七話 葬式の百合
置いてあった白い封筒の中身は手描きの地図だった。
京華学園がスタート地点のようになっている地図の通りに進んでいったそこは、高架下にある公園で、遊具くらいしか見当たらない。
「仕掛けでしょうか」
「さあな」
二人でもう一度地図を見直すと、ジャングルジムのあたりに赤い丸が描かれている事に気付き、少し歩いてそこに近づく。
「次は何だ」
三月はポケットに入れていたお守りを取り出して俺に差し出す。
「これを使うのでは?ボクがもっていると効果は無いと思うので」
受け取って試しにジャングルジムにそれをかざすと、空間が歪んで気付いたときには薄暗い廊下にいた。
窓もなく冷え切った空気で、どこかの地下のようにも思える。
だれでも一度は見る景色だ。
煙たくて甘ったるい線香の香り。
切り取られていけられた色鮮やかな花々たち。
一晩中はつけていないといけない大きめの蝋燭の火。
「……進んで良いのかこんなところ。帰りたい」
足音は響くくせにそれをふくめてもいやに静かで、声をだすことは特に禁じられていないのに声を潜めた。
「そうしないと辿り着きませんよ……。ボクも進みたくはありませんけどね」
「くっつくな鬱陶しい」
「オマエも怖い癖に」
三月に苛ついて蹴りを入れようか考えて結局やめる。
淡々と進んでいくと、線香の煙と匂いが濃くなってきて足元に水たまりていどの深さの川が道しるべみたいに流れはじめていた。
一本道のようなものだから迷うはずも無いのにおかしい仕掛けだな。
「これ、ただの水ですか?」
「さあな」
水たまりのなかをちゃぷちゃぷと音を立てながら歩くのはいつぶりになるのか、まぁ、そんなのどうでも良いか。ときどき小石かなにかを踏みつけたような気もする。
そうして、そこそこ進んでいった先に赤茶色の扉が見えてきて、俺達はそれを開いて中に入った。
薄暗いけれど、葬儀を行うセレモニー内にも見える。
けれど、広いからどちらかと言えば音楽発表会でも行われそうなホールの方が近いか。
足元と各自の座る椅子の位置がぼんやりと桜色の光に照らされていて、先にこの部屋に入っていた他の生徒達は行儀良く嫌に静かに椅子に座っていて、俺達は適当に空いている椅子に腰掛ける。
この、人為的に作られた異様な空間でこれから何が始まるのかは知らない。
ここ数日この新興宗教について調べているがまったく情報をつかめないから仕方なく参加してみようとおもっただけだ。
*
どう帰ってきたのか、帰ってきたあと何をしていたのか、いつの間に眠っていたのかがすっぽり抜け落ちていて、けれどこれは自分の部屋のベッドの中だ。
さっきまで眠っていたらしいことしかわからない。
どこから記憶が消えたのだろう。
「そうだ……」
ベッドから起き上がって鏡の前に行くと眼鏡は外しているが十時六花の姿のままで……少なくとも変装をとかずに眠ったらしい。
じゃあ、無効化をつけていた三月は瞬の姿に戻っているのか。
「おはよう……六花」
俺の後ろに立っていたのは、三月のままの瞬だった。
「……お前もなのか?」
「……なにが?」
「お前……あれに出たあとの記憶あるか……?」
振り向いて、三月が目の前に確実にいることを確認してから問いかける。
「……俺も……気付いたら部屋のベッドの上だったよ」
「……お互い、まったく覚えてないってことになるな」
「うん」
そのとき、背筋にぞくりと冷たい感覚が走って一度そのまま動けなくなる。
戦慄するとはこういうことなのだろう。
「お前は無効化をつけていたのにもかかわらず……ホントになにも覚えてねぇのか?」
「……完璧な無効化じゃないから……あの場所の空気に飲み込まれたのかもしれない。それに……」
言い終わらないうちに三月はわかりやすいくらいに青ざめて、黙り込む。
「どうした」
「……俺達にしては、すごく無計画にあの中に入ったと思う。どうしてカメラもレコーダーも、もっていかなったんだろうって……これは、単純な準備不足なんかじゃない気がして」
ベッドの下に置いてあった鞄を開いて床の上におき、持っていったものを確認する。
中身は授業を受ける道具と携帯、購買部で三月が入手したお守りくらいしかはいっていなくて……これじゃたしかに普通の高校生だ。
「お前の鞄もそうだったのか」
三月は部屋から出て、しばらくしてから鞄をもってきて同じく中身を床の上におく。たしかに特殊な道具は持っていない。
「有ったら使ってると思うし」
「今度はちゃんと準備をしてから……転校してから数日はいつも入れてなかったか」
「うん」
無効化をつけていない俺はともかく、三月の方まで学園生活に溶け込んでいては調べられるものも調べられない。それで、また後日行くしかないな。
「今日は休むか」
「ボクは行きます」
「そうか」
どちらかが休んでも、期限は長かったはずだから大丈夫だろう。
このこともとりあえずは朝霧に報告しておくか。




