、魔物というものは本来集団で行動することはないとはきいていた。それは何故なのだ?」
ミリオンは、ウィスキーでほんの少し口をしめらせるとそうベルディナにきいた。安酒にありがちなきついアルコール臭と、バランスの悪いアロマが咽を焼くが、今の彼にはそれが逆に心地よく感じられた。
「魔物ってのはかなり特殊な状態にならないと自然発生しねぇ。だからだよ。」
「ふむ・・、つまり、そのような特殊な状態が一度に何度も発生することは自然ではあり得ない、ということか。」
「そういうこった。この一年ちょっとで出くわした魔物はどれも単体だったよな。」
「ああ。」
「あれが、本来自然なあり方だ。まあ、出くわす頻度が多すぎたってこと自体が異常なんだがな・・。ともかく、今回の事件、裏に何かあるはずだ。」
「ふむ、本来自然に発生し得ないことが発生してしまったということは・・・何か作為的なものが裏に潜んでいる。君はそう考える訳か。」
「あくまで俺の勘だがな。おそらく間違いない。」
会話中全く減っていなかったウィスキーを、ベルディナは一気に飲み干すとその味の悪さに目を白黒させた。
「急に飲まない方が良い。咽どころか胃袋すらも焼けてしまうぞ。」
「そういうことは早く言いやがれ。」
ベルディナは急いで水をくむと一気に飲み干した。
こりゃ、明日は腹痛で目が覚めそうだな。と、机の上に鎮座するボトルを憎々しくにらみつけると、汲み直した水に少量それを注ぎ込んだ。
不味くても飲めるだけ感謝しなくてはな。とミリオンは細く微笑むと、扉を叩く音に耳を澄ませた。
「空いてるぜ。入りな。」
どうやら、ベルディナは来客があることを知っていたらしく、ノックの音をまともにきく前にそう声をやった。
「・・入る・・・ね・・・。」
ゆっくりと開かれた扉の向こうからは、表情に疲労を浮かべたユアが姿を見せた。彼女からは濃い酒の匂いが漂ってくるが、それは治療の際に使用した蒸留酒であることは容易に想像がついた。
「随分お疲れのようだな。ユア。」
ミリオンは立ち上がってユアの肩を支えると、空いている椅子に座らせた。
「うん・・・あり・・がと・・。ミリオン・・。」
ユアは、そういうと彼の手を取り頬に寄せるとホッとため息をついた。
「まだ終わらんのか?」
彼は激務に乱れたユアの銀髪を解きほぐすように丁寧になでつける。
「まだ・・・だけど、もう、寝る、ね・・。」
ユアは既に夢の中にいるような様子でミリオンの手を握りしめた。
おそらくもう、殆ど意識がなくなっているのだろう。
「ユアをベッドに運んでやれ。廊下の突き当たりの部屋なら使えるはずだ。」
その部屋は本来ベルディナのためにあてがわれていたものだったが、今のユアにはしっかりと疲れをいやせるベッドが必要と判断した彼はミリオンにそうつげた。
「分かった。」
ミリオンは彼の気遣いに心の内で感謝すると、既に夢の中に旅立ってしまったユアを抱き上げ、ゆっくりとした歩調で部屋を出る。
「ああそうだ、聞き忘れてたが。レミーの容態はどうだった?」
ベルディナは、あの戦闘の最後に教会の前で気を失って倒れていた彼女のことを思い出した。
何が起こったのかははっきりとは分からないが、彼女は何か大きな力で切り裂かれた地面に転がっていたことから彼女も魔物と戦って居たのだろうと彼は判断した。服の所々が裂けて、鮮血がにじみ出ていた。強い衝撃であばら骨の数本が折れていたが命には別状はなかったため、簡単な応急処置とユアの治療を受け、今は民家の一室に寝かされているはずだ。
「よく眠っている。私が来る少し前までは昏睡状態だったが、呼吸も安定してきている。明後日には起きてくるだろう。」
「そうか、なら安心だな。引き留めて悪かった、お前ももう休め。出来れば、ユアの側についてやってくれ。」
「そうさせてもらうよ。」
ミリオンは、腕の中ですやすやと眠るユアを優しい瞳で見つめながら扉を閉めた。
「二人っきりでいかがわしいことするんじゃねえぞ。」
(ま、あのあいつに限ってそんなことはしねぇだろうがな。)
あいつらの奥手ぶりには困ったもんだぜ。と独りごちながら、彼は酒瓶を机の隅に置くと再びペンを取った。
その晩は、その部屋を訪れるものは誰もいなかった。