359 エルケーの物流の仕組み
前話のあらすじ:ちゃんとした職人もいた。
3巻が2019年2月に発売決定です。
同時に「ここは俺に任せて~」の1巻も発売されます。
トムやケィ、シギショアラやフェム、モーフィはお菓子を美味しそうに食べている。
歩きながら食べるのは行儀が悪い。だが、まあいいだろう。
クルスはぱっぱと食べ終わって、周囲をぶらぶら歩いている。
獅子の仮面をかぶっているせいで、少し怯えられているようだ。
「モーフィちゃん、フェムちゃん、おいしいね!」
「もっも」
「わふう」
ケィはモーフィに乗ってそんなことを言う。
フェムはケィとトムの匂いを嗅いでいた。
俺たちがそんなことをしている間も、ミリアは真剣な表情で店を見て回っていた。
そして、薪を売っている露店の店主に話かける。
「今日、エルケーに来たばかりなのですが、思ったより品ぞろえはいいみたいですね」
「あぁ?」
チンピラめいた店主はミリアを睨みつけた。
ミリアは全く動じない。
「これって、仕入れはどこからなされているんですか?」
「てめえに関係ねーだろうが!」
店主がミリアの首元をつかんで、引き付けようとした瞬間、
「そんなこと言わないで、教えてくれよ」
俺は前に出て、ミリアの横に立つ。
「ひっ」
店主は慌てて、ミリアから手を離した。
「えっと、こいつ、いえ、このお方は旦那のお連れさまで?」
「そうだ。何か文句があるのか?」
「め、滅相もないことです」
ダミアンをつぶしたことが噂になっているのかもしれない。
それともチンピラに因縁をつけられるたびに返り討ちにしたせいだろうか。
店主は揉み手をしながら言う。
「こ、これは……、知らぬこととはいえ、だ、旦那のお連れさまに大変失礼なことを……」
「これからは本当に気を付けたほうがいい。世の中には凶暴な奴もいるからな」
「へ、へい。肝に銘じます」
改めて、俺は言う。
「で、ミリアが、どこから薪を仕入れているのか教えて欲しいそうだが……」
「は、はい! 何でも聞いてください!」
それから店主は素直に話してくれた。
これまでは商人から仕入れていたらしい。
その商人というのは、自称魔王に上納金を大量に払った御用商人だ。
「その御用商人って奴だけが、独占的にエルケーに物資を持ち込むことが出来ることになっておりまして……」
「あー、それでこんなに高いんだな」
「まあ、そうなります。どうかお許しください」
店主は冷汗を流しながら、頭を下げる。
独占状態だった以上、自称魔王の御用商人の下請けをやっていたようなもの。
だから、仕入れ元を言いたくなくて、ミリアを脅そうとしたに違いない。
そこら辺を歩き回っていたクルスがやってきて言う。
「その御用商人ってどこにいるの?」
急にやってきたクルスに一瞬怪訝そうな顔をした。
こいつは一体誰だろう。そう考えているに違いない。
獅子の仮面をかぶっているのだ。怪しむのが普通である。
店主は獅子仮面クルスを見てから、一瞬だけ俺の表情をうかがうように見た。
そして、俺の連れだと判断したのだろう。素直に話を始める。
「定期的に運んでくることになっているので……。エルケーにいつもいるわけではないんです」
「次来るのはいつ?」
「予定では明日になります」
「そっかー」
俺は細かく御用商人のシステムについて聞いた。
エルケーに商品を卸しに来た商人は、御用商人以外、みな大変な目にあったらしい。
「大変な目って、死んだりとか?」
「意外に思われるかもしれませんが、死者はほとんどいないんですよ」
店主が言うには、商人は決まってエルケーの街の近くで魔物に襲われるのだそうだ。
そして、一生懸命運んできた積み荷を全て奪われる。
商人自体はさほど大きな怪我をしないらしい。
クルスが尋ねる。
「護衛はいなかったの?」
「もちろん、おりましたとも。商人の護衛の方々は大半が命を落としました。それでも全滅しないことが多かったみたいですね」
意図が明白だ。魔獣のゾンビを使ってやっていたと考えていいだろう。
「エルケーが物騒だと広めるためなのだわ」
ユリーナがうんうんとうなずきながら言った。
命の助かった商人はエルケーで、その恐怖と被害を語る。
そして、自分の街に帰って、再びその恐怖と被害を語る。
それが一人なら、運の悪い商人ということになるだろう。
だが、それが繰り返されれば、エルケーは危険すぎて商売にならない。
そう判断されるようになる。
「護衛になろうってやつもいなくなるだろうし、益々御用商人ってのが独占できるようになるんだな」
「はい。だから……その……。ここで商売をするには御用商人から商品を卸してもらうしかなかったんです」
事情は分かる。
チンピラめいた店主にも生活があるのだ。
「で、なんでこんなに高いんだ?」
「それは仕入れ値が高くて……」
「具体的にはいくらだ?」
「はい」
店主の教えてくれた仕入れ値は王都の小売価格の三倍ぐらいだった。
それを聞いていたユリーナがぼそっと俺の耳元で言う。
「普通に王都の小売の店で買ってきて、売るだけで儲かりそうなのだわ」
「たしかにな」
「どうして、お父さまは渋ったのかしら」
「悪評を聞いていたからってのもあるんじゃないか?」
リンミア商会の会長ともなれば、当然エルケーの状況も知っているだろう。
リスクが高く、儲けが少ないというのもわかっているはずだ。
「じゃあ、お父さまに私たちがもっと状況を丁寧に説明していれば……」
「それは難しいかもな」
最大の問題はエルケーの街に商品を運ぶ際、護衛が見つからないということだ。
護衛の死亡率が異常に高い。命がけのクエストとみなされる。
引き受けてもらうには、法外に高額な報酬を用意しなければならない。
その値段を商品に転嫁すれば、商品も法外な値段になる。
「でも、お父さまだって、転移魔法陣の存在を知っているのだわ……」
「転移魔法陣を使って商品を運ぶだけなら、俺たちにもできるからな。それに転移魔法陣の存在は一応機密だ」
「なるほど。それはそうかもしれないのだわ」
ユリーナは納得したようだった。
自称魔王の御用商人から仕入れなければいけないようです。