表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/28

八話 あやふやなもの

 気味の悪い経験をしてから三日ほど経過して、まだ後味は悪く。ややふらつくように歩いていると、不思議な雰囲気の教室が視界に入る。

 たしか、この教室は普段鍵がかかっている。

 けれど、その鍵が行方不明で誰も入ることの出来ない場所で、なぜかそのわりには引けば普通に開いた。

 他の教室とは違って暗めの赤いカーテンがしめられていてほこりっぽく、ずっといたら苦しくなりそうな空気をしている。

 そのほかに、変色したわら半紙のプリントが山のように積まれていて、椅子と机がひと組。黒板にはとくになにもかかれていない。

「僕を作り出した人は、僕がいることを記憶から切り離すことでバランスをとってる」

 少女の声がした。

 彼女はいつの間にか俺の視界にいたような、けれどついさっきふっと現れたかのようにもみえる。

「僕は記録媒体だから。呼ばれるとすれば欠落事項って呼ばれるのが本来のあり方かな」

 彼女につけられている手枷と足枷は鎖こそついているが中途半端な長さでちぎれていることから、普通に動くことについてとくに不自由は無さそうだ。

「記録媒体?」

 とにかく独特な存在だってことはわかった。

「傍観者。観客。読者。見ることは出来るけど関わることは出来ない。でも、覚えていることは出来る。僕は非実在の扱いだけど、役目がある……ああ。地縛霊ともいうのかな?」

「……実在するように見えるが」

「あるいは、不思議の国に行けなくなったアリス」

 何故いきなりそんな言葉が出てくるのかは理解できなかったが、すくなくともこの少女は人間の見た目なのに人間ではないのだろう。

 まともに思えないようなことを平然と述べ立てて狂言回しのようにも思えてくる。

 存在はするが架空の扱いを受けているあやふやなもののいうことなんて、こんなものかといえば納得できないこともない。

「アリスは好奇心旺盛でしょ?でも、僕は好奇心がないのにあちこちさまよわなくちゃならない。その過程の中で不思議の国にいったって楽しくはないだろうし、そもそも白ウサギなんて背景の一部としか思わなくて追いかけないよ」

「そのわりに会話が出来るのは何故だ?」

「簡単だよ。ただ僕のことが見えてるから。その眼鏡を外したら見えなくなるし、ここに入れない。いまはここに入ってるけど、外したらこの部屋の前にもどるだけだよ」

 かけている眼鏡に手を添える。

 音まで聞こえてくるのははじめてだが、これはもしかしたら音ではないのか……?

「他にお前が見える奴はいるのか」

「さて、どうだろう。あ、僕から情報を引き出そうとしても、あまり意味の無いことだからやめた方が良いよ。僕が見て学んだことを引き継ぐ子は決まってるからね」

 俺達が調べようとしていることとこの存在はなにか関係性が有るようで無さそうな気が少しだけしていて、誰かのエラー……欠落事項なら深入りする必要も無い。

「そうか。このやりとりもか?」

「引き継ぐといっても……悪いことやどうでも良いことは引き継がない。普通の女の子が普通に生きていくのに必要な情報と行動を記録することが主な目的だからね」

 このやり取りは少なくとも彼女にとってどうでも良いことのようだ。

「……消えることは確定か?」

「僕?うん。そうだよ」

「悲しくはないのか?」

「ちゃんと終わり方が決まってるだけ良いと思う。人間はいきなり死ぬから」

「そりゃ、どんな奴でも生きてれば死ぬからな」

 戸は開けたまま教室を出て眼鏡を外して振り向くと、開けたはずだったのに戸は閉まっていて何故か押しても引いても中に入ることは出来なくなっていた。

 また眼鏡をつけて引き戸を開けようとしたがやはり開くことはない。

 入れるときと入れないときでもあるのか?

「……変な奴」

 気を取り直して教室に戻ろうと廊下を歩き出すと、欠落事項は不機嫌そうな表情を浮かべながらまた視界にしれっとあらわれた。

「変な奴とは失礼な奴だな!」

 幽霊ばりにふわふわと浮いているが拘束具の鎖が壁に当たって音を立てた。

「……まー無駄な動きをすると、作った人がなんらかの不調を起こすみたいだから自由に動き回れるかって言ったらちょっとセーブしないとなんだけどさ。暴言だからこれは必要な動きね」

「お前な、そんなのでいいのか」

 ひとり言に聞こえるであろうことはわかっているものの、なにか返さずにはいられなかった。

「充電器があの部屋みたいなものだよ」

 無視して教室に戻り席について、次の授業の準備をするために鞄から教科書とノートを取り出した。

 傍観者が必要なほどのなにかが起ころうとしているのか、それだとして、まぁ、なにかを演じている役者が突然観客に話し掛けることなんてまず無い。だから、三月にこの出来事を共有するのはやめておこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ