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前回のあらすじ:町で牛の肉を売って資材を買ってきて村に戻ってきました。
とりの骨は危険では?というご意見を寄せられたので、少し変えました。
魔狼だから大丈夫なのです。
帰路は平和そのものだった。ムルグ村までは半日ほどの道のりだ。
特に何も起きずに順調に進む。
「帰ってきたって感じがしますね。村が見えると、なんかほっとします」
「そうだな」
ミレットにそう答えて、自分の言葉に少し驚いた。
確かにほっとしたのだ。
長い間、冒険者として旅暮らしを続けてきた。
補給地点や安全地点としての町に安らぎを覚えることはあった。
だが、帰ってくる場所としての村にほっとすることなどなかったのだ。
そもそも、帰ってきたという感覚も、久しく覚えることはなかった。
住み始めて短いながらも、俺はムルグ村に愛着を持っていたらしい。
――――――――――――
村に戻ってからは、またのんびりとした日々だ。
俺はいつものように門の横に座ってぼーっとしている。
「フェム、あんまり遠くに行くなよ」
「わふわふ」
フェムが村の外を楽しそうに駆けまわっている。犬の本能が騒ぐのだろうか。
こう見ると完全に放し飼いの犬である。
「アル。これを見るのじゃ」
「これって……、また、大きいの描いたな」
地面に木の枝で魔法陣を描いていたヴィヴィが尋ねてくる。
枝は太い。これだと細かいところが描きにくいと思うのだが。
「随分と器用だな」
「ふふん」
ヴィヴィは薄い胸を張った。
俺は魔法陣をじっと観察する。よくできた魔法陣だ。
攻撃魔法、それも火炎の魔法を発動する魔法陣に見える。
「そうだな。ここの部分は省略したほうがいいんじゃないのか?」
「だがここを省略すると、ばれやすくなるのじゃ」
「ばれるってなにが?」
「敵に魔法陣の種類がばれるのじゃ」
そういう発想はしたことなかった。
「ダンジョンに仕掛ける罠じゃないんだから、ばれてもいいんじゃない?」
「そうじゃろか?」
「魔法陣は熟練の、俺みたいな凄腕でも判断するのに少し考える必要があるんだぞ」
「自分で凄腕とかいっておるのじゃ」
ヴィヴィはくすくすと笑う。
だが俺は動じない。
「実際、凄腕だからな。俺ぐらいの凄腕なら、発動してから対処したほうが確実だ」
「ふむ」
「ばれるかばれないかよりも素早く描いて、さっさと発動されたほうが厄介だぞ」
「そうじゃったか」
「ヴィヴィもやられたらわかる」
「昔、やられたのじゃな?」
ヴィヴィは楽しそうに笑った。
そんなことをしていると、村長とコレットがやってきた。
姉のミレットなしの、この組み合わせは珍しい。
「フェムちゃーん」
「わふぅ?」
コレットに呼ばれて、フェムが駆け寄ってくる。
「お菓子あげる」
「わふわふ」
鳥の骨だ。昨日のスープの残りだろう。
「鳥の骨って、犬が食べて大丈夫なんだっけ?」
「がふっがふがふ 『フェムを舐めておるのか』」
そんなことを念話で飛ばしてきながら、バリバリ食べている。
よく考えたらフェムは犬でも、狼でもない。魔獣である魔狼なのだ。
骨ぐらいなんでもないのだろう。
「そりゃそうか」
俺は骨を食べてるフェムの頭を撫でてやった。嫌がったのでやめてやる。
犬は食べてるときに触ると、大体嫌がる。なぜだろうか。
「フェムぅ!」
「わ、わふ」
俺は遠慮したのに、コレットは容赦しない。食べている途中のフェムの背中にしがみつく。
「わふぅ?」
フェムが何とかしてくれという目でこちらを見てくる。
だから、あきらめろという目で見てやった。
そんななか、村長がヴィヴィに話しかける。
「あのぅ、ヴィヴィさんにお願いが……」
「なんじゃ?」
村長が俺ではなくヴィヴィに頼み事とは珍しい。
俺はコレットを抱き上げながら聞き耳を立てる。
「申し上げにくいのですが……」
村長からの依頼は、巨大化の魔法陣をもう一度牛にかけて欲しいというものだった。
もちろん、モーフィにかけたものではない。
もともとかけていた、緩やかに二倍弱ぐらいの大きさになる魔法陣だ。
「えっと……、村長、それはちょっと」
「そうですか、すみません」
俺がヴィヴィの代わりにやんわりと断ると村長は大人しく引き下がる。
村長の考えはわかる。
牛が大きく育つなら、村は相当楽になる。
だが、ヴィヴィはモーフィの件で相当へこんでいた。
そんなヴィヴィに巨大化の魔法陣を牛にかけろとは頼むのは酷だと思ったのだ。
「なぜ、アルが断るのじゃ!」
ヴィヴィは少し不満げに俺をにらんだ。
「いや、だってさ」
「断るにしても、わらわが断るのじゃ!」
「そうか、ごめん」
「うむ」
ヴィヴィは満足げにうなずくと、村長に向き直る。
「お安い御用じゃ」
「いいのですか?」
村長は嬉しそうだ。だが、俺は心配になる。
「ほんとうに無理しなくていいんだぞ?」
なんなら俺が魔法陣を描いてもいい。
一度見た魔法陣だ。俺は熟練の魔導士だから、コピーぐらいはできる。
コピーは難しくて面倒だが、時間をかければ問題ない。
「わらわを誰だと思っておるのじゃ。魔王軍四天王ヴィヴィじゃぞ」
「してんのー、すっごーい」
はしゃぐコレットをみて、ヴィヴィも得意げだ。
「手伝うことがあれば、何でも言うんだぞ」
「必要ないのじゃ。わらわは天才じゃからな」
「ほんとにだいじょうぶか?」
ヴィヴィは一瞬ためらった後、照れながら言う。
「でもまあ、手伝わせてやらぬこともないのじゃ。後学のために観察してもよいのじゃぞ?」
「じゃあ、勉強させてもらおうかな」
「それがいいのじゃ」
どこかヴィヴィは嬉しそうだった。
家畜小屋に向かうと、ミレットが待っていた。
「ヴィヴィちゃん大丈夫?」
「下等生物が、魔王軍四天王を侮るものでないのじゃ!」
ヴィヴィは魔力を指にともすと、魔法陣を描いていく。
「どうじゃ?」
「素晴らしい。前より腕を上げたんじゃないか?」
「ふふん」
ほめるとヴィヴィは嬉しそうだった。
モーフィの件はヴィヴィの中で折り合いをつけることができたらしい。
俺はヴィヴィの笑顔を見て安心した。
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