346 エルケーの代官
前話のあらすじ:代官は既にゾンビにされている模様だった。
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ヴィヴィたちが転移魔法陣を設置して戻ってくるまでしばらくかかる。
それまで待機するしかない。
レアは兄であるレオと、これまでのことを話し合っている。
自称魔王はガタガタ震え、俺はユリーナと雑談しながら待った。
「代官はゾンビだったか」
「これはちょっと、あれなのだわ」
「あれというと?」
「なんというか、政治的な問題になるのだわ」
確かにその通りだ。
代官の場合、ゾンビとはいえ、いつものように討伐するわけにはいかない。
「生け捕りにして、王都に運ぶか……」
転移魔法陣のことを王都中枢に知られても面倒である。
ティミショアラに運んでもらったことにした方がいいだろう。
「こういうことは、クルスに頼みたいけど……。ここは旧魔王領なのだわ」
「勝手にクルスが旧魔王領に入ったとなったら、クルスが怒られそうだからな」
問題が起こらないように、クルスは来ていないのに、怒られたらかわいそうだ。
いつものように、クルスが勇者的勘で事件に気づき解決したという設定は使えない。
「ルカが大活躍したことにするしかないか」
「別にアルが大活躍したことにしてもいいのだわ」
「それは……うーん」
とても面倒である。
だが、若い者に面倒を押し付けるのもあまりよくない。
「まあ、そこらへんはルカがうまいこと説明するだろう」
「そうね! そうなのだわ」
それから数時間かけて、箱を自称魔王を入れられるよう細工する。
箱の細工が終わった頃、ヴィヴィとティミショアラがやってきた。
「ここが魔王城であるのだな。シギショアラ、元気にしておったか」
「りゃっりゃ!」
シギも叔母を見て大喜びだ。
ヴィヴィが言うには、トムの宿屋に無事魔法陣を設置できたのだという。
クルスは王都のクルスの屋敷で待機中らしい。
「とりあえず、魔人と自称魔王を運ぶか」
「や、やめろやめてくれぇ」
わめく自称魔王を箱に放り込む。
箱は加工済みなので、死ぬことはないはずだ。
多少痛い程度だろう。
箱に入れた後、魔法をかけて、外の音も景色もわからないようにする。
上下左右、回転等の方向感覚もぐにゃぐにゃにしておく。
そうしておいて、箱をもってトムの宿屋に向かう。
そこからムルグ村を経由して王都に移動した。
王都ではクルスが待っていてくれた。
クルスにはルカが事情を説明してくれていたらしい。
「アルさん、これが魔人と自称魔王の箱ですかー」
「そうだ。これから代官だったゾンビを運んでくるから、待っていてくれ」
「了解です」
そして、俺はルカとユリーナと一緒にエルケー代官の館に移動する。
一応ティミはトムの宿屋で待機だ。
代官の館に入ろうとしたら、衛兵に止められた。
「子爵ルカ・ラーンカヴです。代官閣下に用があり参りました」
「閣下はお忙しい。立ち去るがよい」
貴族が訪れたというのに、応対がおかしい。
断わらずに、もっと丁寧に応対するのが普通だ。
「そうおっしゃらずにお取次ぎを」
「閣下はお忙しい。立ち去るがよい」
同じ言葉を繰り返している。
「これは催眠だな」
「そうね、アルお願い」
衛兵は会話しないといけない。だからゾンビではなかったようだ。
不幸中の幸いと言えるだろう。
俺は衛兵を気絶させて、中に入る。
使用人はいる。が、俺たちに全く興味を示さない。
おそらく全員ゾンビだろう。
奥に入って行くと、代官執務室の入り口が見えた。
すると、男が走ってきて立ちふさがった。書記官だろう。
「貴様たちは何者だ! 衛兵はなにをやっている!」
「子爵ルカ・ラーンカヴです。代官にお会いしに来ました」
「代官閣下は御病気だ。私が代わりに……」
「失礼」
おそらく男は自称魔王の配下だろう。
ルカは男を押しのけて、代官執務室の中に入る。
すると、強烈な腐臭が漂ってきた。
黙々と書類にサインし判を押しつづける代官がいた。
「なんということだ」
「だれか! こいつらをとらえろ!」
男は叫ぶが、ゾンビは動かない。
ルカがあっという間に男を組み伏せる。
「ゾンビに口頭で命令したいなら、それなりの準備が必要なの。知らなかった?」
ユリーナは代官に近づく。その耳元でささやいた。
「聖女ユリーナ・リンミアです。もう少しお待ちください。すぐに解放して差し上げるのだわ」
すると、サインをし続ける代官の腐った眼球から汁が流れた。
それは、まるで涙の様だった。
男を捕縛し気絶させ、そして代官とともに王都に運ぶ。
もちろん、その前に代官の館にいたゾンビも全て倒してある。
クルスに代官たちを引き渡す。
「アルさん。お疲れ様です。あとは任せてください! あ、これありがとうございました」
クルスが狼の被り物を返してくれた。
「司法省に行ってきますね。モーフィ手伝って!」
「もっも!」
クルスは、モーフィに箱を乗せ、ルカとユリーナとともに司法省に向かった。
旧魔王領の代官、つまり王の代理人がゾンビになっていたのだ。
司法省や、内務省だけでなく、さまざまな機関を巻き込んで大騒ぎになるのだろう。
俺も手伝うことがあれば、手伝おうと思う。
クルスの屋敷には、メイドさんに可愛がられているフェムがいた。
「フェム、久しぶりな気がするな」
「わふ」
「フェムがいないと、やっぱり色々困るな」
「わふぅ!」
フェムは尻尾を勢いよく振った。
司法省が動いてくれるので大丈夫でしょう。