第十四話 お母様
城に進入した私たちは、一先ずジュードのご両親を助けに、監獄へ向かうことにしました。
建物内に入ってしまえさえすればジュードの魔法が使えるので、追っ手が来ることなく堂々と監獄へと辿り着くことが出来ました。
「よし、じゃあ異空間を解除するね」
彼の指ぱっちんを合図に、湿っぽい空気と、鼻をつくような異臭が雪崩れ込んできました。
ミリア様とセーラ様に放り込まれた監獄。 ここへ戻ってくるのも数ヶ月ぶりです。
しかしあのときと違うのは、そう数の多くない牢屋にみっしりと人々が詰め込まれていました。
皆さんろくに食事も与えられていないのでしょう、体は骸骨のように痩せ細り、虚ろな目で何もないところをただ眺めていました。
「そんな……ひどい」
私はあまりの惨状に目眩がしてしまいました。人間はここまで残酷になれるものなのでしょうか?
「これは……酷いね 」
ジュードも眉をひそめます。
声も出ず、呆然としている私に、
「……イブマリー様? 」
不意に誰かに声をかけられました。聞いた覚えのある声。
そちらに視線を向けると、そこにいたのは私のメイド長をしてくれていたクレハでした。
「クレハ……!! 」
ふくよかな女性だったのに今ではあばらが浮き出るほど痩せ細っています。人の良さそうな顔は痩けていましたがその瞳にはまだ光が宿っていました。
「まさかイブマリー様とお会いできるなんて……! あぁ、神様何という幸運でしょう」
クレハが格子を掴み、体を出来るだけ私に近づけます。
親しい人との再会に、私は本来の目的も忘れて、踊り出しそうな気分でした。
「良かったわ、クレハ生きていたのね」
「それはこちらの台詞です。あぁあの忌々しい魔法使いの手中にはまり、姫様に悪意をぶつけた自分がお恥ずかしい」
「良いのよ、あれは魔法のせいだもの、気にしていないわ。もう洗脳は解けたのかしら……? 」
「はい、これだけの国一つ思うままにするような大規模な洗脳魔法を制御することは不可能です。徐々に綻びが出来、私のように我にかえる者も少なくありませんでした」
するとクレハの表情が暗くなりました。
「……そして姫様に近しい者、料理長クックや専属魔法使いトーマ、同じくメイドのリーンやロコは比較的早く洗脳が解け……皆処刑されました」
「そんな……」
クレハが名前をあげた人たちは皆小さい頃から私の世話をしてくれていた大事な人たち。
もう彼らと会うことは二度と出来なくなってしまった。という事実を頭が受け入れてくれません。
「私は何故か処刑されていませんが、おそらくもう魔法が解けた者たちが多過ぎて把握しきれていないのでしょう。こんな地獄にいるぐらいなら早く死にたいと思っていましたが、長生きはしてみるものですね」
「ごめんなさい……私がもう少し早く戻ってきていれば」
クレハはゆるゆると首を横に振ります。
「イブマリー様のせいではありません。あなた様が生きていただけで私は嬉しい。そうだ……あなたのお母様もここに……」
「お母様が!? 」
「ですが……」
クレハの視線の先、牢屋のずっと奥まったところに見覚えのある顔が人の隙間からちらりと見えました。
そういえば街で出会った女性がお妃様の姿が見えないと言っていましたっけ……。
私は衝動的に監獄の鍵を壊し、中に飛び込んでいました。周りの人々が然り気無く進路を開けてくれます。
そしてそこにいたのは、力なく寝そべるお母様の姿でした。
「お母様……!! お母様……!! 」
声をかけますが、お母様は微動だにしません。辛うじて息はしているようですが、変わり果てた母の姿に大粒の涙がこぼれ落ちます。
するとクレハが私の肩に優しく手を添えました。
「……もう何日も意識が戻っていないのです。時々うわ言のようにイブマリー、イブマリーと呟くばかりで」
「私イブマリーです! 帰ってきました」
するとぴくりと母の瞼が動きました。ゆっくりと腕を上げ、私の頬に手を当てます。
「……イブ……マリー? 」
「お母様……!!」
「あぁ、お妃様、意識がお戻りになるなんて! 」
お母様がゆっくり目を開ける。その優しい瞳は確かに私を認識しています。あの操られた冷たい瞳のお母様ではないのです。
「無事で……良かった……。あのとき……操られて……あなたを……助けないなんて……私は……母親、失格ね」
「そんなことない! あれは魔法のせいだったの。お母様はいつも優しくて自慢の母親でしたわ! 」
「あり……がとう……。イブマリー……何だか……綺麗になった……わね。恋でも……しているの……かしら」
「ええ、私、大好きな旦那様が出来たのよ。すっごく優しくて強くて頼りになって可愛らしくて良い人です。お母様に会わせてあげたいです」
「そうなの……それは……ぜひ……お会い……したいわね……。可愛い娘を泣かせたら承知……しないんだから……」
「ふふ、お母様ったら。だから元気になってくださいませ、食べ物も飲み物も薬も何でも持ってきます。何が必要ですか? 」
するとお母様はにっこりと笑い、ただ「イブマリーのお話がたくさん聞きたいわ」と掠れた声で言いました。
「嫌です、お話なんてお母様が元気になったらいくらでも聞かせてあげます。そ、そうだ私、回復魔法を使えるようになったんですよ、見てください」
私はお母様の体に手を当てる。するとそこから青白い光が漏れます。
「……イブマリー様。イザベラ様はもう……」
クレハが遠慮がちに言葉を挟みます。
「嫌です!! お母様は死んだりしません。私が絶対助けます」
いくら魔法を使っても、お母様の顔色は良くなりません。
お母様は優しく私の魔法を制止します。
「凄い……じゃない。魔法が……使えるように……なったのね……。でも、それは……私じゃなくて……他の人に……使ってあげてね」
「嫌だ嫌だ嫌だ。お母様を死なせたくない。私を置いていかないで下さいませ……」
次第にお母様の呼吸が弱くなっていきます。もう何をしても手遅れなのは分かっています。
私に出来る最後のこと
最期の母の願い、それを叶えてあげるしかありません。
私はぽつぽつとこれまでの話をし始めました。アルベルトとの出会いやご飯を作ってあげたこと、シャルロットさんと仲良くなったことや、剣の稽古をつけて貰ったことなどなど。
時々混じってしまう嗚咽でまともに伝わったのかは分かりませんが、母はただ笑顔で話を聞いてくれました。
全てを話終えると、お母様は口を開きました。
「あなたは……優しくて強い、自慢の娘……だからなにがあっても大丈夫。それにあなたは……一人じゃない……」
「愛していますイブマリー、母はいつまでもお前を……見守って……」
ガクンと母の腕が落ちました。
呼吸はもうしていません。
クレハが横で顔を手で覆いながら泣いているのが見えました。
私は人目を気にせず、母の亡骸を抱き締めたまま、ただひたすらに泣き続けました。