五話 部活の思い出
帰り道、中等部のときに同じ部活だった同級生と偶然再会して、部活動をしていたときにおきた話になった。
「蛍介くん。あのときのこと覚えてる?」
彼女が一方的に話しているのを聞いているだけではあるが。
事の発端は木管側の気の強い彼女と金管側の誰かとの口喧嘩。それが何をどうこじれたのかまでは忘れたけど、部内全体と何故かおれも巻き込まれて……最後は部活どころではなくなって廃部になったのだったか。
「もっと早く謝らないとって思ってたけど……ずっと言えなくて……あのときのこと。ごめんね。蛍介くん」
二年か三年くらい前の話だ。
既に過去のことなのだが、覚えている人は覚えてるもんなんだなー。
最も、彼女は当事者のようなものだったから覚えていたのだろう。
「知らない」
部活動なんて学生生活のなかのサブでしかなかったし、いまはもう眼中にない。起きて過ぎ去ったことはもう時間の流れで記憶を劣化させていくしかない。
所属していたことを何もなかったことにしたいくらいだから、掘り返されても困るというか。
彼女が謝ることによって、なに良い話風に取り繕おうとしているんだ。自己満足にも程があるが、区切りをつけないとどうしても前に進めないことは誰にでもあるし、否定する部分じゃない。
「……まだ音楽を続けてる?」
彼女は高校は別の所にいったようだし。よほど嫌だったのかな。
「え……?うん。続けてるよ」
「そう」
どうせ。個人の自由。
おれにはどうでもいい。
音楽には日常的に助けられている部分はある。
でもそれとこれとは別なんだ。
名前もすっかり忘れたが、前の同級生の胸ぐらをつかみあげて橋から川に突き落とした。
「ねぇ。50がいいか100がいいか選べるけど……って、聞こえちゃいないか」
落とす前に言えばよかった。
少し申し訳ないだとか、やってはいけないことをしてしまっただとか、そんな気持ちはわいてくるけれど、歯止めのきかなくなった残虐性といつの間にか無意識に浸透してしまった悪意の餌食になってしまったことは……ただの一度の不幸だと思う。
「長いか短いか。でも、そうだね、君にとっては長いか」
助ける気持ちはある。
だけど、ただ助けられるだけでは感謝されて終わりなだけで、ほら、人魚姫の王子様だって助けられたことは覚えていても、誰が助けたなんて覚えていないから。
「じゃあ100数えるよ」
ああ。可笑しい。
確かに目の前で溺れている人間がいるからって人魚だなんて。
背中を向けて数を数えていたら、いつの間にかもがく音は聞こえなくなって、多分もう諦めちゃったんだろうな。
振り向いたらいなくなっていた。
少しは希望を持っててくれても良かったのに、残念。
*
「……どうしてそんなことを……!」
会長は女の子にしては強い力でおれの胸ぐらをつかんで、目に涙を溜めながらそう言う。
「数えてから助ける約束だったし。残念だった。とても。」
「もっと他に出来ることはあったでしょう!!なのに!どうしてあなたはそんな酷いこと……」
見知らぬ子のはずなのに涙を流すって、なんて優しい生徒会長だろう。
あいつは確か、今行方不明の扱いになっていたんだったか、それとも他の人が見つけたのか、もう終わったことだからどうでも良いし、ニュースを見るのは好きじゃないから、やっぱりどうでも良い。
「話したけど、他の人には内緒だよ?」
「知りません」
「おれは、いつもの喋らない副会長にもどるよ」
やっぱり言葉を出すとろくなことが起こらないし、話さない方が何よりも楽だな。