第八話 シャルロット、襲来
当分アルベルトもカイウスも帰ってこないそうなので私は暇な日常を過ごしておりました。掃除はもう済ませてしまったし私一人だったらそこまで凝った食事を作る気にもなれません。魔法の方の訓練は続けておりますが、指導者がいないと何だか身に入らないのです。
ぼんやりと窓から外を眺めていましたが、障気に覆われ淀んだ空は見ていてあまり面白いものではありません。しかし、その障気をくぐって何かがこちらに飛来してくるのが見えました。
慌てて窓から離れると、ガシャンと大きな音と土煙を立ててそれは飛び込んできました。
爆弾かと思い、私は身構えましたが、煙の中からゲホゲホと咳き込みながら出てきたのは可愛らしい少女の姿でした。
燃えるような燈色の髪を二つ結びにして、ぱっちりとした瞳は強い意志を感じます。その手は鳥の翼のようで、下の方に目をやると鷹のようながっしりとした鳥の脚がそこにありました。
この姿からしておそらくアルベルトのご友人か何かでしょうか? 私は恐る恐るこんにちは、と挨拶をしてみましたが、少女はただじろじろと私を見つめています。すると呟くこうにこう言いました。
「ふぅん……まぁ顔は悪くないわね。ただちょっと痩せすぎな気もするわ」
すると少女がびしっと私を指差し、きっぱりとこう言い放ちました。
「あたしはアルの大切な幼なじみ、シャルロット! 覚悟しなさいこの泥棒猫!」
泥棒猫……? 私はしばらく言われてる意味が理解出来ずあんぐりと口を開けてその場に静止してしまいました。そんな私をよそに、シャルロットさんはつつーっと半壊した窓の枠を指でなぞると、こちらに見せつける。
「ほーら! こんなに埃がついてるじゃない。アルのお嫁さんを名乗るにはなってないんじゃないの?」
「……それはシャルロットさんが窓を破って土煙をたたせたからだと思いますが」
「えっ!? あっ、そうだったかしら。それはあたしが悪いわね……」
慌てふためくシャルロットさん。この人もしかして……。
「こ、こほん。掃除はもう良いわ!! 料理をチェックしに来たのよ。ほら、何か出しなさいよ」
「料理ですか……。うーん夕食にはまだ早いですしお昼御飯は食べてしまったし、おやつに作ったプリンしか……」
「ぷりん? 聞いたことないわねー。もう何でも良いわ! 早く出しなさい」
私は言われるがままに彼女をテーブルへと案内すると、おやつに作っておいたプリンをシャルロットさんにお出しする。
「これがぷりん? 黄色いしプルプルしてるし、これほんとに食べ物なの? あたしたち『夜を統べる者』は食事を必要としないから味にこだわりがないとでも思ってるのかしら? あたしやアルベルトは美食家だからこんなんじゃ騙されないわよ」
「まぁまぁ、一口食べてみてください」
ベラベラと喋り続けるシャルロットさんに少々うんざりしてしまいます。
「まったく、何であたしがこんな変なもの……毒でも入ってるんじゃない……」
ぱくっと一口プリンを口に含んだシャルロットさん。目を丸々と見開くと、仏頂面だったのに輝かんばかりの笑顔に変わっていきます。
「美味しいですか?」
あまりにも美味しそうに食べてくれるので私は思わず尋ねてしまいました。シャルロットさんははっと我に変えると、元のしかめ面に戻ります。
「ふん、まぁまぁね。こんなの美味しくないけど、あ、あたしは嫌いじゃないかな」
どうやら気に入ってくれたようで、私は口許を緩ませてしまいました。そんな私を見て、シャルロットさんは笑うんじゃないわよ! と睨み付けてきますが全然怖くはありません。
何をしに来たのかはよく分からないのですが、シャルロットさんは良い人のようです。
すると、バタバタと慌ただしく足音が聞こえてきたかと思うと、アルベルトが肩で息をしながら飛び込んできました。
「あら、お帰りなさい」
「あぁただいま……いやそうじゃなくて。おいシャル!勝手なことをするな!」
怒鳴りつけるアルベルト。ん、待って。シャル?
「アル! 結構速かったじゃない〜」
アル?
「まったく、イブマリーに迷惑をかけるな! とっとと帰るぞ」
この二人はあだ名で呼び合うような仲なのでしょうか? 何だか胸の奥に棘がささったような気がします。しかも『帰る』とは……一体どこに帰るのでしょう?
「だってアルがいけないんだよ……あたしと結婚を誓ったのに、この女と内緒で結婚するなんて!」
結婚を誓った……?
顔がひきつるのが自分でも分かります。シャルロットさんもそれを察してか、得意気に鼻を鳴らす。
「そんな約束した覚えはない!」
「もう、一緒にお風呂入ったり同じベッドで寝たこともある仲じゃない。イブマリーさんはどうなのかしら? あれれ、夫婦なのにまだってことはないよね……? 」
「まだ子どものときの話だろ、何百年前の話をしてるんだ! 」
「ふふん、イブマリーさん、あたしは寛容だから愛人の一人や二人許してあげるわ。でもアルが本当に愛してるのはあたしだけだから、そこんとこはっきりさせたくて」
「シャル、お前はもう喋るな! イブマリー、本当に違うんだ……。こいつはただの幼なじみで……」
「……いーえアルベルト、全然気にしてないですよ」
「本当に……?」
ニコニコ笑顔の私は不気味なのでしょう、アルベルトの顔色はよろしくありません。
「私たちはまだ正式な夫婦じゃないですし、まだ出会ったばかり。正妻さんがいても不思議ではありませんわ」
自分でもどす黒い気持ちが止められません。こんなこと言いたい訳ではないのに、口が動いてしまいます。
「では、あとはお二人でごゆっくり!」
私は何やら必死に弁解するアルベルトと笑顔のシャルロットさんを取り残すと、その部屋を後にしました。