357 クルス、エルケーに行く
前話のあらすじ:商人ミリアと一緒にエルケーの市場調査をすることになった。
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「では、エルケーに行きましょう!」
クルスが張り切っている。
慌てた様子でユリーナが言った。
「ちょっと待つのだわ。クルスが魔王領に行くのはまずいって話だったのだわ」
「えー」
クルスは不満げに頬をふくらませる。
勇者であるクルスは非常に政治的な存在なのだ。
旧魔王領に入れば、それだけで騒ぎになりかねない。
「でもー、もうこれ以上騒ぎになりようがないと思うんだよー」
「まあ、確かにな」
「アルさんもこう言ってるしー」
勇者が旧魔王領に足を踏み入れないほうがいいというのは平時の話。
安定している旧魔王領を刺激するべきではないということにつきる。
だが、現状では魔王を名乗る者が旧魔王城の城下町を実効支配していたのだ。
そして王が遣わした代官はゾンビになっていた。
いまさら勇者が出向いたところで、これ以上不安定になりようがない。
「むしろ、勇者が出向いたことで、エルケーの住民は安心しそうな気もするが」
「確かに、それはそうかもしれないのだわ」
「もぅ」
ユリーナは少し考える。
その横でモーフィも真面目な顔で小首をかしげていた。
「でも、勇者が現れたとなれば、どうやって移動したんだってことになると思うのだわ」
ユリーナが懸念しているのは、転移魔法陣が王国中枢に知られることだろう。
転移魔法陣自体は隠された技術ではないが簡単に作れるというのは隠すべきことだ。
ばれても大きな問題にはならないが、利用させてくれと言われる可能性が高い。
そして、どうやって作ったんだとかそういう話にもなるかもしれない。
転移魔法陣を簡単に作れるとなると、軍事利用されかねない。
俺は少し考えて、提案する。
「クルスは獅子の仮面をかぶっておけばいいんじゃないか?」
「それでいきましょう!」
「まあ、それでいいかもしれないのだわ」
そういう話になった。
そして、俺たちはエルケーに向かう。
トムの宿屋につくと、ケィが気付いて走ってきた。
「おっしゃん、おかえり!」
「ケィ、ご飯食べたか?」
「食べたよ! ステフねーちゃんが作ってくれたの」
「それは良かった」
ステフがトムたちの料理を作ってくれているらしい。
ケィは俺の後ろを見て、目を見開いた。
「なんか、かっこいいひとがいるー」
「かっこいいクルスです」
「すごい。獅子がしゃべったー」
ケィは大喜びで、クルスをべたべた触る。
クルスも嬉しそうにケィを抱きかかえてたかいたかいをしている。
すると、ステフが駆け寄ってきた。
「師匠、おつかれさまなのです」
「ステフ、おつかれさま。魔法練習の時間はちゃんと取れてるか?」
ステフは魔法の上達を目指す俺の弟子だ。
練習時間がないとかわいそうだ。
「もちろんなのです。ムルグ村にいたときよりも、練習に精が出るのですよ」
「魔法陣のことでわからないことがあったら、いつでも聞くとよいのじゃ」
「ヴィヴィさん、ありがとうなのです」
すると、クルスから離れたケィがヴィヴィにギュッと抱き着いた。
ケィはヴィヴィに懐いているようだ。
「ケィどうしたのじゃ?」
「あのね、ケィも、ステフねーちゃんと一緒にまほーのれんしゅうしてるのー」
ケィがそういうと、申し訳なさそうにステフが頭を下げた。
「勝手に申し訳ないのです。私は修行中の身なのです。
……けして人に教えられるような魔導士ではないのはわかっているのです」
「いや、申し訳ないことはない。ステフは立派な魔導士だ。基礎を教えるぐらい、いいじゃないか?」
「師匠がそうおっしゃってくださるなら……」
ステフは少なくとも冒険者魔導士としてはかなりの水準だ。
魔導士ギルドでもかなりの上位なのは間違いない。
そんなステフに俺は言う。
「もう、安全度は高くなったと思うし、ステフも冒険に出てもいいと思うぞ」
「うーん。それはそうかもなのですが……」
「いざとなれば、トムたちも魔法陣部屋に逃げ込めばいいしな」
宿屋の掃除をしていた、トムが言う。
「もともと俺とケィでやっていけてたんだし、ステフねーちゃんがやりたいことがあれば、やればいいと思う」
ステフはしばらく考える。
「でも、まだ不安は残るのです。ダミアンも……いまは大人しいですが……」
「気持ちはありがたいが……。ただ遠慮はしなくていいからな」
「はい。遠慮していないのです。師匠、安心してほしいのですよ」
そんなことを話していると、ケィがミリアに興味を示した。
ヴィヴィにしがみついたまま、ミリアをみて首をかしげる。
「おねえちゃん、だあれ?」
「ミリアと言います。よろしくお願いいたします」
ミリアは丁寧にケィに向かって頭を下げる。
「ミリアは私のお姉さんみたいなものなのだわ」
「へー、ユリーナおねえちゃんの、おねえちゃんなんだー」
ケィはユリーナの説明で安心したようだ。
ヴィヴィから離れて、ミリアに近づき手を取った。
「俺はトム、この宿屋の主人なんだ。こっちは妹のケィ!」
「えへへ、よろしくね」
「子供なのにご立派です!」
ミリアがそういうとトムは照れていた。
「私はアル師匠の弟子のステフなのです!」
ステフがミリアに挨拶していると、トムがおずおずといった感じで俺を見る。
「あ、あの……、そのかっこいい人は?」
トムはクルスのことが気になってしょうがないようだ。
「ぼくは、かっこいいクルスだよ!」
「かっこいいクルスさん、よろしくです」
「すごくかっこいい!」
トムが感動した様子でクルスに握手してもらっている。
ケィは嬉しそうに、クルスに抱きついていた。
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