337 ギルドマスターの苦悩
前話のあらすじ:冒険者の依頼料にかかる税金がすごく高い。
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エルケーのギルドマスターは諦めたような顔をしていた。
それを見て、ルカはため息をつく。
「気持ちはわかるけど、しっかりしなさい」
「そうは言うがな、お嬢ちゃん」
「所属している冒険者は何人ぐらいいるの?」
「Fランクが五人だ」
「……たった五人」
ルカは絶句していた。
Fランクは冒険者ランクの最下層。新人冒険者のランクだ。
ギルドマスターが言うには、五人ともエルケー出身の若者らしい。
恐らく五人とも、トムたちのような境遇なのだろう。
職がなく、ならず者にもなりたくない場合、冒険者が手っ取り早い。
「彼らはどんなクエストを?」
「近くで薬草を集めたりとかだな。薬草はいつでもどこでも需要がある」
けが人や病人がいない街はない。
「この辺りの魔獣って強いわよ? 新人で大丈夫なの?」
「命を大切にするよう口を酸っぱくして言っているが……いつも心配だ」
魔獣に見つからないよう隠れて進み、危険そうなら薬草をとらずに帰ってくる。
そんな感じだそうだ。
「税率高いのよね? 薬草とりのクエストってどのくらいになるの?」
「このぐらいだな」
ギルドマスターは依頼票を見せてくれた。
王都に比べて、手取りは半分程度だ。それで王都よりずっと危険なのだ。
冒険者が居つかないのも仕方ない。
「冒険者ギルドの本部の方には窮状を報告しているの?」
「してはいるんだがな……」
冒険者ギルドの本部から代官へ要請が行っているはずだという。
それでも、改善されないというのは普通考えられない。
ルカが知らなかったのは、王都管区長が名誉職ということが大きいだろう。
それに、王都管区長はあくまでも王都周辺の冒険者ギルドの役職だ。
エルケーは管轄外だ。自分から突っ込まない限りわざわざ報告もされまい。
ルカは真剣な表情でつぶやく。
「ふーむ。何とかしたほうがいいわね」
「気持ちは嬉しいがな。若い冒険者はこんなところにいないほうがいい」
「でも新人がいるんでしょう?」
「彼らにも早く他所に行けとは言っているのだがな。幼い弟妹がいたりして動けない奴が多いんだ」
「そういうことなら、私も力を貸すわね」
ルカは自分の冒険者カードをギルドマスターに見せた。
「なっ! あんた、あの有名なルカ・ラーンガウ卿かい!」
「そうなの。名誉職とはいえ一応冒険者ギルドの幹部でもあるし、力を貸すわね」
「それは助かるが……。この冒険者ギルドはこんなありさまだ。どうやるんだ?」
「うーん。そうね。アル、どうしたらいいと思う?」
「そうだな……」
俺は真面目に考える。
俺はグランドマスターから旧魔王領のギルドマスター就任を打診されていた。
魔王討伐した後、ムルグ村に旅立つ前のことだ。
俺がここのギルドマスターだった可能性もあるのだ。
もっとも、俺が打診されていた任地は、エルケーよりもっと辺境ではあったが。
「代官に話をつけるしかないだろうな……」
「代官は、魔王城にいる奴の言いなりなんだ」
「ほう?」
ギルドマスターが言うには、自称魔王に代官は逆らえないらしい。
「解せないのだわ」
「そうだな。普通に考えて、言いなりになる理由がない」
もし、自称魔王が強大な力を持っていたとしても、エルケーの代官は王の代理なのだ。
王都から援軍を要請できる。
それこそ、ことと次第によっては勇者クルスを招請することだってできるだろう。
「ふーむ。代官に一回あった方がいいかも知れないのだわ」
「自称魔王よりに先にってことかしら?」
「ルカは貴族だから、面会できるのだわ。それを利用しない手はないと思うの」
確かに代官からは事情を聞いてみたい。
だが、難しいと俺は思う。
「状況的に、代官の周囲は自称魔王の手のものが固めているだろう」
「それはそうかもしれないのだわ」
「下手に代官のところに行って、自称魔王に情報が伝わって逃げられたら厄介だ」
「それもそうね」
ギルドマスターが言う。
「いやいや、何を当然のように自称魔王を攻めるつもりでいるんだ?」
「これから攻め込むつもりだけど、まずいの?」
「ラーンカヴ卿は強いってのは知っているさ。それでも生意気にも魔王を名乗っている奴だ」
「私が負けそうってこと?」
「気を悪くしないでくれ。一対一ならラーンカヴ卿が負けるとは思わないさ。でも配下がたくさんいるからな」
「気を悪くはしないけども。まあ、安心して待っていなさい」
ギルドマスターは心配そうだ。
「いいかい? 魔王城にいる奴の配下は百人近くいる。竜っぽい魔獣を見かけたってやつもいる」
「ほほう? それは厄介だな」
「ああ。衛兵もいないのにエルケーの街に魔物が入ってこないのも、この周囲にいる知能の高い魔物たちすべてが魔王城にいる奴の配下だからっていう噂もある」
エルケー周囲には、かなり強力な魔物がいるはずだ。
もし噂が本当なら、すごいことだ。
「その噂になにか裏付けがあるのか?」
「自称魔王に逆らおうとしていた奴らだけ、強い魔物に襲われて死んだ。冒険者も商人も被害にあっている」
「たまたまってことは?」
「それは考えにくい」
ギルドマスターが言うには魔王城に上納金を払っているものだけは無事なのだという。
逆に言えば、支払いを拒否したものは、順に魔物に襲われ死んでいった。
それも脅すかのように無残な姿でだ。
綺麗な形で死体は残らない。血痕や肉塊が散らばっているのだという。
「いいか? 街の外に出なくても、魔物に襲われて死んでるんだ」
「家にいるところを、魔物が襲ってくるってことか?」
「そうだ。街の中に居ようが、構わず襲ってくるんだ」
「それは……普通に考えたらありえないわね」
魔獣学者でもあるルカが言う。
「そうだろう?」
「ということは、生きているお前も上納金を払っているということか?」
俺がそういうと、ギルドマスターは顔をゆがめた。
魔物を使った暗殺が流行っているようです。