355 エルケーはあまり儲からない
前話のあらすじ:エルケーに物を売るためにユリーナのお父さんに頼むことにした。
2巻がGAノベルから発売中です。
ユリーナのご両親は忙しいはずだ。
回りくどい前置きなどは省略して単刀直入に切り出すことにする。
「魔王城の城下町であったエルケーの街の物流に関してです」
「詳しくお聞かせください」
俺とユリーナはエルケーの状況を説明する。
俺たちの話を聞き終わったユリーナの父は、
「なるほど……」
一言つぶやいて、考え込んだ。
「お父さま。気が進まないのかしら?」
「そういうわけではない。ただ、エルケーの街がどのくらいの商機になるか考えていただけだ」
俺たちが魔王を討伐してから数か月たった。
やり手であるユリーナの父がエルケーの街について考えてないわけがない。
「エルケーの街での商売はあまり利益を生みそうもないとお考えですか?」
「その通り、まさに婿どのがおっしゃっる通りです」
リンミア商会は慈善事業で動いているわけではない。
商会の従業員もたくさんいる。
彼らの生活を守るためにも、儲けが見込めないと二の足を踏むのは当然だ。
「新しい市場なのだわ。いくらでも商機なんて転がっていると思うのだけど」
「それはそうだが……」
それからユリーナ父は丁寧に説明してくれた。
「まだまだ人口が少ないのです。それに産業が貧弱です。農地とするには土地が痩せすぎています」
その上、今まで代官が機能していなかったので、治安も悪い。
冒険者ギルドも立て直しの最中だ。そして新しい代官の就任は、まだ先だ。
ユリーナの父の気が進まないのも当然だ。
「なるほど……。それでは当面は私の私財で賄いましょう」
「私財で、ですか? 婿どのが裕福なのは存じていますが……」
さほど大きな街ではないとはいえ、街なのだ。
一人の私財ではどうにもならない。そう考えているのだろう。
その考えは正しいと言わざるを得ない。
「エルケーの街では冬だというのに、燃料も不足しているようです。さほど余裕があるとは思えません。しばらく持ちこたえられればいいと思いますし……」
「うーん、そうですね……」
ユリーナ父が考えていると、クルスが口を開いた。
「それなら伯爵家がお金を出すので、人だけ貸してください」
「人だけですか?」
「採算とれるようにする方法はあると思いますから。ですよね、アルさん」
「……確実ではありませんけど」
強力な魔物がいるということは、戦利品などで儲かる可能性が高い。
だから冒険者が集まりやすい。
それに、土地がやせているのは、魔鉱石が多く含まれているからだ。
ヴィヴィの魔法陣を使えば、魔石として抽出できる。
とはいえ、冒険者に関しては不確かだ。
これまでのエルケーの評判が悪すぎる。
依頼料に高税がかけられ、逆らった冒険者は殺されていた街だ。
いくら改善されたと言われても、気が進まない冒険者がほとんどだろう。
魔石に関しては、大量に製造できるようになったとなれば錬金術士が困ってしまう。
リンミア商会を使って大々的にやらないほうがいい。
「どういう方法を考えておられるのですか?」
採算が取れるかもしれないという言葉にユリーナ父は反応した。
俺は冒険者についてだけ説明しておいた。
付け加えるようにクルスは言う。
「それに、王の直轄領なので、恩も売れますし」
「……なるほど」
その後、交渉の結果、店員を一人貸してもらえることになった。
給料はリンミア商会が持ってくれるらしい。
とてもありがたいことだ。
「ふさわしい者がいるのですぐに、連れてまいりましょう」
そういってユリーナの父が連れてきたのは、一人の女性だった。
魔族のようだ。少し短めの角が生えている。
「ミリアと申します。勇者伯閣下の事業に参加させていただけるとのこと。とても光栄です。どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、ミリア。お久しぶりなのだわ」
「お久しぶりです、お嬢さま」
「いつものようにユリーナと呼んでほしいのだわ」
「で、ですが……」
「クルスもアルも、他人ではないのだわ」
俺たちの前だから、あえてユリーナをお嬢さまと呼んだらしい。
「アルフレッドさんは、ユリーナの婿どのだからな」
「そ、そうだったのですね! おめでとうございます」
「あ、ありがとうなのだわ」
ユリーナも父の前で、偽装だとは言えないのだろう。困っている。
ユリーナの父はそれに気づかず、機嫌よく言う。
「ミリアは魔族ということでエルケーでも馴染みやすいでしょう」
「お役に立てるよう、微力を尽くさせていただきます」
どうやら、ミリアはリンミア母の友人の子ということだ。
流行り病で父母が亡くなり、それからはリンミア家の猶子となった。
猶子とは基本的には家督や財産を相続しない養子のようなものだ。
後見人的な意味合いも強い。
ミリアは成長してからはリンミア商会で働いている。
「ミリアが来てくれるなら安心なのだわ!」
ユリーナもミリアのことは信用しているようだ。
ミリアはユリーナの姉のようなものです。