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(8)夕食後

 昼食後部屋に篭もってしまったユアのために、レミュート達はそれぞれの報告を夕食後に持ち越すこととなった。


「ごめんね。」


 夕食後ベルディナとミリオンの部屋に集合した仲間達に、顔を合わせるなりユアはそう詫びた。

 昼頃にユアが占いをしていたことをレミュートとミリオンは知らない。ユアはそのことに関しては何も言わなかったし、ベルディナは彼女がそうするのなら何の口出しもしないという立場を貫いた。

 ミリオンはユアが言いにくそうに顔を伏せるのを見て、それ以上聞き出す気にはなれなかった。

 ベルディナはそんな二人を横目で見ながら、昼間に仕入れてきた仕事の話に移ることにした。

 ミリオンは、昼間にベルディナが買ってきていた安いウィスキーを自分とベルディナの分をグラスにつぐと、静かにそれに耳を傾けた。


 ベルディナの話はそれほど長いものにはならなかった。入っていた依頼の種類は相変わらずで、変わったことといえば王国政府から傭兵の募集がされていたこと。ミリオンはそれを聞いて少し苦い顔をしたが、ベルディナはそれに気がつかないふりをし話を進めた。


「結局、また荷馬車の護衛ってことになるのね。」


 レミュートはため息混じりに聞き返した。ベルディナの言葉は聞き返す必要もないほど明瞭なものだったが、レミュートにはそれが重々しく感じた。


「まあ、そういうこったな。こればかりはどうしようもねぇ。」


 ベルディナにも今のレミュートの気持ちはいたいほど理解できた。実のところベルディナも同じ気分だったからだ。


「対策を立てるべきだが。こればかりは私たちではどうしようもないな。」


 仕事は依頼主が依頼を持ち込まないことには成立しない。故に、まともな依頼が無くとも彼らのような冒険者にはどうしようもないことだ。それが嫌なら冒険者を止めて別の仕事を探せ。それが出来ないなら文句を言うな。

 活躍の場を与えられずくすぶる若い冒険者に、ミリオンとベルディナは何度もそんな言葉を投げかけた覚えがあった。それはずいぶん前、彼らが世界を巡る旅をしていた時のことだった。


「今更ながら憎々しいことだぜ。先方との交渉も済んだ。出発は明日の明朝、夜明けと共に王国を出る。俺からは以上だ。他に何かあるか?」


 ベルディナはそういうと三人の目を順番に見た。他に発言するものはいない様子からベルディナはそこで話を切り解散となる。


 レミュートは入浴後ミリオンとベルディナに鍛錬の約束を取り付けるとユアと一緒に部屋を出た。


「それにしても、昨日ここについたにも関わらず明日にはまた旅立ちか。忙しいものだ。」


 ミリオンは、そういうとグラスに残ったウィスキーを一口で飲み干した。


「全くだぜ。これじゃ、ゆっくりとカジノにもいけやしねえ。」


 カジノに行くような金もないだろうに、と思うミリオンはそれを言葉にはしなかった。聖王都では王国が管理する国営カジノが街の外れに建っている。それは、貴族のみではなく一般市民でも気兼ねなく立ち寄ることが出来る場所であり、国民の娯楽施設の一つと位置づけられている。国家は国民に娯楽を提供する代わりにその収入から税金を得ている。故に、カジノで金を落とすということは国家に対する貢献でもあるが、近年になってカジノに依存する人間や博打で多くの借金を作り破産する人間も出てきているため国民からは賛否両論がわき上がっているとのことだ。

 ベルディナは金に余裕のある時には良く国営カジノに足を運ぶが、持ち金が増えたという話は全く聞こえてこない。まあ、勝ったとしても、帰りがけの酒代で勝ち分以上の出費をしているだろうから同じことか。


 ベルディナはミリオンに酒の追加を薦めるが、この後の鍛錬のことも考え遠慮することとした。ベルディナもそれ以上飲むつもりはないらしく、グラスを傾けながら最後のそれをゆっくりと咽に流し込むと酒瓶を鞄にしまい込んだ。

 こういった強い酒は晩酌以外にも傷口の消毒や気付け薬としての効果を始め、周囲に散布することでそれを苦手とする猛獣や魔物から身を守ることも出来る。また、ある程度煮込んでアルコールのみを蒸留した場合は一時的に強力な燃料としても使用できるため旅には重宝する。

 もっともその半分近くがベルディナとミリオンの腹に納まることとなるのだからそれは明らかに言い訳のために考えられた理由だろうと想像できる。


 酒に煙草に博打。まあ、こんな人間(実際はエルフ族ではあるが)が世界では大導師として崇められているのだから不思議なものだ。ミリオンはベルディナという人間を知れば知るほど、世間で言われているベルディナ・アーク・ブルーネス大導師像が薄っぺらいものと思えてしまうようになった。


「ところで・・。」


 ミリオンはグラスを置くと、椅子の背もたれに背中を預けた。


「ユアはいったいどうしたのだ?あの様子だと何かあったのではないかと思うのだが。」


「・・・・あいつが何も言わない以上、俺から言えることはねぇよ。」


「・・そうか。」


 ミリオンはうなだれた。ユアが自分に何も言わないこともショックだったが、それ以上に自分が知らずベルディナがその事情を知っていることに僅かに嫉妬した。


「といっても、俺も何故あいつが口を紡いでいるのかはしらねぇんだ。ただ、昼頃にしていた占いで何かあいつの琴線ふれる結果が出たのだろうってことしかな。」

「占い・・・そうか。あのときと同じなのだな。」

 ミリオンは、一年半前の王国で起きたことを思い出した。そして、レミュートを除く彼らにとって旅立ちの原因ともなったことだった。

「大地の衣を身に纏いしそのものは、新月の夜、聖者の灯火をもとに天の楼閣を目指す。翼を得た少女は落雷の平原に降り立ち、闇の眷属の待つ運命の塔に挑まんとす。はたして教会の祈り子は王都の落日と共に竜の礎を得、大いなる聖剣を手にするであろう。」

「なんだ?それは。」

「ユアの占いの結果だ。」

「どういう意味なのだ?」

「こればかりは、占った本人にしか分からん。タロットカードで占っていたようだが、その印象を正しく言葉に出来るのは本人だけだ。」

「なるほど。術者でもない私たちがその言葉を聞いただけでは意味がない、ということか。それにしても・・やっかいなものだな、占いというものは。」


 ミリオンは手持ちぶさたに宙を仰ぐ。ベルディナは既に煙草を吹かしている様子だった。旅の間には吸わないような、甘いバニラの香りのする少し良い葉巻のようだった。


「また、剣と竜だ。」


 紫煙と共に薄く吐き出される白煙の内側でベルディナはそうつぶやいた。


「・・・・・・さて、そろそろ鍛錬の準備をしておくとしよう。」


 ミリオンはベルディナのつぶやきをきかなかったことにした。その先を知ってしまえばおそらく平静でいられなくなるだろう。これから鍛錬をするにあたってはそれは避けておかなければならない。ミリオンはそう自分に言い訳すると部屋の隅に立てかけておいた自分の剣を取り上げると部屋を出ようとした。


「俺も後で行く。先に始めておけ。」


「了解した。では。」


「ああ、後でな。」


 ドアが閉まる音を確認し、ベルディナは一つ、大きなため息をついた。


「お前が逃げたくなる理由も分かる。俺もそうだ。だがな・・・、いずれはそれに突き当たることとなる。それまでに答えを用意しておけよ。俺も、お前もな。」




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