(2)決意、そして戦場へ
現在修正第二稿目(2008/10/27)
・本文の加筆修正及びサブタイトル『レミュートの戦い』から『決意、そして戦場へ』と変更
咽元を込み上がる違和感に何度も嘔吐を繰り返した。
「大丈夫?レミー?」
ユアは教会を駆けめぐりながら、隅でうずくまるレミュートを気遣うが彼女は気丈に剣を掲げ、体内で魔力を練り上げた。
情けない。ユアは私が守るなんて言っておきながら、気を遣われているのは自分になるとは。自分が酷く情けなくおもう。
避難所となっていた教会は負傷者であふれかえっていた。崩れ落ちる焼けた柱に足を取られ大やけどを負ったもの。魔物との剣戟で片腕を亡くしたもの。血止めに縛った腕の先が腐り落ちかけているもの。それらがこの狭い空間に密封され、この世の地獄とも思える死臭が漂う。
手足に鋸を入れるごとに響き渡る絶叫は、地獄の竈にくべられた咎人のようだ。壊れきった身体は魔術では修復できない。ユアは、治療魔法の連続使用に遠くなりかける意識を気付け薬の力まで借りて鼓舞すると、教会のベッドのシーツから新たな包帯を作り出し、流れる鮮血を縛り止めた。
「ドクター!こちらをお願いします。心臓が止まりかけている。」
ここに来てドクターと呼ばれるようになったユアは、無くなった腕の付け根に治療の魔法をかけるとすぐにその声の元に駆け寄った。
「マッサージを。教えます。」
「ダメ!人工呼吸は気道を確保してから。息を入れすぎると肺が破裂します。」
おそらくこの教会の神父もそれまで多くの人の命を救ってきたのだろう、しかし、これは酷すぎる。
レミュートが目を背けたその時、バーンという何かが爆発したかのような衝撃が教会全体に響き渡った。
恐慌が人々を襲い、ショックで気を失ったものが周りをさらなる混乱へと陥れる。
「先ほどこの教会には結界を貼っておきました!!そう簡単には破れません!!皆さん、落ち着いてください!!」
ユアが声を張り上げる。
「みんな!ドクターが大丈夫だといっているんだ。とにかく落ち着こう。大丈夫、我々は助かる!」
神父も声を張り上げる。しかし、その衝撃は止まるどころか徐々にその威力を増していく。
レミュートはユアを見た。そして、偶然かユアもレミュートを見ていた。その視線同士が絡み合い、レミュートは覚悟を決めた。
「私が・・やらなくちゃ・・。」
そのつぶやきは恐怖を打ち消すには足りない。しかし、周りの者達のすがるような視線は彼女の戦意を僅かながら高めた。
そして、レミュートは剣を取り、鞘から引き抜き、門を開いた。無知であった王女は自らの意思で剣を取り、孤立無援の孤独な戦場へと踏み出した。
彼女は、ようやくその一歩を踏み出すことが出来た・・。
***
まるで、審判の門を開くごとく重苦しい響きをもって扉は開かれた。その先には山の輪郭を埋め尽くす赤。そして、それに身を染める巨木のごとくそびえ立つ獣。
それは、まるで目に見えない壁に阻まれるようにその場に立ち止まり、けして侵入できないことに憤るようにその腕で虚空をたたきつける。
レミュートは静かに扉を閉じ、静かにそれを見つめた。
眼前にそびえる獣は、果たして彼女を認知しているのか。それは、なぜそこまでしてここにいる人たちを殺そうとするのか。意識を持たず、まともな命すらも持たされずにこの世に顕現した彼らは、なぜ命あるもの、意識を持つものを憎むのか。いや、憎しみを持っているのかどうかすら分からない。
言えることはただ一つ、そこにあるのは純粋な敵意のみ。
レミュートは剣をおろし、深く息を吸い込みそしてはき出した。
『それは、世界が生み出したよどみ。意識ある者達が目を背け、破棄していったものの吐き溜まり。故にそれらは汝等を羨み、憎み、そして殺す。それは避け得ぬことである。』
遠くから埃まみれの風に乗って剣を打ち合う響きと魔力がはぜる音が届く。
(大丈夫、あの二人は強い。きっと何事もなかったかのように勝利をつかんで帰ってくる)
レミュートは目を閉じ、剣を握りしめた。手に入れて間もないその剣は未だ彼女の手には馴染んでいない。しかし、その硬質で氷冷な金属の感触はとても心強く彼女の戦意を後押しする。
『ならば人の子よ。汝等が出来るはそれをただ滅ぼすのみ。自ら生み出しし淀みは自らの手によって封ぜよ。我らはその手を助く。』
レミュートは目蓋を開き、剣を持たない手で練り上げた魔力を解放する。
それは、3条の光の矢となり魔物に襲いかかった。
『お前が剣術だけでミリオンに勝つことはおそらく一生かかっても不可能だろう、かといって魔術だけでは俺に勝つことは何百回生まれ変わったとしても絶対に不可能だ。ならばどうするべきか考えてみな。』
ベルディナに言われたその言葉に対する答えが、この戦いで出されるかどうか。レミュートはそれを心して両の手で剣を握りしめた。
3条の光の矢に当てられた魔物は初めて眼前にたたずむ敵を認識した。
ベルディナであれば、おそらく今の攻撃で決着はついていただろうが、今の彼女の攻撃は彼ほどの必殺にはなり得ない。
レミュートは結界の外へと躍り出た。今、自分がすべきことは敵を倒すことではなく、ここを守り通すこと。
たとえ、何事も必殺になり得なくともその動きを止めることは出来る。
アーク・ブリッドによって逸れた敵の意識をもって、彼女は死角であるその足をめがけて剣を振るった。
キィンという音と共に、剣はまるで鉄に打ち付けられたかのようにはじき返された。
(・・やっぱりダメね・・。)
レミュートは舌打ちをしながら、その彼女を振り払う腕を避けながら一足飛びで敵から距離を取った。
レミュートの腕力とその剣では敵の攻撃を受けきることは出来ない。受け流すだけの技術が無ければ、後はよけることしかできない。
そして、距離を離し魔術をたたき込め。それが出来ないなら出来る状況に持ち込め。ベルディナとミリオンによって耳も身体も痛くなるまでたたき込まれたセオリーを彼女は忠実に守った。
今の一撃で刃毀れを起こしたかもしれない、とレミュートは軽く剣のブレードを確認するが目立った損傷は確認できなかった。
魔物は予期せぬ相手にいきり立ったのか、その図体からは想像が出来ないほどの俊敏さで突撃をかける。それが踏み込み大地を揺らす振動はまるで小規模な地震のように足場を不安なものとする。
もつれかかる足踏みを強引に整えると、彼女はそれの射線から逃れるべく身体をひねる。魔物が振り下ろした腕はさっきまで彼女が立っていた地面をえぐり込み、砂煙と小石を周囲にまき散らした。
(いけない!)
巻き上げられた砂煙はレミュートの視界を遮断する。着地する場所にまで気が回せなかった彼女は、そこにあった石に足を取られ転倒しそうになるが、彼女の意識はそれを度外視した。
今、体勢を整えようとして無理な動きをすればそれは圧倒的な隙を相手に与えてしまう。彼女の意識は剣を持たない左の指先に集中し、砂煙が覆い隠す魔物の位置を何とか探りあげた。
何条も用意することは出来ない、今作り上げることが出来る最高威力のアーク・ブリッドを相手にたたき込む。彼女の指先の光は、突如視界から消えた獲物を探し求め行動を止めた魔物の身体を正確に捉え着弾する。
倒れ込む身体、打ち付けた背中から突き刺さる衝撃にレミュートは息を詰まらせる。着弾を確認することは出来なかったが、もしあれが胴体に当たっていさえすれば、何とか致命傷にはなったはずだ。
転倒した時に手からすり抜けた剣を何とかたぐり寄せ、それを杖代わりにして立ち上がった彼女の双眸は、砂煙の向こう側にたたずむそれをみて驚愕の色に染まった。
着弾は確認できた、おそらくまっとうな意識を持つ存在ならそれを持って終わりとすることが出来ただろう。しかしそれは、片腕を肩口からもぎ取られたにもかかわらず、再び見つけた獲物を蹂躙することしか頭に無いのか。
レミュートは剣を掲げ、身体を固くする。次の衝撃で自分はいったいどうなるのか、想像もしたくない未来を思い描きながら。
それは一瞬だった。まるで破城鎚で殴られたかのような衝撃に痛みを感じる暇もなく、身体は宙に投げ出され、その先にあった何かが背中を打ち付け地面に放り出された。
「あ・・ぐあ・・かふ・・。」
痛みは感じなかった、襲いかかる衝撃か大きすぎたのか、頭がどうにかなってしまったのか。感じたのは苦痛だけだった。まるで身体の中で爆発が起こってしまったのか、自分の中から響き渡るミシリという不快な感触が骨を通り抜けた。
口を切ったのか、それとも臓物に傷が入ったのか、口から吐き出されるものには錆びた鉄の味がこびりついていた。
視界が黒く染まりつつも、まだ意識は健在だったらしく、背中に当たる草の寝具のような感触は打ち込まれたのが納屋だったことを知らせた。
不幸中の幸いかと思いつつ、彼女は手足を動かそうとした。若干のしびれと痛みを伴いながらも四肢は何とか健在だったことに、僅かな安堵をつくと、悲鳴を上げる身体を黙らせながら何とか起き上がる。
幸い吹き飛ばされたにもかかわらずその剣はまだ手の内にあった。敵の攻撃の殆どを受けた止めたはずのその剣は、驚くことに僅かな刃毀れ以外に目立った損傷は見えない。
ミリオンの目利きに感謝を覚えつつ、買って早々に刃毀れをさせてしまったことに申し訳なさを感じながら、彼女は打つ手を探った。
相手は硬い。自分の剣術では足を止めることは出来ない。かといって、魔術でも有効な効き目はない。
それでも足止めさえしておけば、そのうちミリオンかベルディナが加勢に来てくれることを期待していた。しかし、どうやらそれは甘かったらしい。レミュートは耳を澄ませた。激しい剣戟と魔力が爆ぜる音は、彼女がここに降り立った時と同じ響きを奏でている。
さっきまで納屋の外で息づいていたそれは、沈黙した自分に興味を失ったのか、徐々にその足音は遠ざかっている。このまま放置すれば再び教会が危険にさらされる。教会に張られた結界はそう長くは持たないと彼女は感じていた。
いくしかない。だけど、どうすれば。孤立無援である以上、自分があれを屠る以外に残された方法はない。しかし、その方法とは・・・。
レミュートは再びベルディナの言葉を思い出した。
『お前が剣術だけでミリオンに勝つことはおそらく一生かかっても不可能だろう、かといって魔術だけでは俺に勝つことは何百回生まれ変わったとしても絶対に不可能だ。ならばどうするべきか考えてみな。』
おそらく、彼はその答えを知っている。そして、彼の言葉からたどり着いたことは剣術と魔術を織り交ぜて戦うこと。それは、何とかなった。だけど、それだけでは足りない。
その答えは・・・。
レミュートは、納屋を出て再び死地に降り立った。背後から差し込む紅の陽光は、片腕を亡くしつつも力強い足取りで歩みを進める魔物を鮮やかに映し出した。
そして、それは歩みを止め背後を振り向いた。瞳の宿らない紅の双眸ににらみつけられたレミュートは何故か恐怖を忘れていた。既に感情さえも麻痺してしまったのか。再び矛先を自分へと向けるそれを前にして、レミュートは驚くほど冷静な自分に違和感を感じながらも、その重鈍な歩調に遇わせるようにゆっくりと剣を構えた。
レミュートは動かない、地響きをあげて迫るそれを見つめながら、ただ呼吸をそれに合わせ待ち続けた。既に足を動かす余力もない。脇の骨をはいずり回る鋭い痛みは、おそらく肋骨の幾つかが折れてしまっているのだろう。だが、その痛みはむしろ彼女の意識を今という現実に固着させる助けとなっていた。
彼女はそれでもまた考え続けていた。おそらく次が最後の一撃となる。ならば、その一撃はどうすればいいのか。剣戟か、魔術か。両方に必殺になり得ないそれらをたたき込んだところでその先は変わることはない。
ならば、もしそれらを同時に(・・・)たたき込むことが出来れば・・・。
剣術と魔術を織り交ぜるのではなく、その二つを等価なものとして同時に放つことが出来れば・・・。もしかすれば、勝機があるかもしれない。
レミュートは自然とまぶたを閉じた。そして、頭の中に一握の光を思い浮かべる。魔術の全てはこの明確なイメージによって始まる。そして、その光は一条の刃となって緩やかな回転を始めた。
敵の歩みが感じられる。後5歩。レミュートは、集中を続けた。緩やかな回転はやがて光の刃を円錐状へと変化させ、輝きが最高潮に達する。そして、次のプロセス。それまではその光を指先に集中させていたが、今は違う。その指先の更に先にあるもの、剣の切っ先からしのぎにかけて、その光が剣を包み込み輝く様子を思い浮かべる。
風の流れを感じた。敵は既に立ち止まり、瞳を閉じ静止した獲物を捕らえその爪を振るおうとしている。レミュートはその動きに合わせ、剣を振りかざす。不思議と、それまで感じていた剣の重みはなりを潜め、まるで自分自身の腕だけを振るっている感覚に襲われた。
敵の腕が止まった。
レミュートは閉じたまぶたを引きはがすと、振りかぶった体勢のまま後ろ足を蹴り上げ、先ほどまで脳裏に描いていた情景と寸分の違いもない敵の胴体めがけて剣を振り下ろした。
そして、彼女は初めてそれを目にした。一瞬にして輝かんばかりの光を放つ自らの剣の軌跡を。
それは、何の抵抗もなくスルリと振り下ろされた。
自分は何を切り裂いたのか。まるで空気のみを切ってしまった感触に恐れを抱きつつも、彼女の意識は白く沈んでいった。
・・・・・・戦闘シーンは苦手です・・・・・。
もっと練習したいと思います。
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