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197 川を渡りたい人たち

前話のあらすじ:臨時代官補佐が嫌な感じだった


7/13ぐらいから発売になります。レーベルはGAノベルです!よろしくお願いいたします。

 向こう岸で引きつった顔をしている臨時代官補佐に向けて、ティミショアラが言う。


「ここで見ていてやるから、泳いで来い」

「代官補佐どのになんという口の利き方……」


 お付きの中年が唖然とした様子でそんなことを言う。

 代官代行はきちんとした人だと聞いている。

 だが、子育ては苦手だったのかもしれない。


「人格者の子供がクズとかよくあることだわな」


 そして、人格者も、身内のクズさには気付かなかったりするものだ。

 愛する子供に甘くなるのはよくあることである。


 フェムが呆れた調子で言った。


『お貴族様だから偉そうなのだな?』

「貴族こそ立ち居振る舞いに気をつけねばならぬのだ」

「りゃ!」


 ティミが腹を立てながら言う。シギショアラも不満げだ。

 ティミは懐の中のシギを撫でた。


「シギショアラも貴族であるからな。ああなってはいけないぞ?」

「りゃあ」

「そうだぞ。シギショアラはいい子だな」


 古代竜同士何やら会話している。

 会話している間に、向こう岸の人間が服を脱いで川を渡りはじめた。

 荷物を頭上に乗せて、歩いてきている。

 先頭はさっき臨時代官補佐に文句を言っていた橋の技術者だ。

 それを見ながら、臨時代官補佐と中年は不満げに腕を組んでいた。


 渡りはじめた人たちを見ながら、フェムが言う。


『結構深いのだな』

「そだなー」


 ティミは胸の下あたりまでと言っていたが、首近くまで来ている。

 ティミが弁解するように言う。


「わたって来ている者たちが、アルラより背が低いから深そうに見えるだけだぞ」

「そんなもんか。それにしても、流れもあるし、大変そうだな」

『流されたらすぐ助けるのだ』

「頼む」


 フェムは身構えている。

 様子を見ながらティミがぽつりとつぶやいた。


「いや、やっぱり思ったより深いのだな……。上から見た感じだともう少し浅く見えたのだが」

「上空からだと、水深を正確に測るのはなかなか難しいだろう」

「そうだな……」


 ティミも深さを見誤っていたらしい。少し反省していた。

 そんなことを言っている間に、先頭が渡り切る。


「お疲れ様です」

「いやあ、夏なら気持ちいいでしょうが、さすがにこの季節だと寒いですね」


 俺は魔法の鞄からタオルを出す。


「よかったらどうぞ」

「ああ、ありがとうございます」

「服も乾かした方がいいかもですね。代わりの服を持ってこさせましょう」

「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。替えの服は持っていますから」


 技術者は礼儀正しい。

 先程の代官補佐への嫌味は、余程腹に据えかねていたのだろう。


 そうしている間に二人目が渡り切る。

 ティミが二人目に尋ねる。


「流れはどうだった? 速かったか?」

「結構速かったですよ。足が取られそうになって、肝が冷えた場所も何か所か」

「そうであったか」


 さっきまでティミの懐から顔を出していたシギの姿が見えなくなっている。

 警戒して、懐の奥に引っ込んでいるのだろう。


 ちょうど三人目が渡り切ったとき、

「うおぁ」

 川の中ほどで、一人が転んだ。

 10人の中でも背の低い痩せた男だった。

 体重が軽い分足を取られやすかったのかもしれない。


「わふっ」


 男が転ぶと同時に、フェムが一声鳴いて、川へと飛び込む。


 背の低い男は、手足をばしゃばしゃさせながら、どんどん流れていく。

 結構な速さだ。


 だが、フェムはもっと速い。

 巨大化していなくても魔狼王にして魔天狼なのだ。

 身体能力は並みの魔狼の比ではない。


 あっという間に追いつくと、暴れる男の後頭部の髪を咥えた。

 こちら側に引っ張ってくる。


 おぼれている男も必死だ。ほとんど本能的かつ無意識に手足を動かしているのだろう。

 助けてくれているフェムの顔や体に手足が当たっている。

 それでも、フェムは全く意に介していない。黙々と泳いでくる。


 すぐにこちら側まで連れてきた。


「げほっげほっげほ」


 流されていた男は飲み込んだ水を吐き出しながら、苦しそうにしていた。

 その背中を撫でてやりながら、技術者が言う。


「助けてくださってありがとうございます」

「わふ」


 誇らしげにフェムが胸を張る。


「フェム。見事だ」

「立派だったぞ」

「わふぅ」


 俺とティミにも褒められて、フェムは尻尾をぶんぶん振った。

 しばらくしておぼれた男が水を吐き出し、息を整えた。

 すぐに男は俺たちに向かって頭を下げる。


「助けていただいて、ありがとうございます」

「すべては、このフェムの手柄ですから」

「フェムさん。ありがとうございます。今度お礼に何かご飯をもっていきますね」

「わふ」


 ただの大型犬に見えるフェムにも礼儀正しく頭を下げている。

 お礼代わりに男はフェムの頭を撫でようとする。

 だが、フェムは、さりげなく頭を避ける。


 軽々しくなでらせてたまるかと言った感じだ。


「誇り高いんですよ。すみません」

「いえいえ。フェムさん。助けていただいてありがとうございます」


 撫でることをあきらめて、男は再び頭を下げた。


 その間に、臨時代官補佐とお付きの中年以外の全員が渡り切った。

 とりあえず全員にタオルを貸し出す。


 一番最初に渡り切った橋の技術者が、俺たちの作った道に気が付いた。


「この道はあなたたちが?」

「そうですよ」

「大変だったでしょう」

「石を敷いたりしてるわけではないので……」

「木を伐採するだけでも大変ですよ」


 ティミがどこか自慢げに言う。


「木の伐採は得意だからな!」

「そうでしたか」


 ティミの言い方だと、木こりだと思われたに違いない。


「この道を進めば教団の建物まで行けますよ」

「それは助かります」

「途中には川もありますが、この川より川幅も狭く、水深も浅いので苦労しないと思います」

「そうですか、それは助かります」


 それから技術者が向こう岸に向けて叫んだ。


「我々は先に教団の方に向かっておきますね、あとからゆっくり追いかけてきてください」

「き、きさまら!」


 中年が怒って何事かを叫んでいる。代官補佐も顔を真っ赤にしていた。

 技術者たちは、代官補佐の怒りに気づかないふりをして、にっこりと笑った。

救助犬としても優秀なフェムなのでした。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] できれば髪ではなく、服を咥えてほしかったところだな 中年の頭髪が引っこ抜けたら悲惨すぎる
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