第十一話 首なし戦士の事情
カイウス……ごめん……ごめんなさい。
あぁそんな顔するなよ親友、せっかく魔王討伐の任務を終えて帰る途中じゃないか。
自分の腹の辺りを見ると、深々と剣が刺さっていた。それを確認したとたん鋭い痛みが全身を駆け巡る。
いつもの悪夢で俺、カイウスは飛び起きた。親友ロディアに殺される夢。いつも彼は泣き笑いに似た顔をして俺に剣を突き立てる。
まさか首なし戦士として蘇らされ、魔王の部下になることになるとは当時の俺は思ってもいなかった。首から上がないので顔を洗う必要も歯を磨く必要もないのは楽で良いが、美味しいものを食べれないことは結構辛い。
ちなみにどうやって周りの様子を見ているのかというと……俺にもよく分からない。が、おそらく魔法というやつなのだろう。
「あらおはようカイウス」
今の主の妻であるイブマリーがにこやかに挨拶をする。
この前のシャルロットの一件でますますアルベルトと仲良くなったらしい。夫婦円満なのは良いことだ。
『おはようございます^-^』
喋れない俺は筆談で会話をする。もう慣れたもので目にも止まらぬ早さで筆を操ることができるようになった。
魔王の部下となった俺の仕事は、人間だった頃とさほど変わらない。主を守り、主の為に剣を振る。それだけだ。
ただ今の主に守護が必要だと思えないのだが、生き返らせて貰った恩があるので特に意見はしない。
「あ、そうそうカイウス。お願いがあるんだけど」
『なんでしょう』
「私に剣を教えて欲しいの」
剣を習いたい。そう懇願するイブマリーの瞳は真剣だ。
この箱入りだったお姫様は意外にも努力家で、魔法の腕もメキメキと上達しているらしい。
『しかし……怪我をするかもしれませんよ*_*?』
「構いません、私は強くなりたいのです。皆に守って貰わなくても生きていけるように」
どうもこの手の少女には弱い。俺は渋々それを承諾すると、のびのびと稽古がつけられるように、庭へと移動した。
『まずこの棒切れで俺に一発入れてみて下さい。俺は攻撃をしません、ただかわすだけです』
「分かりました」
木の棒を握り締めたイブマリーがこくりと頷く。
『本気で来て下さい。この課題をクリア出来なければ次の稽古はいけませんよ』
「はい!」
初めの合図と共に、イブマリーが棒を振り下ろす。が、勿論そう簡単には当たりはしない。闇雲に棒を振り回すイブマリーだが、その全てがスローモーションのように見える。
先に力尽きたのはイブマリーの方であった。肩で息をしながらその場に座り込む。
「はぁ、はぁ……全然当たりません……」
『まだまだ、へばるのは早いですよ』
呼吸を整え、再び攻撃を繰り返すイブマリーですが、その太刀筋は鮮明に見えています。
初めて剣技をやる人にしては上出来だと思います。しっかり体重移動も出来ているし、無駄な動きも少ない。女性にしては体力もありそうです。
『……少し休憩にしましょうか』
もう声も出せないイブマリーがこくりと頷きました。
◇◇◇
お茶を飲み、声が出せるようになったイブマリーがううと声をあげます。
「出来る気がしません……」
『一日二日で出来るものではありませんよ。ゆっくり頑張りましょう^-^』
はい、と答えるイブマリー。しばし無言の時間が訪れます。
風が優しく頬を撫で、草を揺らします。すると、不意にイブマリーが口を開きました。
「カイウスはロディア様のこと恨んでいますか?」
返事はノーだ。俺はロディアに殺されたが、あまり彼を恨む気持ちはない。
彼はただ弱いのだ。悪魔のような女二人に唆されて思わず過ちを犯してしまった。
それだけの男だ。
『いいえ、恨んでいません』
「そうなんですね……」
イブマリーの目はどこか寂しげで、それでいて何かを隠しているような色をしていた。
「何かやりたいこととかってありますか? 」
やりたいこと。この女性は不思議な質問をしてくるなぁと思う。
別にロディアたちに復讐したいとも思わないし、王国に戻りたいとも思っていない。でもまぁ強いていうなら。
『首を取り返したいですかね、自分の目で世界を見てみたいし、イブマリーの料理を食べてみたいです』
「首……」
そう呟く彼女は弾かれたように立ち上がった。
「カイウス、一度王国に行きませんか? カイウスの首はおそらく宝物庫におさめられていると思います。しかもそこに立ち入れるのは王族だけなのです」
俺は返事が思い付かなかった。いや、何と言ったら良いか分からなかったというのが正しい。
「もちろんロディア様やミリア様の目につかないようにこっそりとです」
『しかし……危ないのでは?』
「戦おうなんて思ってないです。もし危ないときはすぐに逃げます」
自分の首が戻ってくるかもしれない。微かな希望の光が俺の胸に灯りました。
『そうですね。では俺に一撃を当てられたらその計画、協力します』
俺は卑怯だ。答えは決まっているはずなのにイブマリーに決定権を委ねている。
そんな卑怯な俺にもイブマリーは分かりました。と答えます。
そして木の棒を握り直すと、俺と対峙します。その目には強い意思が宿っていました。
まさに電光石火の一撃。
しなやかで無駄のない動きで彼女の武器は俺の剣を弾き飛ばしていた。
勿論俺が油断していたという理由もある。しかし、今の一撃はただの姫君の太刀筋ではない。
からんと、剣が地面に落ちる乾いた音がした。
「私の勝ちですね」
その妖艶な笑みはまさに魔王の嫁にふさわしい――俺はとんでもない人にお仕えしてる。命がいくつあっても足りないな、と心の中で呟いた。