005 あたしを腐女子と呼ばないで!
FSOの状態異常に、『腐食』っていうのがある。
体の一部が腐り落ちた状態で、治療が完了するまで最大HPが減少し、その部位が使用不可になるという恐ろしい状態異常だ。
しかも、治療方法が上位スキル、もしくは高レベル生産で作られる薬しか無い。
加えて見た目もグロいため、正直自分のキャラが腐食するのはかなりキツい。
でも、使ってくる敵はかなりランクの高い敵ばかりで、そこに到達する頃には対策は出来ているはずだから、滅多にお目にかかることは無かったりする。
個人的にだけど、この状態異常の真価はNPCがかかった時に発揮されると思ってる。
プレイヤーの場合はリアルモードをONにしていても大した痛みは感じない。
けど、NPCはしばらくの間苦痛に悶えた上、NPCの持つスキルだけでは治療は困難なため、プレイヤーが介入しない限りは切断するしか治療方法が無いのだ。
とは言え、NPCを腐食魔法を持ったMOBの居る場所まで誘導するのは難しいから、これまた滅多にお目にかかることは無い。
どうにか見たいと思って今回は頑張ってNPCを腐食させて見たんだけど……あっさりと成功。
まあグロかった、こんなトコまで作り込まないでいいでしょ運営さん!
不人気NPCだから誰にも怒られないとは思うんだけどさ。
んで、その時のスクショがこれなんだけど――
(FSOファンブログ†みーこ†の日記より抜粋)
◆◆◆
町の中央に繰り出したあたしは、目があったマルルンに問いかけた。
「ねえマルルンさん、孤児院の子どもたちみなかった?」
「孤児院の子たち? それなら路地に入っていったわよぉ」
「ありがとっ!」
あたしが手をあげると、マルルンさんも手を振ってくれた。
激しく揺れる胸に湧き上がる嫉妬心を、”んな場合じゃないっての!”と踏みつけてやった。
それにしても、路地ってまた危険な所に行ってくれちゃってさ。
いかにも悪人に襲ってくださいって言ってるようなものじゃない。
マルルンさんに教えてもらった路地に入ると、賑やかだった大通りが嘘みたいに静かだった。
陽の光もあまり届かないからか、やけに暗くじめじめしているように感じる。
この秘密基地感が子供は好きなのかもしれないけど、それが危険なら止めるのがお姉さんの仕事ってやつよね。
念のため、腰にぶら下げたダガーに手を当てながら、腰を低くして進む。
足音を殺し、周囲の音に耳を済ましながら細い道を行くと――奥から足音が聞こえてきた。
音が軽い、そして人数は複数。
これは……子供、かな?
「っ! おねえちゃーんっ!」
姿を表したのは、見覚えのあるチビたち合計3人。
ハイドラの姿は……無い。
子どもたち張り詰めた表情をしていたけど、あたしの顔を見た瞬間に笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。
こりゃ嫌な予感が的中したかな。
まずは子どもたちを落ち着かせ、情報を聞き出さないと。
「カルア、ミルク、ナッツ。無事で良かったわ」
本当は怒りたいとこだけど、今は優しく抱きしめる。
「おねえちゃんっ、おねえちゃぁんっ」
好奇心旺盛なカルアが、今回の一件の主犯と見て間違いない。
臆病だけど、常に親友のカルアについていくミルクは、よほど怖い目にあったのか涙をぼろぼろこぼしていた。
ナッツは男の子だからか気丈に我慢してるけど、目の端には涙が浮かんでる。
「何があったか聞かせてもらってもいい?」
あたしはしゃがみ、目線を合わせて3人に問いかけると、ナッツが答えてくれた。
「いきなり、黒い、男の……人が、2人出てきて、サワーとハイドラがっ……悪いやつに、捕まってぇっ」
「そっか、黒い男……」
漆黒の葬送団、か。
まさか昨日の今日で本当に悪事を起こすだなんて、ひょっとしてあたしとサーラが話してたせいだったり?
……いや、考え過ぎかな。
「まだ、その男の人たちはこの先にいるの?」
ナッツは無言でこくんと頷いた。
「わかった。お姉ちゃんが2人は助けるから、3人は先に帰ってなさい」
カルアとナッツの頭を撫で、ミルクに額をこつんと当てながら言い聞かせると、3人は大人しく路地を出て孤児院へと戻っていった。
いくら悪党とは言え、大通りで誘拐なんて大胆な方法は使わないだろうし、あの子たちは大丈夫でしょう。
さ、早く先に進もっか。
相手は2人。
正直、あたし1人で勝てるとは思えないけど、ハイドラが入れば――ん、そういやあの子、なんで大人しく捕まっちゃったんだろう。
ドラゴンの力があれば、2人ぐらいなら簡単に倒せちゃいそうなのに。
んー……子供だから、大人が怖かった、とか?
いくら強くても、中身は子供。
悪意を持った大人に囲まれれば、身がすくんでしまうのは当然のこと。
今ごろ怯えて、誰かの助けを待っているのかと思うと――あたしは、いてもたってもいられなかった。
◇◇◇
「待ちなさいっ!」
さらに路地を進んだ先にある広場で、あたしはようやく漆黒の葬送団と対峙した。
「ママッ!」
「お姉ちゃあんっ!」
ハイドラとサワーがあたしに笑顔を見せる。
でもその顔に――ついさっきまで恐怖が浮かんでいたことを、あたしは知っている。
黒ずくめで2人組の男たちは、丈夫そうな布の袋を2つ用意して、どうやらハイドラとサワーをその中に詰め込もうとしてるみたい。
子供をまるで物のように扱う彼らに、怒りがふつふつと湧き上がってくるのを感じていた。
「へっへっへ……ルトリーだ、雑魚冒険者ルトリーじゃねえか……!」
「くくく、カモが増えたぞおい。冒険者としては雑魚でも、女としては上玉だ。高く売れる!」
いかにも悪党らしいセリフを吐く2人。
っていうか、あたしってこんな連中にも名前知られてるんだ。
「あんたたち、そこまで腐った連中だったのね」
「フレイヤが居なくなったのは知ってんだろ? 誰も俺たちを止められるやつぁいねえ。もう我慢する必要もねえんだよ! へへへっ!」
2人は下品な笑いを浮かべた。
彼らは腰から剣を抜くと、一方は人質になっているサワーに、そしてもう一方はあたしに切っ先を向ける。
ハイドラは心配そうに、怯えるサワーの方を見ている。
そっか……あの子が人質になってたから、ハイドラは動けなかったんだ。
「あたしが下手に動けば、サワーを傷つけるってこと?」
「へへ、いや違うさ。好きに動いてくれていいぜぇ? 俺はお前みたいな女が悔しがる所を見るのが好きでなぁ。正面から正々堂々やりあって、悔しがるお前をずたずたにしてやりたい」
「あたしを売るんじゃなかったの?」
「俺はやり合いたい。まあ殺しやしねえよ、その後で売ってやる、へへへっ」
人間相手に戦うのは初めてだけど――どうやら、やるしかないみたいね。
大丈夫、モンスター相手とは違うんだから、いくらあたしが弱いと言ったって、対人戦でも弱いとは限らないじゃない。
前向きに考えていきましょっか。
あたしもダガーを構えて、ロングソードを抜いた男に向き合った。
獲物のリーチはあちらの方が上、もちろんパワーも男であるあっちの方が上。
機動力勝負に持ち込まない限り、あたしに勝機はない。
――とりあえず距離を取って、相手の出方を見ないと。
「俺から行くぜ、バーストレイヴ!」
「っ!?」
相手は、あたしに考える暇も与えてくれない。
長剣のアーツ、敵との距離を一気に詰めるバーストレイヴ。
砕くほどの強さで地面を蹴り、接近しつつ剣を振り下ろす。
フォンッ!
っ――紙一重でスウェイッ!
なら次はあたしの――
「クイックスラッシュ!」
早いっ!?
――手番が回ってくる前に、相手が次のアーツを放つ。
クイックスラッシュは、その名の通り隙の少ない、素早い出で斬撃を放つアーツ。
この距離じゃ当たる。
仕方ない、あたしもアーツを使って対抗しないと。
「くぅ、クイックスラスト!」
ガギンッ!
ダガーとロングソードが火花を散らす。
ダメージは受けなかったものの、パワーで押し負ける。
あたしは下手に抵抗せず、そのままの勢いを利用して後退した。
よし、距離を取れた。
確か――クイックスラッシュのクールタイムは3秒、バーストレイヴのクールタイムは10秒だったはず。
発動から大体2秒経過してるから、次の打ち合いだとクイックスラッシュは発動可能、バーストレイヴは次弾まで残り8秒。
一方でクイックスラストのクールは2秒、すでに発動できる。
お互いに必殺の一撃は1回ずつしか使えない、つまり――この勝負、先に攻め込んだ方が勝つ!
あたしは姿勢を低く落とし、鋭く突きを繰り出す。
「甘いな、ルトリーッ!」
ガイィンッ!
弾かれるダガー、そして次――敵はあたしを確実に仕留めるため、クイックスラッシュを放ってくるはず。
「クイックスラッシュだ!」
来た、予想通り!
これを気合で避けるッ!
ダンッ――フオンッ!
振り下ろされた剣は、地面を蹴り側転することであたしを仕留め損ねる。
着地、再び地面を蹴り、獣のように低い姿勢から今度はアーツで仕掛ける。
「せえぇいっ、クイックスラストッ!」
「ぬぐっ!」
足元への素早い突き。
男はとっさに後方へ跳ねるものの、その先端が彼の足を傷つけた。
「ちぃっ」
走った痛みに、顔をしかめる男。
よし、足にダメージを与えれば相手の機動力は落ちる。
これであたしはかなり優位に立った。
はは、相手が格上だからってびびってたけど、やればできるじゃん、あたしも。
――バーストレイヴ、クールタイム残り3秒。
3秒もあれば、もう1回ぐらいはアタックを仕掛けられる。
「いってぇなあ、おい」
悪態をつき、あたしを睨みつける男。
今度こそ戦闘不能にしてやる――と駆け出そうとした、その時。
「へ、へへ……ルール変更だ」
「は?」
「武器を捨てろ、ルトリー。捨てなかったらあのガキを殺す」
そんな、馬鹿げたことを言い出した。
「あんた……正々堂々にやりあって、あたしを倒すんじゃなかったの!?」
「俺たちぁ漆黒の葬送団だぜ? んな言葉とっくに忘れたんだよ!」
「腐ってる……本当に……!」
それでもあたしは、その命令を聞くしか無かった。
あの子達の命がかかってるから。
カランカランッ。
あたしの手から離れたダガーが、地面に落ちる。
実際、サワーに剣をつきつけてる男が、腕に力を込めたのを見た。
……本気なんだ、あいつら。
「で、俺は今からバーストレイヴを放つ。ルトリー、お前に向かってだ。その時全く動かずに、死ななかったらお前の勝ち、死んだら俺の勝ち、これどうよ?」
あんな剣、まともに受けたら死ぬに決まってる。
それをわかってて――馬鹿げた提案を投げかけてきてる。
「……わかったわ」
「ルトリーおねえちゃん、そんなことしたら死んじゃうよぉっ!」
「ママ、だめ! 死んだらダメ! あたし悲しむ!」
死ぬとか生きるとか、もうその辺もわかってるんだ。
しかも悲しんでくれると来た。
とても生まれて2日目とは思えない、あたしも出会って2日目とは思えないほど、ハイドラのこと大事に思ってる。
だから――悲しませないために、死ねないことだって理解してる。
あたしは考える、自分にできる可能性を。
あたしは考える、今までとは違う発想を。
試したこともなかった。
外れスキルだって切り捨ててきた。
でも――ハイドラが生まれたことで、あたしは気づいたの。
物は使いようなんだ、ってことに。
男は剣を握り直し、舌なめずりをしてアーツを発動させる。
「ルトリー、死ねよっ! バーストレイヴ!」
超高速で迫る黒ずくめの男。
命を奪おうと振るわれる銀色の刃。
あたしは丸腰で、動くことすら許可されていない。
そんな中で――正直言って、自分でも少し怖いけど、拳を握って恐怖に耐える。
これは誰かを救うために必要なことなのだと、自分に言い聞かせる。
そして――凶刃が目の前に迫る瞬間、あたしはスキルを発動した。
「アイテムボックス、オープンッ!」
空中に円形の穴が開く。
振り下ろされた長剣は、腕ごと穴にすっぽりと収まり、アイテムボックスに飲み込まれた。
そう――入れた瞬間に何もかもが腐り落ちる、魔の空間に。
彼の目には、自分の腕がどう映っているだろう。
現在進行形で腐りゆく――自分の腕が。
「う、う、うわぁぁあああああぁっ!?」
慌てて引き抜くけど、もう遅い。
彼の肩から下は完全にただれ、一部は骨が見えるほど腐りきっていた。
思わず眉をひそめ、目を反らしそうになる。
「あ、あ、俺のっ、俺の腕えぇぇぇぇっ!」
湧き上がる罪悪感に潰されそうになるけど、あたしは自分に言い聞かせたはず。
これは、”必要なことだ”って。
心を奮いたたせ、毅然とした態度で、笑みすら浮かべながらあたしは言い放った。
「死ななかったらあたしの勝ち、でしょ?」
男は歯をくいしばりながら、鬼の形相でこちらを睨みつけるのだった。