31
衛兵小屋は焼け落ちてしまった。
結構気に入っていたのだが。仕方がない。
ヴィヴィとルカが戦ったせいではある。だが、二人のせいではないと思う。
「困ったな……」
「久しぶりに一緒に野宿しませんか」
「いやよ」
なぜかクルスは野宿したがる。ルカは嫌がる。
俺はどちらかというとルカに賛成だ。
そのとき、村長をはじめとした村人たちが心配そうにしていることに気づいた。
そりゃ、ルカは村について早々、ヴィヴィと戦ったし、怪しまれても仕方ない。
それにクルスは初対面だ。
「村長、そしてみなさん、こいつらは、実は昔の私の仲間で――」
「今も仲間です!」
クルスが笑顔で遮った。
「クルス。気持ちは嬉しいけど、話がこんがらがるからしばらく黙ってて」
「はいっ」
俺は村人たちにクルスとルカを紹介した。
魔王を討伐した勇者だとは明かさない。勇者だと伝えれば、村にとっては賓客ということになる。
そうなれば、村人たちが緊張する。
それに賓客扱いされることを、クルスたちも喜ばない。
「アルさんのお友達ということでしたら、ムルグ村は大歓迎です」
村人たちは緊張を解いたようだった。
「あの……さっきは驚かせてごめんなさい。魔王軍四天王が魔物を作っていると思って」
ルカが深々と頭を下げた。
村人たちも笑顔で応じる。
「いえいえ。そういうことでしたら仕方ないですよ」
「うむうむ」
「こちらこそ不良の襲撃だと勘違いしてごめんなさいね」
許されてルカも笑顔になった。
一方クルスはすでに子供たちと打ち解けている。コレットたちと遊んでいた。
「アルさん、今夜はどうするつもりなんですか?」
「衛兵小屋は焼けてしまいましたし、今夜は倉庫にでも泊ろうかと」
「さすがに、アルさんの大切なお客さんに、そんなことはさせられませんよ」
その時、ミレットが声を上げた。
「小屋が再建されるまで、私の家に泊まってください」
「おお、それはいい。ミレットの家は結構広いから大丈夫だろう」
村長も同意した。
住みかを失った俺たちはミレットの家に居候させてもらうことになった。
「お世話になります」
「ご遠慮なさらないでくださいねー」
ミレットは歓迎してくれた。
コレットは大喜びでフェムに抱きつく。
「フェム! あそぼ」
クルスとルカはミレットに頭を下げる。
「私たちもお邪魔しちゃってすみません」
「お世話になるわ」
ミレットは笑顔で応じた。
「クルスさんもルカさんも、アルさんのお友達だったんですね」
「そうなんですよー。アルさん最初に出会ったとき変装してたから気付かなかったです」
クルスは無邪気に笑っている。
俺は気になったことを尋ねた。
「そういえば、ユリーナの奴はどうしたんだ?」
勇者パーティのメンバーには、ヒーラーのユリーナもいる。
二人行動なら、戦士とヒーラー、もしく勇者とヒーラーが多い。
戦士と勇者の二人パーティは、少しバランスが悪いからだ。
「ユリーナはおたふく風邪よ」
「おたふく風邪か。かわいそうだな」
「王都でおたふく風邪が流行っててね。治療に奔走してたら自分がかかったってわけ」
「それは心配だな」
「大丈夫よ。いまは治療院で手厚く看護されてるし。あたしたちが王都を出るときはすでに熱も下がってたからね」
それならひとまず安心だ。熱が下がっても外出はできないものだ。
うつしたら困る。それに油断すれば熱がぶり返す。
「ユリーナにもよろしく言っておいてくれ」
「はいっ。アルさんが元気だって知ったらユリーナも喜びます」
俺たちが、にこやかに会話している様子を、ヴィヴィは陰に隠れてじっと見ていた。
警戒しているのかもしれない。
「ヴィヴィ。モーフィはどうなったんだ?」
「そこの戦士に邪魔されたのじゃ」
「そうか。また明日だな」
それを聞いていたルカは不満げだ。
「そりゃ、邪魔して悪かったかもしれないけど……。魔王軍四天王がアンデッド作成の魔法陣を描いてたら邪魔するでしょ」
「かもしれない」
ルカの言うことは正論な気がする。
「小屋を燃やしてしまって、すまないのじゃ」
「いや気にするな。失敗してもいいからぶっ放せって言ったのは俺だし」
「そうじゃが……」
ヴィヴィは反省している模様だ。
それをみて、ルカも反省している。
「勘違いして悪かったわね! アンデッドってのはわかったけど、あたしにはゾンビとスケルトン、どっちの魔法陣かの区別がつかないのよ」
「ルカは戦士だからな。仕方ないぞ」
魔導士の目から見れば、全然違う。だが、戦士から見れば区別はつくまい。
むしろ魔法陣の種別が少しでもわかる戦士が珍しいのだ。
「え? 魔法陣って種類があるの?」
クルスはそんなことをいう。
こいつは本当に、今まで俺の魔法の何を見ていたのか。
「種類あるに決まっているだろう。冒険の途中でも何十種類も見せたはずだぞ」
「あれは同じ魔法陣を使っているんだとおもってた。おんなじ魔法陣でいろんな効果だせて、アルさんすごいなーって」
「過大なる評価ありがと」
「いえいえ。アルさんはほんとすごいので」
クルスには皮肉が通じない。
あきらめて俺はヴィヴィに話を振る。
「それにしても、ヴィヴィって本当に四天王だったんだな」
「む? 何度もそう言ったはずなのじゃが?」
「そうだけど」
痛い子だと思っていたとは言わないでおいた。
「なんで覚えてないのよ。戦ったでしょ?」
ルカは呆れている。
「そうだっけ? ぼくは覚えてないなー」
「俺の記憶にもない」
俺と同様に、クルスも覚えていないようだ。
クルスと一緒というのは少し心外だが、事実覚えてないので仕方がない。
「あんたたち、しっかりしなさいよ」
ルカが説明してくれた。
魔王領に入ったばかりのころ。俺たちは小さな砦を落とした。
そこにいたのがヴィヴィらしい。
「なんでそんなとこにいたんだ?」
「土壌と家畜の改良をしていたのじゃ」
「へー」
魔王領は基本的に土地がやせている。
だから、魔王軍の食糧事情はいつも厳しいのだ。
「もし、最初に四天王ヴィヴィを倒せてなかったら、もっと厳しい戦いになっていたかもね」
「そうだったんだー」
クルスが感心する。俺も無言で感心していた。
ヴィヴィは結構重要な役割を果たしていたようだ。
「運よく! 偶然! わらわを倒せて! 貴様らはとてつもない幸運だったのじゃ」
「さすがしてんのー」
コレットも喜んでいる。
「そうじゃろ、そうじゃろ。わらわのことをもっと敬うがいいのじゃ」
「してんのー、すごい」
確かにヴィヴィが食糧事情を改善させていれば、苦戦しただろう。
だが、魔王軍の侵攻は食料を奪うということが主目的だった。
「魔王軍の食糧事情が改善したら、侵攻が止まらないまでも、緩やかになった可能性もあるのかね?」
「もちろんじゃ!」
ヴィヴィは胸を張る。
「そううまくいかないと思うわ。むしろ兵站に余裕ができれば侵攻は加速するでしょ」
「そうか」
ルカの言う通りかもしれない。人を食料とする魔王軍幹部も多かった。
ヴィヴィ以外の四天王も、人を食べるのが趣味とかそういう強烈なやつばかりだった。
だからこそ、ヴィヴィが没個性で忘れられたのだが。
「むむぅ」
ヴィヴィもルカの言葉を否定しきれないのか、唸っている。
牛の改良よりも農地の改良をさせた方が安全確実なのでは?
ヴィヴィを見ながら、俺はそんなことを考えた。
折を見て提案してみようと思う。
「おやつができましたよー」
ミレットが美味しそうな匂いのするパンケーキを持ってきてくれた。
「ありがとう。ミレット」
「殊勝な心掛けじゃぞ」
「やったー」
「わふわふ」
みんな喜んでいる。
クルスとルカもお腹が減っていたのだろう。お礼を言って食べ始めた。
ミレットがクルスに尋ねる。
「クルスさんは、どうしてあんなところに、おひとりで?」
「魔物の痕跡を見つけて追ったんですけど、ルカとはぐれちゃって。道に迷ったんですよー」
クルスには反省している様子はない。
クルスは道に迷っても、自力で何とかしてしまう。それだけの幸運と戦闘力がある。
だから本人には失敗したという意識がない。
「気を付けないとダメだぞ」
「はい!」
返事だけはいい。
「クルス。そういえば、ちゃんと退治できたの?」
「できなかった。えへへ」
ルカに尋ねられたクルスは少し恥ずかしそうにこたえた。
クルスが退治できないほどの相手とはだれなのか。少し気になる。
俺の疑問がわかったのかルカが説明してくれる。
「クルスはね、突然ヒドラの痕跡を見かけたとか言って、あっという間に消えたの」
「クルス。いつも言っているけど、パーティは一緒に行動しないとダメだぞ」
「はいっ!」
クルスが元気よく返事する中、ヴィヴィが心配そうにこっちを見てくる。
「ヒドラって、やばいやつなのじゃ……」
「やばいかもな」
複数の首を持ち、猛毒を吐く強敵だ。ドラゴン並みに強い。
「あたしはクルスの勘違いだと思うのよね。はぐれた後、探したけど痕跡なんて見つからなかったし」
「いや、あれはヒドラのはず!」
クルスには確信があるようだ。
こんなでも、クルスは勇者だ。いつもは抜けているが、こういう勘ははずさない。
「じゃあ、見かけたら狩っておくよ」
「すみません。お手数おかけします」
最近、このあたり結構物騒だな。そんなことを俺は思った。
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