六話 鏡越しの不吉
今になって思えば、あのまま当然のように『廃棄』されていた方がよかったのだろう。
ひどい目に遭っていたあの頃も今も、希望なんて無かった。
「あら。なんて顔をしているの」
目の前の大きな鏡に映る私で『彼女』は声をかけてきた。
返事なんてしなくとも『彼女』は私に寄り添うようにそばにいて、だけどそれは私の身体を依り代として使うために近くにいるだけにすぎなくて、助けたいのか、道具として扱いたいのか……。
「こうして普通に過ごせることがあなたのおかげなのは、わかっています。でも……」
「こんな酷いことはやめて下さいと言いたいのでしょう露葉さん」
鏡に映る彼女はぞっとするくらいに冷たい笑みを浮かべて私を見つめている。
「その通りです」
「いくらも昔、人間の生と死を司っていたことがあるので……ものと同じように扱われていた露葉さんの命は見過ごせなかったのです」
正しいことを言っているように聞こえるのに、どうしてこんなにも心がざわざわと波打つのだろう。
「まぁ、あのときはあのときですし、いまは別の目的があるので」
狂花となってしまったことは、もうどうしても覆せない。
だとしても、どうにか最期まで平穏に過ごすことは出来ると思っていたんだけど。
「なにをするつもりなんですか」
「悪意は精神のある人間しか生じませんから」
問答になっていない。
彼女と話をすると、話しているのに時折一方通行なことをしているようにおもえるのはどうして?
「それに、廃棄されるいくらか前に貴女は自分から願ったはずですよ」
こちらがどう思おうが関係なく、くすくすと自分と同じ顔を邪悪に歪ませて彼女は笑う。
「悪いことが無くなれば良いのにと」
その一言で一瞬過去の記憶がよぎって、心は深く思い出すのを拒否したのに身体は立っていられなくなって床に膝をついて俯く。
たったそれだけのことを思い本当にそんな能力が発現したから私の願いは叶えられていることになったことは事実だけど、自分の能力と彼女の思惑で、生徒会のみんなはなんの異変に気付くこともなく悪意に浸食されている。
「少し意地悪がすぎましたね。ええ。では、もう一つだけ貴女の願いを叶えて差し上げます」
「え」
いきなりの申し出に顔を上げた。
「私もね、露葉さんを通して他の狂花の皆とすごしていて気が変わったのです。人間は間違いを起こしますが、それに適した対応をすれば今度は同じ間違いを侵さないと」
あのときのように彼女はやさしく優しく語り、鏡越しに手を伸ばすと私の前に大きな空っぽの砂時計が現れる。
「この砂時計は狂花が最期の一人となって能力を暴走させたとき。一度だけ返され、砂が落ちきるまで暴走の前の状態に戻すことが出来ます」
「でも、中身がありませんよ?」
一人だけ……彼女が全員を助けるつもりはないだろうとは思っていた。
「それはこれからたまっていくのよ……」
どんな仕組みで……?
そう言葉にしてたずねようとしたとき、目の前の鏡に映っていたのはいつもの自分だった。