最終話 ムルグ村
ひざに矢のイラストレーターTEDDY先生に担当していただいた「神殺しの魔王、最弱種族に転生し史上最強になる」がついに発売開始です。そちらもよろしくお願いたします。
ジスカールが亡くなった後も、モコは寄り添って顔を舐め続けた。
そして、子犬のように泣いた。
俺たちはモコが落ち着くまで、静かにして見守った。
しばらく経つと、モコは泣き止み、ゆっくりと立ち上がる。
「改めて礼を言う。我が主を救ってくれてありがとう」
「気にするな。別れはもういいのか?」
「……うむ。そしてアルラよ。それにユリーナよ。頼みがある」
「なんだ?」
「なんでもいうのだわ」
「アルラ。我が主の遺体を焼却してくれ。そしてユリーナよ。我が主のために祈って欲しい」
「わかった」
「お安いご用なのだわ」
遺体は焼かなければ、悪しき魔導士にゾンビとして悪用される可能性がある。
そうでなくとも、死霊などがとりつくこともあるのだ。
ジスカールは魔人と不死者として三百年苦しんだ。
だから、モコは二度と遺体をもてあそばれないように、俺に焼却して欲しいのだ。
そしてユリーナは聖職者。葬礼を行うにはふさわしい。
俺はモコの願いのとおりジスカールの遺体を魔法で一気に焼却する。
ムルグ村に骨を埋めて欲しいという、ジスカールの希望があるので骨以外を燃やした。
俺が遺体を燃やす間、ユリーナは歌うように祈りを捧げる。
そしてモコは微動だにせずに、燃えていくジスカールの遺体をじっと見つめていた。
すべてが終わると、俺はジスカールの骨を丁寧に布で包み鞄に入れる。
「モコ。ムルグ村に戻ろう。墓を作らねばならない。どこがいいか意見を聞きたい」
「わかったのである。配慮感謝する。帰り道はこっちだ」
モコが案内してくれる。
ジスカールが封じられていた広い部屋のさらに奥には隠された転移魔法陣部屋があった。
壁の少し色が変わった場所にベルダが手のひらを当てると扉が開くようになっていたのだ。
その転移魔法陣を皆で通る。
転移魔法陣はジールの竜舎の魔法陣、つまりダンジョンに入ったときに通った魔法陣につながっていた。
帰り道の転移魔法陣は、一方通行の作りになっているようだ。
「外暗いなぁ。アルラさん。意外と早かったみたいですね」
「そうだな」
転移魔法陣を出ると、外は夜が明ける少し前だった。
昨日の朝にダンジョンに入り、夜に数時間眠りモコやジスカールと戦って出てきた。
丸一日は経っていないようだ。
「がぁ……」
不安そうに俺たちを見るジールを、皆でなで回した。
それから、俺たちはトムの宿屋を経由して、ムルグ村へと戻った。
もちろんモコも一緒だ。
ムルグ村に到着する頃には太陽は昇っていた。
ムルグ村の転移魔法陣を設置してある倉庫から外に出ると、朝の散歩をしていた村長が走ってくる。
「朝帰りですか。最近忙しいみたいですね」
「忙しいのはもう終わりましたよ。それにしても村長は朝早いですね」
「年寄りの朝は早いですから」
そんなことを話していると、ミレットとコレットが衛兵小屋から出てきた。
「おっしゃん! おはよー」
「みなさん、おはようございます。すぐに朝ご飯を作りますね」
「おはよう」
「あれ? かっこいい狼さんいる!」
コレットがモコに気がついた。
せっかくなので、村長とミレットにもモコのことをフェムの祖父と紹介する。
ベルダとエクスのことも紹介しておく。もちろん王族とか侯爵とかは伏せてだ。
ベルダとエクスが村長とミレット、コレットと話している間に、魔狼たちは続々と集まって来た。
魔狼たちにはフェムがモコのことを紹介する。
モコと魔狼たちは互いに匂いを嗅ぎ合っていた。
「そうですか。フェムさんのお爺さまなんですね。よろしくお願いしますね」
「よろしくね、モコちゃん」
「もこもこだー」
村長たちもモコのことを歓迎してくれている。
モコは少し戸惑いながらも、ゆったりと尻尾を揺らした。
「村長、相談があるのですが」
「なんでしょう?」
「実は……」
俺はこれまでの経緯を簡単に説明することにした。
三百年前、村を作った勇者が諸事情により封じられていて解放したので、その遺骨を葬りたいと伝える。
勇者ジスカールが魔人や不死者になったというようなことは言わなかった。
あまりにもショッキングな内容だからだ。
「と、ということは、モコさんは村にまつられている牙の持ち主ということですか?」
「そうなりますね」
俺が村に来たばかりの頃、村の宝として三百年前の魔狼王の牙を見せてもらったことがあった。
「それにしても勇者様が……。勇者様の魂は安らかに天に昇られましたか?」
「安心するのだわ。私が責任を持って天に送ったのだわ」
「ユリーナさんが葬送をとりしきったのなら、安心ですな」
村長はどこかほっとしたように言った。
「ということで、三百年前の勇者さまを葬る許可をいただきたい」
反対はされないと思っていたが、一応許可は取らねばなるまい。
「もちろんです。偉大なる勇者にして村の創始者ですからね。村人総出で墓作りを手伝わせてもらいますよ」
「そうですね。皆が起きてくるまでに、皆さん朝ご飯を食べましょう」
その後、皆でミレットの作ったおいしい朝ご飯を食べた。
モコが食べるのは重湯ではなくお粥である。
モコはお粥をゆっくりと舐めるように食べながら、皆の楽しそうな食事風景を眺めていた。
朝食が終わる頃、モコは小さな声で「皆で食べるのも懐かしいな」とつぶやいた。
俺たちが皿洗いも済ませて、衛兵小屋から出ると、ムルグ村の村人たちが全員集まってきていた。
村長が集めてくれたらしい。
モコやベルダたちに挨拶するために集まってくれたのだ。
簡単にベルダ、エクス、モコを紹介すると、村人たちは歓迎してくれる。
「ムルグ村を作ったお人のお墓と聞いては、手伝わずにはいられないからな」
「うむうむ。で、アルさん、どこにお墓を作るんだ?」
どうやら、村人の中で今日の仕事が休みだった者たちが墓作りを手伝ってくれるらしかった。
そして村長も手伝ってくれるようだ。
「俺は勇者の従者だったモコに、勇者の好きそうな場所を聞こうと思っています」
「ああ、それがいい」
「それにしても立派な魔狼だなぁ。あの村の宝の牙の元の持ち主だって?」
「すげーなぁ」
そんなことをいいながら、村人たちはモコを撫でまくっている。
モコは戸惑いながらも、ゆったりと尻尾を振っていた。
「で、モコ。勇者はどういう場所が好きだったんだ?」
「うむ。小高い場所が好きだったのである。特にあの辺りは村がよく見えるから……」
モコは村の端の方に目を向ける。
「しゃ、しゃべった!」
「三百年前の勇者の従者だった狼ですから、しゃべることもあります」
「そんなもんか。すげえなあ」
ゆっくりと歩くモコに皆でついて行く。
モコは少し足を止めては周囲を見回して、歩いて行く。
俺たちと村人の後ろから数頭の魔狼がついてきてくれていた。
「モコ。懐かしいのか? それとも変わり果てているか?」
「大きく変わっておる。同じ建物は一軒もない」
「がっかりしたか?」
「がっかりしていないぞ。変わってはいるが、とても懐かしくもあるのだ」
「……そうか」
そしてムルグ村の中の小高い場所に到着した。
そこには一本の太くて高い木が生えていた。
「この木は三百年前にもあった。もっと小さかったが」
「そうか」
「我が主は、夏の午前中。春と秋の午後。よくここに座って、木にもたれかかって村を見ていた」
そう言ってモコは木の匂いを嗅ぐ。
「冬は座らずにもたれかかっていた」
「そうか」
「激しい戦闘の日々が終わって、我が主は幸せだったのだと思う。そう儂は信じている」
だが、その日々は長くは続かず、ジスカールはまた戦いの中に身を投じることになったのだ。
それを考えると、平和に過ごせている俺は幸せだと思う。
「モコ。この辺りに墓を作ろうか?」
「うむ。お願いできるだろうか」
「任せておけ」
俺は村人たちと協力してジスカールの墓を作った。
地面をしっかり掘り、石室を作り、魔法で強化して遺骨を納めた。
その上に硬い石を魔法で研いて墓石とする。
「墓碑銘はどうする? 名前を残すなと王には言ったらしいが……」
「我が主は人として死んだのだ。それに……。だから儂は……」
ジスカールは初代国王に魔人で不死者で、大きな罪を犯したから英雄として名前を残すなと伝えた。
だが、ジスカールは人として死んだのだ。
モコの「それに」に続く言葉は、罪は三百年の間に充分償った、だろう。
それには俺も同じ思いだ。懲役刑や禁固刑を三百年務めたようなもの。
その主に付き合ったモコは忠義者だ。
俺がついモコの頭を撫でると、モコは身体をブルブルさせて尻尾を揺らす。
そうしながら、俺は墓碑銘を考える。
「モコ。じゃあ、こういう文面でどうだ?」
「いいと思うのである」
モコの許可をもらったので、墓に魔法で文字を刻む。
【心優しき偉大なる人族の勇者ジスカール、ここに眠る】
そして魔法で墓石も強化しておいた。
「よし、お墓は完成だ」
村人たちやみんなと墓の完成を喜んでいると、ミレットとコレットがモーフィと一緒にやってきた。
モーフィは背中に布に包まれた籠を乗せている。
「寒いでしょう。暖かいミルクとパンを持ってきましたよ」
「おっしゃん! おひるごはんたべよう!」「もっ!」
「そうか、もうそんな時間か。ありがとう」
墓を作っている間にお昼どきになっていた。
冬の寒い中作業していたので、お腹が減る。
「みなさんもどうぞー」
「ありがてえ!」
ミレットに勧められて、皆で暖かいパンとミルクの昼食を摂る。
冬だから家に帰って昼ご飯を食べるべきかもしれない。
だが、ジスカールを葬った今日ぐらいは近くでご飯を食べてもいいだろう。
みんなもそう思ったのか、墓を囲むようにして、立ったままパンを食べてミルクを飲む。
モコもミルクにパンを浸して食べていた。
「ミレットの焼いたパンはうまいな」
「ありがとうございます!」
「今が冬じゃなかったら、ここでピクニックしてもいいんだがな」
「そうですねー。春になったらやりましょう!」
「それはいいな。モコも一緒にやろうな」
「……うむ。ありがとう」
すると村長が言う。
「村の祭りにしてもいいかもしれませんね」
「ああ、それがいい!」
村人たちも賛成する。どうやら、ムルグ村に新しい祭りができそうだ。
俺はパンとミルクを持って、ジスカールの墓の横に立ってムルグ村を眺めた。
少し離れたところでは、ご飯を食べ終わった子魔狼とシギショアラ、チェルノボクとコレットたち村の子どもたちがじゃれ合っていた。
子どもたちは種族を気にせず遊んでいる。
フェムとティミがじゃれ合う子どもたちを近くから見守っていた。
少し目を村の中央へと向けると、六十軒ほどの家が建っている。
十人の村人たちが、家の外で薪割りなどの作業をしていた。
休憩がてら立ち話をしている村人もいる。
冬だからほとんどの村人は家の中で作業したり休憩したりしているのだろう。
村人たちはエルフ、ドワーフ、獣人、人族、魔族など色々だ。
みんな、のんびりと過ごしている。
いくつかの家からは温泉の湯気が上がっていた。
俺は、俺と同様に墓の横から村を眺めていたモコに言う。
「モコ。あとで温泉に入るか」
「……いいのか? 儂は狼だが」
「いつも、フェムも入っているぞ」
「そうか、いいのか」
ムルグ村では誰も種族を気にしない。
魔王でも勇者でも聖女でも竜王でも、死神や破壊神の使徒でも問題ないのだ。
ヴィヴィは魔族だし、ミレットとコレットはエルフで、俺の弟子のステフと村長は獣人だ。
「牛も狼も、竜も、スライムも、いつも一緒に温泉に入っている。モコも気にするな」
「そうか。いい村だな」
「モコの主が作った村だ」
「……うむ」
しばらく遠い目をして村を眺めていたモコが、俺たちに向かって頭を下げた。
「我が主の墓を作ってくれたこと感謝する」
モコは狼だが、人間たちがお礼を言うときに頭を下げることを知っている。
だから、その動作をまねて頭を下げたのだろう。
そんなモコに、村長が言った。
「モコさんはこれからフェムさんの群れと行動を共にされるのですか?」
「王より目上の者が居たらやりにくかろう。儂は遠くに行こうと思っておる」
それはさすがに心配だ。モコは魔天狼で非常に強い。
だが、いまは体調も万全ではないし、何より若くはない。
「モコさん。フェムさんの群れに入らなくても、ムルグ村には居ていいんですよ」
「居候になるわけにはいかぬ。無駄飯ぐらいになるわけにも……」
「ならば、モコさんも、アルさんと同じ衛兵になりませんか?」
「衛兵?」
「はい。報酬は衣食住ですが、村には温泉がありますよ。ね、アルさん」
「そうですね。最近俺はエルケーやチェルの村に顔を出さないといけないことが多くなりましたし。モコが衛兵をしてくれたら安心ですね」
村人たちも是非衛兵になってくれとモコに言う。
「……ありがとう。儂はお言葉に甘えて、衛兵をやらせてもらおうと思う」
「それはよかった」
「じゃあ、今日は歓迎会だな!」
それを聞いてミレットが言う。
「歓迎会は一番大きな衛兵小屋でやりましょう!」
「それがいい! 後で酒と料理を持って行くぞ」
「私も料理つくっちゃいますね!」
「わらわも手伝うのじゃ!」
そんなことを村人たちは楽しそうに話しながら、村の中心部へと歩き始めた。
ベルダやエクスもそれについて行く。どうやら歓迎会にはベルダとエクスも参加してくれるようだ。
「さて、モコ。俺たちも歓迎会の前に温泉で汚れを落とそうか」
そして俺たちは衛兵小屋に向かって歩き出した。
おいて行かれると思ったのか、慌てたようにして、シギが飛んでくる。
子どもたちや子魔狼、モーフィやチェルノボクも一緒に走ってきた。
「遊んでいてもいいんだよ」
「りゃあ」
「そうか。ところでモコ。好きな食べ物や嫌いな食べ物はあるか?」
「嫌いな食べ物はない。好きな食べ物か。先ほど食べたパンが旨かった」
「ミレットのパンうまいよな」
「うむ」
「これっともすき!」
見上げると、雲一つない空が広がっていた。
「天気いいですね! アルさん」
「今日は冷えるわね。温泉入った後、湯冷めしないようにしないと」
「クルス。冷えるらしいのだわ。一緒に寝ることにしましょう」
クルスたちも、ムルグ村ではいつも楽しそうだ。
「本当にいい村だな」
「うむ」
そう返事をしたモコは、どこか嬉しそうで自慢げだった。
これにて、アルフレッド・リントの物語はひとまず終わりです。長い間ありがとうございました。
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目立ちたくないけど、最強で魔法の研究が大好きな魔導師が、ひきこもるために頑張るお話です。
どうかよろしくおねがいたします。