349 エルケーの街を散歩しよう
前話のあらすじ:エルケーの街は正常な方向に向かうでしょう。
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エルケーの街は旧魔王城の城下町だ。
他の街より魔族が多い。王都から遠いので、物価も比較的高めである。
俺はその街を、ヴィヴィ、ステフ、フェム、トム、ケィと一緒に歩いていた。
もちろん、いつものように懐にはシギショアラが入っている。
フェムの背に乗って、ケィは嬉しそうにはしゃぐ。
「フェムちゃん、あっちに面白い形の像があるんだよー」
「わふぅ」
ケィは親を亡くした魔族の幼女だ。
兄のトムはまだ子供なのに、親の遺した建物で宿屋を経営している。
「フェムちゃん、面白い像見にいこ!」
「わふわふ」
フェムは基本的に子供が好きなようだ。
ケィが背に乗っているからか、機嫌がよい。
「ケィ。ご飯を買いに行くんだから、寄り道したらだめだよ」
兄のトムが、ケィをたしなめた。
子供なのにしっかりしている。
トムも十歳になっているかどうかの子供である。
「にいちゃ、ごめんなさい」
「わふぅ」
ケィがしょんぼりする。
俺はケィの頭を撫でた。
「いや、時間に余裕もあるし、その面白い像を見にいこう」
「いいの?」
「いいぞ」
「わーい」
ケィは嬉しそうだ。
だが、トムはうかがうようにこっちを見る。
「アルさん。迷惑じゃないかい?」
「まだ土地勘がないからな。色々見て回りたい」
「そうじゃぞ。子供は遠慮するでないのじゃ」
ヴィヴィがお姉さん風を吹かせていた。
そして、俺たちは面白い像とやらを見に行くことにした。
俺の真の目的は、像ではない。
トムとケィが、俺たちと同行し、フェムもついていると皆に見せるためだ。
俺たちと一緒にいるところを見れば、チンピラも手を出しにくかろう。
「うーん。一日経っただけだが、雰囲気がよくなった気がする」
「そうかや?」
ヴィヴィは首をかしげる。
自称魔王と魔人を退治してから一日しかたっていない。
自称魔王たちはエルケーの街を恐怖で実効支配していた。
そして、エルケーの街の代官はゾンビにされていた。
新たな代官が派遣されるまで、まだ数週間はかかるだろう。
「まだ油断は出来ないのじゃ。チンピラが山ほどいるのじゃ!」
「確かにな。お話し合いしたのはダミアンだけだからな」
ダミアンはネグリ一家という王都の悪党組織の幹部だ。
自称魔王に従い、精霊石や違法なものの売買に手を出した。
そして、トムを騙して借金を背負わせたのだ。
ダミアンには俺が直接お話し合いをした。結果、悪事は控えると言っていた。
信用は出来ないが、しばらく大人しくはなるだろう。
「あ、おっしゃん、面白い像みえたよ!」
ケィも俺のことをおっしゃんと呼んでくれるようになった。
少し嬉しい。
「お、あれか……。なんだこれ」
「ねー。おもしろいでしょー?」
よくわからない謎の像だった。高さは人の身長ぐらいある。
金属で作られているようだが、人でも動物でもない。
ぐにゃぐにゃした、三角錐。
あえていうならば、針葉樹の様だった。
「魔族の芸術かな? 審美眼が違うのかもしれないな」
「いやー、わらわにも良さはわからぬのじゃ」
「えー、かっこいいよー」
ヴィヴィにはわからない良さが、ケィにはわかるらしい。
「俺もわかんない」
トムはわからない派のようだった。
それから俺たちは、本来の目的である食料を買いに行く。
寄り道しながら、歩いて行った。
通りの角を曲がったところで、ダミアンと鉢合わせた。
「あっ」
ダミアンは俺に気づいて、びくりとする。
トムは怯えた様子で、俺の後ろに隠れた。
ケィはダミアンが誰かもよくわかっていなさそうだ。
フェムに乗ったまま、首をかしげていた。
「よう、ダミアン。奇遇だな。元気にしているか?」
「へ、へい。おかげさまで」
「また、悪いことしてるんじゃないだろうな」
「め、滅相もないことで」
「まあ、信用はしないが……」
「こ、こいつは手厳しい」
ダミアンは冷汗を流している。
「昨日、竜が言っていただろう? 魔王を僭称していた奴は粛清しておいた」
「え? あれも、旦那が?」
「まあ、そうだ。あの竜もお友達だ」
「さ、さすがでございますね」
「これからは自称魔王の庇護は無くなったと思え。悪いことをしたら容赦なく罰せられるからな」
代官が赴任していないことを言う必要はないだろう。
「へい、もう、俺は悪事とは縁を切ろうと思っていますから」
「ネグリ一家は? そう簡単にやめられないだろう?」
「ネグリ一家より、恐ろしいものがありますから」
「なるほどなぁ」
しばらく話した後、ダミアンは去っていった。
ダミアンの腰は低かった。
「トムの坊ちゃん、これで失礼させていただきます」
トムにまでそんなことを言っていた。
「アルさん、すごいな! あのダミアンがぺこぺこしていたぞ」
「おじさんは、ああいうやつとの話し合いが得意だからな」
俺は去っていくダミアンの背を見ながら、ふと思う。
「王都のネグリ一家が気になるな」
「クルスが見張っていたのじゃ。大丈夫だと思うのじゃ」
「それはそうだが、今はクルスは手続きとかで忙しいしな」
司法省にゾンビと化した代官や自称魔王、魔人などを運んだ。
それにともなって、色々手続きがある。事情も話さなければならない。
だからクルスは今忙しい。
王都のネグリ一家を見張っているものは今はいない。
「ちょっと見に行くか」
俺は王都に行ってネグリ一家の様子をうかがうことにした。
アルさんは少し心配なようです。