09
「わふわふ」
フェムが、吠えながら、俺の顔をぺろっぺろとすごい勢いで舐めている。
「わかった。わかったから」
ちょうど、フェムに起こされたところで、
「アルさん、起きてますか?」
ミレットがやってきた。
「起きてるぞー」
「それはよかったです。朝ご飯持ってきました」
「ありがとう、すごく助かる」
ミレットにフェムがじゃれついた。
「わっ! かわいい」
「フェムっていう」
「そうなんだ! 拾ったんですか? コレットに見せてあげたらきっと喜びます」
ミレットはフェムをモフモフする。
「こいつ、こう見えて魔狼王だぞ」
「……え?」
フェムは、姿勢を正して、きちんとお座りした。
『我が魔狼王フェムである』
「わ、わっ! しゃべったー」
ミレットの目が輝いた。
「すごいです」
大喜びである。怯えるかと思っていたのに、杞憂だった。
ありがたく朝食をいただくと、村長に魔狼王の依頼で魔猪を退治しに行くと告げた。
「アルフレッドさん、牡丹肉! 期待してますからね」
村人たちに応援されつつ村を出た。
「どっちだ?」
『こっち』
村を出てしばらくすると、フェムは元の巨大な姿に戻った。
「お前やっぱりでかいな」
そういうとフェムは自慢げに尻尾を振った。
しばらく歩くと、
『足。痛いのか?』
「魔王との戦いでちょっとな」
『そうか』
………………
…………
……
『乗るか?』
「え?」
『……えっと、その。フェムの背中にはそう簡単には乗せないのだがな。こちらが頼んだことでもあることだし……』
なぜかフェムがもじもじしている。
「お、助かる! ありがと!」
俺はフェムの背中に飛び乗った。
『「ひゃん」』
フェムは念話と口で同時に鳴いた。
「どうした?」
『なんでもない』
フェムは速い。距離もそれほど遠くなかった。
『ついたぞ』
「おお、助かった」
あっというまだった。
目の前に小さめの沼が広がっている。猪はいない。
沼の周りに、木も草も碌に生えない荒野が広がっている。おそらく森があったのであろう。枯れた切り株の残骸が散らばっている。
「ここなの?」
『うむ』
「猪いないけど」
『準備はいいか?』
「いいけど」
フェムは大きく息を吸い込むと、
「グアアオオオオオオオオオオォォォォ……」
魔力のこもった咆哮を沼にたたきつける。
「うるせえ!」
『いいから!』
沼の中から猪が浮かんできた。
いや、沼そのものが盛り上がってきたという表現の方が近い。
沼としては小さめだが、猪としては大きすぎる。小山のような猪だ。体重比でいえば、フェムの20倍ぐらいはありそうだ。
「……でかすぎるだろ」
『であろ?』
なぜかフェムは嬉しそうだ。
『フェムが負けても仕方ないとは思わぬか?』
フェムの鼻息が荒い。
「そだね」
「わふう」
上機嫌のフェムとは対照的に魔猪の機嫌は最悪だった。
「ブオオオオオオオオオオオ」
寝ていたところを叩き起こされたのだ。気持ちはわかる。
無駄な殺生はしない主義ではあるが、これはでかすぎる。
周囲の荒野はこいつが食い荒らした結果だろう。放っておけば、森が全滅する。
「ブオオオオオオオオオ」
「くっさ! なにこれ」
『この猪は、ど腐れ猪だからな。吐く息が毒なんだ』
「そういうことは早く言えよ」
魔猪が呼吸するたびに毒がまき散らされる!
「くせえええええ!」
臭いだけじゃない。あまり長い間吸い続けたら死ぬ。
『であろ? であろ?』
「なんで、お前はうれしそうなんだよ!」
こいつは生かしてはおけぬ。
「さっさと片付けるぞ」
ここらはすでに荒れ果てている。多少本気を出しても大丈夫だろう。
俺は魔力を一瞬で、凝縮する。
「くらえ!」
「ブオ……?」
爆裂魔法。
大きな爆発が起こる。魔猪の体がかなりの部分、はじけ飛ぶ。
『すごい!』
フェムが後ろで喜んでいた。
魔猪がゆっくりと倒れていく。
『やったか?』
「そういう不吉なこと言うなよ」
『む?』
一撃で倒せた。周囲に気をつかう必要がないと楽でいい。
「牡丹肉期待してるって言われたけど、こいつ、食えるのかな?」
あれほど毒をばらまいていた猪だ。肉まで毒で汚染されている可能性もある。
『食えるであろ』
「ほんと?」
『たぶん。毒蛇も肉は毒まみれじゃないであろ』
「そういわれたらそうだけど……」
ふと気づいたら、フェムの子分たちが「はあはあ」言いながら、周囲をうろうろしていた。
肉を食べたいのだろう。
フェムも痩せていたが、こいつらもみんな痩せている。
これだけ大きな猪だと、たぶん、肉はおいしくないだろう。でも、貴重な栄養源なのは事実。
一番おいしい部位を普通の豚一頭分ぐらい村へのお土産に切り分ける。
「残りはフェムの好きにしていいぞ」
『ほんとか? ほんとにいいのか?』
「いいぞ」
「わふ」
フェムは嬉しそうに尻尾を振った。
そして、狼のルールに従って、肉を子分たちに分配していく。
魔猪の肉は、フェム達でも、すぐには食べ切れないぐらいの量があった。