353 シギのスプーンと代官のこと
前話のあらすじ:おっさんは獣たちと温泉に入った。
2巻がGAノベルから発売中です。
俺と獣たちがお風呂から上がると、クルスたちは帰宅していた。
ルカ、ユリーナ、ティミショアラにヴァリミエもいる。
湯上りの俺を見て、クルスが頬を膨らませた。
「あ、アルさん、一人で先に入っちゃったんですね」
「一人じゃないぞ。フェムとかシギとかと一緒だ」
「むー。ぼくも一緒に入りたかったなー」
「はいはい、また今度な」
クルスの冗談を軽く流して、みんなで夕食だ。
牛の乳とチーズを沢山使ったシチューとパンと焼いた肉だ。
「ミレットの作ってくれるご飯は相変わらずうまいな」
「褒めても何も出ませんよ」
そういいながら、ミレットは耳の先を赤くする。
照れているのだろう。
「りゃあ!」
シギショアラも美味しそうにシチューを食べている。
最近はスプーンを使って自分で食べるようになった。
両手で、スプーンをつかんで、一生懸命食べている姿は可愛らしい。
ヴィヴィの作ってくれたよだれ掛けも似合っている。
だが、シギは体が小さいので、スプーンが大きすぎる気がする。
「ほら、こぼしているぞ」
俺はシギがこぼしたシチューを拭いてやる。
「りゃあ」
スプーンが大きすぎるので、食べるのが大変そうだ。
だから俺が食べさせてやろうとすると、「りゃっ!」と言って嫌がるのだ。
自分で食べたいのだろう。
「シギの体の大きさにあったスプーンを手に入れるべきだろうか」
「シギショアラ。かわいい」
ティミがうっとりとシギの揺れる尻尾を眺めている。
シギがスプーンを一生懸命動かすと、尻尾が揺れるのだ。
クルスがシギを見ながら言う。
「うーん。でも、シギちゃんいっぱい食べるから、小さすぎるんじゃないですか?」
クルスの発言には省略が多いのでよくわかりにくいときがある。
シギの体に合わせてスプーンを作ると、とても小さいものになる。
それだと、シギはいっぱい食べるので逆に使いにくい。
そう言いたいのだろう。
「たしかに。シギの体に合わせると……小さすぎるかもな」
シギの体の大きさは小型犬程度だ。
そのシギに合わせると、俺の小指の先ぐらいのスプーンになってしまう。
「薬さじみたいな大きさのスプーンだと、いつまでたっても食事が終わらないのじゃ」
「それは、かわいそうね」
ヴィヴィの意見にルカも同意する。
シギは体の大きさの割にたくさん食べる。
大体、一回の食事の量はコレットと同じぐらいだ。
「この小さな体のどこに入っているのかしら」
ルカはそういって、食事中のシギの頭を優しく撫でた。
シギは気にする様子もなくはぐはぐ食べている。
「古代竜だからいっぱい食べるのは当たり前なのだわ」
ユリーナはシギを優しい目で見つめている。
「ティミ、シギが使いやすいスプーンってどんなのかな?」
「むむう。難しい問題だな」
「古代竜は雛のあいだ、どんなスプーンを使っているんだ?」
「そもそも、雛の間はスプーンは使わないのだ」
「そうか」
人に育てられているからスプーンを使いだしたのかもしれない。
俺は少し考える。
「柄は短くて細い方がいいよな。シギは今両手で使っているし」
「だが、すくう部分はそれなりの大きさは欲しいのである」
「こんど王都に行ったときにでも、探してみるかな」
「りゃあ」
シギの機嫌はいい。
パンを食べて、肉も食べていた。
食事の後、俺が後片付けを済ませると、みんな居間に集まった。
冬なので暖炉の前が人気である。
「フェムもモーフィも毛皮を焦がすなよ」
『大丈夫なのだ』
「もっ」
フェムとモーフィの暖炉との距離が心配だった。
近すぎる気がするのだ。
フェムもモーフィも火炎魔法でも容易には傷つかない。
さほど心配する必要はないのかもしれない。
俺は椅子に座って、クルスたちに尋ねる。
「エルケーの問題はどうなった?」
「無事、新しい代官も決まりましたよー」
クルスは笑顔で机の上のチェルノボクを撫でている。
そして、ルカは机の上のシギを撫でていた。
「りゃっりゃ」
シギは仰向けになって、お腹を撫でられながら、手足をパタパタさせている。
気持ちよさそうだ。
「王宮も今回は気合が入っているわ」
「そうなのか。いや、あれだけのことがあったんだ。気合を入れてもらわないと困るな」
「そうね。新しい代官は王族よ」
「それは少し意外だな」
代官、それも国王直轄領であるエルケーの代官は王の代理人でもある。
王族が任命されてもおかしくはない。
とはいえ、ゾンビにされた代官の後釜に王族とは思い切ったものだ。
「王族にもいろいろあるのじゃ。どの程度の王族なのじゃ?」
ヴィヴィの疑問も当然だ。
王族といっても、王の又従兄弟とか、又甥とかになると遠い。
三代前の王の傍系のひ孫みたいな、次代は確実に臣籍に降下するような王族もいる。
「王の姉の子よ」
「それは結構王族の中でも大物だな」
王位の継承順位も一桁ぐらいに違いない。
問題は、どのような人物かだ。
「評判はどうなんだ?」
「結構評判はいいのだわ」
新しい代官は、騎士でもあるという。
王族の身分を隠して、騎士見習いになりしっかり下積みからしたらしい。
そして、いまは騎士団の副団長にまで昇進したということだ。
「王の信頼も篤いのだわ」
「ほう。ということは剣の腕は相当なものか」
「そうね。恐らくそう考えていいと思う」
「それに、教会にも寄付とかしてくれるから、民衆にも人気はあるのだわ」
「それなら、安心だな」
きっと、立派な代官に恵まれて、エルケーは落ち着くに違いない。
俺は少し安心した。
王宮もすこし本気で対策するようです。