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(10)平穏な道中

「・・・・わりと平穏なもんだな。」


 そう呟くベルディナは手元のカードから1枚のカードを選ぶとフィールドに捨てた。


「そーねー。」


 それに相づちを打ちながら山からカードを1枚引くと難しそうな表情を浮かべた。


「いいことだと思うよ。」


 ユアは、暫く長考していたレミュートがカードを捨てたことを見て、今まで全員が捨てたカードを眺めると、自分も一枚カードを引くとすぐにそれを捨てた。


「私としては少し肩透かしを食らった気分だがな。」


 そろそろ終わりが近いな。と、ユアが捨てたカードを見てミリオンは感じると、彼も先ほどユアが捨てたカードと同じものをフィールドにさらした。


 スリンピア王国を出立して既に1日が経過していた。魔物の数が激増しているためか、魔法ギルドへ向かう街道には行き交う人の数が殆ど見られない。

 先日は、一日中魔物の襲撃に警戒し常に緊張感を巡らせていた彼らだったが、そのあまりの平穏さに今日になってというものその緊張感はなりを潜めている。


 先ほど泉に近い場所で昼食をとったばかりなので、全員先日の緊張感もあり相当な睡魔に襲われていた。さすがに全員で昼寝をするわけにもいかず、ベルディナの提案でカードゲームをすることとなった。

 ユアがいつの間にか入れたお茶を片手に彼らは、この日常的な平穏をかみしめつつ僅かばかり心に残る不安を隠しながらゲームに興じていた。


「あ、ベル。それ、当たり。」


 ベルディナの捨てたカードを見て満面の笑みを浮かべたレミュートは、そういうと手持ちのカードを場にさらした。


「ああん!?」


 ベルディナは仰天して思わずひっくり返りそうになると、レミュートの手札を確認しようと身を乗り出した。


「悪いが、私もだ。」


 ミリオンも手札を公開する。どうやら、ベルディナの捨てた最後のカードは二人にとっての上がり札だったようだ。


「ダブルかよ。まさか、ユアもなんていうじゃねえだろうな?」


 まさかそんなはずは・・と期待しつつ彼女の表情を確認したベルディナの表情は青ざめた。


「ごめんなさい。まさか出るとは思わなかったから・・。その・・。」


 済まなそうな顔をしてユアも手札をさらす。


「トリプルかよ。ったく、容赦ねぇなおまえら。」


 ベルディナはそういうと、やってらんねぇーとばかりにカードを乱暴に投げ捨てると仰向けに寝ころんだ。

 どうやら、払えるものがなくなってしまったらしく、それは同時にゲームセットを意味していた。


 このゲームは上がった者の手役に応じて点数がかかれた棒(点棒と呼ぶ)をやりとりするものだが、ベルディナはことごとく支払う立場を全うし、ついにはそれが無くなってしまったのだ。点棒が無くなった時点でケームオーバーとなり最終的な精算が行われる。

 結果的には、レミュートが他者を圧倒し、ミリオン、ユアと続き最下位がベルディナという塩梅に納まった。


 それにしても、とミリオンはカードと点棒を片付けながら思った。こういうゲームではその人物の性格がよく分かる。

 ミリオンは質実剛健。勝負できる場では勝負し、勝てる目が無ければ完全に引き下がる。

 ユアは、そもそも負けないようにするため勝負をせずに守ることを主体とする。

 実は、ベルディナとレミュートはその勝負のスタイルはよく似ている。二人とも常にまっすぐ勝ち(あがり)をめざしにいく。たとえそれがどんな不利な状況でも、彼らは自らの勝利を疑うことはない。

 しかし、その結果はレミュートの圧勝に終わることが多い。これは、レミュートの勝負運が強いのか、ベルディナの勝負運が悪すぎるのか。ベルディナとレミュートが最後に残る一騎打ちでは必ずといって良いほどレミュートがその勝利を自らのものにするのがよく見る光景となっている。

 ともあれ、王族として彼女の勝負運や感といったものは実に心強いと彼は思った。


「そろそろやることが無くなってきたな。」


 ミリオンは、カードをまとめユアに手渡すと、側に置いておいた剣を手に取り暇つぶしがてら手入れをすることにした。


「あ、私のもお願いできる?」


 剣の手入れをし始めたミリオンを見て、レミュートも自分の剣を彼に差し出すが、


「ふむ・・、そろそろ君も自分で出来るようになったほうがいいな。」


 ミリオンは、それをあえて受け取らず、代わりに手入れの道具を彼女に渡した。

 剣の錆をとるヤスリとさび止めの油に手ぬぐいを手渡され、レミュートは少し困った表情を浮かべるが、


「分かったわ、教えてくれる?」


 といって、ミリオンの隣に座った。


「むろんだ。私がやるようにすればいい。難しいことではない。」


 ミリオンは、そういう彼女学ぶ姿勢に安堵すると手入れを再開した。


 ふてくされ、寝転がりながら煙草を吹かし始めていた(器用なものだ:ミリオン談)ベルはそんな二人を見ながら、むくりと起き上がると、煙草の火を灰皿でもみ消した。


「そろそろ馭者と交代してくる。中は任せたぜ。」


 ベルディナは、荷物から小振りな書物を取り出すと馭者台に出ようと幌をめくった。


「私も一緒していい?」


 そんなベルディナの後ろからユアがおずおずと聞いた。


「ああ、いいぜ。念のために武器も持っておけよ。」

「うん、分かった。」


 ユアは微笑むと、普段は荷物にしまってある小剣を取り出し、腰のベルトに差し込んだ。

 彼女の持つ小剣ディムスは、旅立ちの際ベルディナが譲渡した正真正銘の魔法剣だ。

 彼女は争いには向かず、戦闘時も後方で三人の支援をしつつ負傷者の治療を担当しているが、それでも護身用に何か必要だろうというベルディナの提案からこの小剣を持たされた。

 この小剣は、元々ベルディナのコレクションの一つで、古代遺跡から発掘された遺産の一つである。この小剣は、魔力を込めて掲げれば様々な攻撃から身を守る障壁を展開させることが出来、ユアの護身には最適のものである。

 余談ではあるが、ベルディナが持つ数本の魔法剣を始め、これら古代遺産である魔法剣は失われた技術(遺失技術:ロスト・テクノロジー)が使用されており、現在では複製は不可能である。

 ベルディナが身につけている小剣ラグナ・メルフィス、ベルディナからレミュートに贈られた小剣アーケス、ミリオンに譲渡された小剣レヴィナスもその遺失技術による魔法剣である。


 ベルディナは馭者に休憩するように伝えると、彼から手綱を受け取り、葉巻を一本手渡した。


「それでは大導師、私は休憩させてもらいます。」


 ギルドからお使いを言い渡された見習い魔術士である馭者は、彼に一礼するとユアと入れ替わりに馬車の中へ引っ込んだ。


「魔術士さんも、こんなことをしなきゃいけないなんて。大変なんだね。」


 ベルディナの隣に座ったユアは、風に靡く白銀色の髪を押さえながら眼前に広がる山々を眺めため息をついた。


「ギルドは基本的にけちだからな。使えるものは全て使うんだよ。」


 おかげで研究費をぶんどってくるのに苦労したもんだぜ、といいながらベルディナは手綱を片手に葉巻に火をつけた。


「それ、まだ足りる?」


 彼が吹かす葉巻を見ながら、ユアは心配そうに彼の瞳をのぞき込んだ。


「ん?そうだな、後4本ほどだな。」


 ベルディナは懐を探ると、バニラの香りがする葉巻を取り出して数を調べた。少し前まで20本ほど遇ったそれは随分と数が少なくなっているようだ。


「そろそろ新しいのがいるね。」

「そうだな。暇をみて調合しておいてくれ。一日や二日程度は無くても大丈夫だからな。」


 ベルディナはそういうと、葉巻をくわえ込み手綱で馬の調子を探る。


 ベルディナがしょっちゅう吹かしている葉巻は、普通の者が吸う一般的な煙草とは大きく意味合いが異なる。彼の葉巻は、一般的なものとは違い、専門の薬師が調合する薬なのだ。

 彼は、生まれた時より莫大な魔力を身に宿していた。それは、魔法種族と称されるエルフ族の中でも飛び抜けて高く、同時にそれは彼のみではなく、その周りにいる者にも悪影響を及ぼすほどのものだった。故に彼は幼少の頃から他のエルフ達から隔離された生活を送っていた。

 そんな彼が人間の世界で生きていくためには、どうしてもその魔力を押さえ込まなければならない。彼の身につける輝石はそんな魔力を抑制し封印するためのものであり、それでも押さえきれない魔力を薬によって抑制するという生活を長く送り続けている。

 彼が人目をはばからず、いつも煙草を吹かしているにもかかわらず仲間の誰もがそれを咎めようとしない理由はここにある。


 ユアはそんな彼を見て少し胸が痛くなる。


「そんな顔するな。お前が調合したこの葉巻のおかげで、昔に比べると随分楽に生活できるようになったんだからな。」


 ベルディナは、うつむいてしまったユアの髪をクシャッとなでつけると、少年のような、どこかいたずらっぽい笑顔を浮かべた。


「でも、根本的な解決にはなってないよ!その薬だって吸い続けるといつか身体をこわしてしまうものだし、依存性もあるんだよ!それに、効果が切れた時にはすごく苦しくなる・・。本当は、そんなもの作っちゃいけないんだよ・・。」


 ベルディナの手をふりほどき、ユアは激昂した。その声は馬車の中にまで届き、心配したミリオンが「どうかしたのか。」ときいてくる声にベルディナは、「何でもねぇよ。」と答えた。

 落ち込み、手のひらで目を覆い尽くしてしまったユアの背中をなでながら、ベルディナは落ち着いた口調で話し始めた。


「俺はお前に感謝している。お前は俺にことごとく安らぎと新鮮さを与えてくれたんだからな。お前がいなかったら、俺は灰色の人生から逃れられなかったろうな・・・。まったく、俺にこんなこといわせんじゃねえよ、こっぱずかしい。」


 最後の一言が無ければこの上ない殺し文句となっていただろうに、ユアはそんな彼の不器用さに少しほほえみを浮かべると、彼に気づかれないようまぶたを拭うと、穏やかな笑みで彼にありがとうと伝えた。


「救い出してくれたのはベルの方だよ。ベルが私を拾ってくれなかったら、私は今は生きていられなかった。多分、そうなんだと思う。」


 ベルディナは何も答えなかった。そして、ユアは彼の表情が次第に険しいもの変わっていくことに気がついた。


「ベル?」


 どうしたの、ときく前にベルディナは前を指さす。


「あれは・・・何?」


 それは、地上から黒煙だった。


「クローナ村の方角だ。」


 森火事かもしれない。誰かがたき火をして、その不始末から出た煙かも知れない。いや、それにしては規模が妙に小さい。

 そして、次第に漂ってくるこの独特の臭気。これは、肉の焼ける匂いだ。

 ベルディナは戦場に漂う独特に死気を感じ取ると、手綱をふるって馬をせかせた。

 馬車は急激に加速し、ユアは小さく悲鳴を上げると何とか取っ手に捕まり揺さぶられる身体を押さえつける。


「何があった?」


 時折荷物が揺れる音が響く馬車の中からミリオンの大声が届いた。


「分からん。とにかく、戦闘準備をしておけ。」


 ベルディナは、立て続けに手綱を振るい更に速度を上げていく。


「!?分かった、ユアは中へ。レミーから離れるな。」


 ミリオンはそういうと、ユアを支え丁寧に馬車の中へと導いた。


「ミリオン・・。」


 不安そうなユアの視線に、ミリオンは「大丈夫だ。」と強く答えると、自らの剣を携えてベルディナの隣に腰を下ろした。


「青天の霹靂か。無事を祈るばかりだ。」


 叢雲のごとく大地よりわき上がる黒煙を見たミリオンは、激しくなる鼓動を何とか押さえつけながら身を固くしていった。


 馬車の隅では急激に変わる状況に震えるユアをなだめながら、レミュートもやがて訪れる恐慌を予感し、身体を固くしふるえを押さえ込んだ。


 火蓋は落とされた。後は駆け抜けるのみ。


 失踪していく馬車の振動は、揺れ動く彼らの行く末を象徴しているかのようだった。

 



ようやく前置きが終わり本格的に彼らの旅を始めることが出来ました。(ながかった・・)

次回からしばらくは戦闘がメインです。なれないシーンなので気合いを入れていきます。

どうぞおつきあいください。


タイトルを少々変更しました。今まで”第一話”としていたものを”第一部”に、第二話としていたものを第二部としました。

 以降はこの第二部に全てアップしていく予定です。よろしくお願いします。

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