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003  燃えよドラゴン……の前に群がっているモンスターたち!

 





 ドラゴンの卵。

 20XX年4月のアップデートで、ペットシステムと同時に実装されたアイテム。

 高性能なペットが高額な課金アイテムとして売り出される中、同等の性能を持つペットを入手することが出来る、と一時期話題になった。

 しかし、アイテムランクUで貴重な上に、入手条件はモンスタードロップではなくランダム湧き。

 運良く手に入れても、孵化まで50年~100年もの時間がかかるという設定に、ユーザーの期待は一瞬にして失笑に変わった。

 運営はそれまでサービスが続くと思っていたのだろうか? 

 一応は課金アイテムで孵化出来るが、その場合、課金ペットとほぼ同じ額がかかるという本末転倒ぶり。

 加えて、孵化前に中身を食べるとステータスが上昇する、と言う上位プレイヤー垂涎モノの効果が付いていたため、高額で取引はされたものの、ペットの卵として使われることはほぼ無かった。

 そのため、ペットとしてのドラゴンのデータは、運営が発表したステータス値以外wiki内にすら残っていない。

 悪い意味で、末期のFSO運営を象徴するアイテムである。


(FSOみんなで攻略wikiより抜粋)




 ◆◆◆




「まーま、まーま!」


 あたしのことを”ママ”と呼びながら、周りを飛び回るドラゴンの子供。

 鳥類の中には、卵から生まれた瞬間、最初に見た相手を自分の親だと思い込む種類も居るらしいけど、それなのかな?

 だとしたら、光に手を伸ばしたあたしの責任だし、今さら放り投げるわけにはいかないのかな。

 って言うか、この子、本当にドラゴンの子供ってことでいいんだよね?

 角と羽と尻尾以外は完全に人間なんだけど。


「まま……?」


 あたしの反応が無いからか、ドラゴンの瞳が不安に揺れる。

 ここで泣かれたら、どうあやしていいかわからない。

 仕方ない、腹をくくるしか無いか。


「そ、あたしが母親……ってことでいいわよ、もう」


 そう言って両手を広げると、ドラゴンの表情がぱあっと明るくなった。

 ちくしょう、可愛いなこの子!

 もしかしてドラゴンじゃなくて天使なんじゃないの?


「ままー!」


 あたしの胸に飛び込んでくるドラゴン。

 そのまま受け止めてやろうと待ち構えていると――


 ドゴォッ!


「おうふっ……!」


 次の瞬間、あたしの体は吹き飛ばされていた。

 そっかぁ、そうだよねぇ、子供でもドラゴンだもんねぇ……!

 宙を舞いながら、そんなことを考えるあたし。

 ドサァッ。

 そして地面に仰向けに倒れ込むと、ドラゴンはパタパタと飛んできて、あたしのお腹の上に座る。

 体重は軽い、この体のどこからあんなパワーが出てくるんだか。


「ままっ、ままっ!」

「う、うぐ……はいはい、よしよし」


 橙色の髪に手を伸ばし、頭を撫でると、ドラゴンはくてっとあたしの胸にしなだれかかった。

 体温は、あたしより結構高いみたい。

 腕にすっぽりと収まる小さな命を抱いていると、あたしが産んだわけじゃないけど、何となく守らなくっちゃって気持ちが湧いてくる。


「育てる……しかないのかなぁ」


 家賃すら払えないくせに?

 ドラゴンの卵を売るっていうあてが無くなった以上、食費もどうやって稼ぐか考えないといけないし。

 とりあえず、孤児院に行ってサーラに相談してみるかな。

 そういや、紹介するにしても名前ぐらいは決めとかないと。

 ドラゴンだし……かっこいい名前の方がいいのかな。

 例えば、ニーズヘッグ! とか?

 いやだめだ、ちょっと邪悪すぎる。

 とは言え、竜って割と邪悪なものだしねえ、女の子らしく可愛い名前は難しいかな。

 ファーブニル……ヒュドラ……んー、ハイドラ?


「ハイドラで、どう?」

「……?」

「あなたの名前。あたしのセンスに納得行かないって言うんなら、色々考えてみるけど」


 ただ、正直考え込んだ所でいい名前が出てくるとも思えないのよね。

 意外と直感の方が良い答えを出してくれたりするものだし。


「あぅ!」

「んー…その反応は、イエスってことでいいのかな。じゃ、今日からあなたはハイドラってことで」


 そう言ってハイドラの体を抱き上げると、彼女はきゃっきゃと手足をばたつかせながら笑った。

 やばい、超かわいい。

 やっぱ孤児院に相談せずに、このままあたしが育てちゃうって手も――


「ルトリー、大変だっ!」


 突如聞こえてきた声に、あたしの体がびくっと震える。

 反射的に窓の方を見ると、そこからルークが顔を出していた。

 ルークは、あたしがかつて暮らしていた孤児院に住むがきんちょで、いたずら好きの生意気坊主だ。

 あーあ、ハイドラも驚いて泣きそうになってるじゃない。


「よしよし、怖かったわねー」


 抱きしめながらあやすと、あたしの胸にぎゅっとしがみつく。

 その仕草に、あたしの胸はきゅんと高鳴った。

 もうあたし、ママでもいい……!


「お、おいルトリー、何だよその子供。どこで子種仕込んできたんだよ!?」

「仕込んでないっつーの! あたしにも色々都合があるの!」

「しょっちゅうフレイヤと一緒に森に行くから怪しいとは思ってたけど……つまり、薬草採取ってそういうことだったんだな!」

「どういうことよ!?」


 このマセガキめ、最近はやたらそういう話ばかりをしやがる。

 一体どこで情報を仕入れてるんだか。

 サーラにチクってやろうかな。


「っと、こんなこと話してる場合じゃなかった。突発イベントが発生したんだよ!」

「突発って、あのモンスターがいっぱい出てくるやつ?」

「そう、それ!」

「いつものことじゃない、そんなに慌てなくても」


 突発イベントには幾つか種類があって、ルークが言ってるのはたぶん、そのうちの”モンスター大量発生(スタンピード)”のことだと思う。

 その名の通り、町の近くに大量のモンスターが発生して、町に攻め込んでくるっていうイベント。

 このイベントで現れるモンスターはドロップが良いらしくって、イベントが始まるとどこからともなくフレイヤさんが沢山集まってくる。

 そして、ほとんどの場合、町に敵が近づく前に終わってしまう、っていうNPCにとっては割とどうでもいいイベントなんだけど――


「放っておけばフレイヤが倒して……あっ」

「そうなんだよ、フレイヤがどこにも居ないんだよ! モンスターはもうすぐそこまで迫ってるってのに、誰一人としてワープもしてこない!」

「じゃあ誰が倒すのよ!?」

「町に居た冒険者がすでに準備を始めてる。でもランクCのモンスターが沢山居て、勝てるかは微妙なんだ……だからルトリーにも手伝って欲しい!」


 あたしなんかで役に立つのか、って気持ちは確かにあるけど。

 でも、町を守りたいって気持ちはある。


「……わかったわ、行きましょう!」


 ランクEのモンスターしか倒せないあたしだけど、これでも冒険者の端くれ。

 時間稼ぎぐらいはできるはずだから。

 でも……さすがにこんなに小さい子を連れてくわけにはいかないよね。


「ルーク、鍵を開けるからちょっとこっちに来て!」

「ん? ああ、わかったよ」


 あたしは家に入ってきたルークに、ハイドラを預ける。


「その子、ハイドラって言うの。あたしが戦ってる間、面倒見といてね」

「はっ?」

「じゃあ頼んだわよー!」

「お、おい待てよ、子守とかオレ無理だぞ!? こういうの苦手なの知ってるだろ!?」

「あたしだって強くないのにモンスターに立ち向かうんだから、ルークもそれぐらいやんなさーい!」

「いやいやいや、無理なもんは無理……ってほら、泣きそうだし、つーかもう泣き出したし! どうやってあやせば良いんだよ!?」

「あたしも知らんっ!」


 そう言い残して、あたしは家を飛び出した。

 背中にハイドラの泣き声を聞きながら。




 ◇◇◇




 町の南側へ移動すると、すでに戦える冒険者たちが10人ほど揃っていた。

 ちなみにこの世界における”冒険者”ってのは、冒険者協会の試験を合格した人間だけが名乗ることができる。

 冒険者になると、協会でクエストを受けられたり、冒険者ランクが上がると様々な特典が受けられたりと、至れりつくせりの待遇が待っている。

 さらに言えば、”スキル”を持ってる人間は、ほぼ無条件で冒険者の試験をスルーすることができた。

 あたしがランクEのモンスターしか倒せないのに偉そうに冒険者を名乗れてるのは、そういう理由があったから。

 でも責任感まで劣ってるつもりはない。


 あたしは、今まで町を守ってきた歴戦の冒険者に並び、短剣を抜き取った。

 ……手を震わせながら。


「おいおいルトリーちゃん、無理して出てこなくてもいいんだぜぃ?」

「あたしにだって足止めぐらいはできますよ、ゴルドおじさん」


 あたしの隣に居たのは、町一のナイスガイ……だった、ゴルドおじさんだ。

 白髪になった今でも、ダンディに生やした髭といい、ナイスガイではあるんだけどね。

 50近くになってもまだまだ現役の冒険者で、大きな槍を構えて敵を睨みつけている。


「へへっ、お前さんが一番意識するべきは死なないことだ、マドンナに死なれちゃあ士気はガタ落ちだからな」

「マドンナって言葉、さすがに古いですよっ!」


 あたしたちは、ほぼ同時に走りだす。

 迫りくるモンスターは30体ほど。

 1人3体倒せば良い計算で、これなら行けるかも――とか甘い考えを抱いてたんだけど。


 5分もしないうちに、あたしたちは追い詰められていた。


 冒険者のほとんどはダメージと状態異常で戦闘不能、あたしはなんとか無事だったけど、すばしっこく逃げてたおかげだ。

 ランクEのとDのモンスターは全部倒せた、でも残るランクCが――半数以上、18体を占めている。

 倒せるわけがない。


「はぁ、はぁ、はぁ、俺も年取ったもんだなぁ」


 ゴルドおじさんはまだ何とか立ってるけど、これ以上の戦闘継続は難しい。

 こうなったら、もう町を放棄して逃げるしか無いんじゃ……そんな考えが頭をよぎる。


「俺がしんがりを務める、あとの連中は逃げな!」


 ちょうどおじさんも同じ考えだったのか、そう言い放った。

 ”そんなのダメ!”って言いたかったけど、あたしには打開策が思いつかない。

 おじさんだって覚悟してるんだ、思いつきの感情論だけで彼を止めるのは、その意志を侮辱することになる。

 あたしは自分の気持ちを殺して、踵を返し、その場から逃げようとした。


「ままー!」


 ……その時だった。

 あたしの耳に、子供の声が聞こえてきたのは。


「ハイドラ!? ダメよ、逃げなさいっ!」

「あぅ?」


 あたしの言葉の意味がわかっていないのか、ハイドラは背中の羽をパタパタさせながら、あたしに近づいてくる。

 ルークは何をやってんだか、見ててって言ったのに!

 仕方ないので体を抱きかかえると、ハイドラは嬉しそうに「だぁ!」と笑った。

 ああああ、こんな時なのになんで可愛いのよぉぉぉ!


「ルトリーちゃん、そいつは?」

「え、えっと……あたしの、子供?」

「まま!」


 あたしを”ママ”と呼ぶハイドラを見て、頬を引きつらせるゴルドおじさん。

 ああ、でもそんなことしてる場合じゃないの!

 今はとにかく、ハイドラを連れて逃げないとっ。

 ガギンッ!

 ゴルドおじさんが、トレントの攻撃を槍で受け止める。


「ぬぐっ……ぐおぉぉぉおおお!」


 どうにか押し返してるけど、いつまで保つことか。

 そんなゴルドおじさんの姿を見て、ハイドラが今まで見たことの無い表情を浮かべた。


「がううぅぅぅ、ぐうぅぅぅうっ!」

「ハイドラ、怒ってるの?」

「がぅっ!」


 睨みつけているのは、ゴルドおじさんと戦っているトレント。

 そしてハイドラはあたしの腕の中から抜け出すと、一直線にモンスターに向かって突進した。


「あ、ちょっとハイドラ!?」

「うがー!」

「だめっ、危ないからぁっ!」


 手を伸ばして止めようとするも、もうその体は届く範囲には居なかった。

 ハイドラの存在に気づいたトレントは、一旦ゴルドおじさんから離れ、ターゲットを変える。

 振り上げられる腕。

 ゴルドおじさんですら受け止めるのが精一杯だったのに、あんな攻撃を生身で受けたら――!


「だめええぇぇぇぇえっ!」


 あたしが叫ぶのとほぼ同時に、トレントの腕が振り下ろされる。

 ブオォンッ!

 するどい一撃。

 けど――ハイドラはそれを容易く回避し、さらにトレントに肉薄した。


「がうぅぅぅっ!」


 そして、突進。

 ドゴオォオッ!

 ハイドラの体はトレントをいとも容易く貫通し、その胴体に大きな風穴を開けた。


「な……」

「こりゃあすごい……!」


 驚くあたしと、感嘆するゴルドおじさん。

 二者二様の反応を見せる中、トレントを倒したハイドラは、今度はモンスターの群れを睨みつけた。

 モンスターたちも、彼女を危険だと判断したのか、一斉に殺到し攻撃を仕掛けようとする。


「すうぅぅぅ……」


 ハイドラは大きく息を吸い込んだ。

 小さなお腹がぽっこりと膨らみ、大きく開かれた口の奥に光が灯る。

 ハイドラはドラゴンだ。

 ドラゴンと言えば――そう、あの攻撃なわけで。

 巻き込まれそうな予感を感じたあたしは、ゴルドおじさんの腕を引いて退避した。


「がぅあああぁぁぁああああっ!」


 ゴオォォォオオッ!

 そして、ハイドラの口から吐き出される真紅の炎。

 それはランクCモンスターの群れを飲み込み――燃えることすらなく、一瞬にして灰となり、風に舞って消えていった。


「これが、ドラゴンの力……」


 呆然とするあたしの元に、ハイドラが近づいてくる。


「がぅ、がぅ!」


 心なしかドヤ顔をしている気がする。

 正直言って、さっきのブレスを見た後だし、ちょっと怖かったけど――ハイドラはあたしたちを守ってくれたんだ。

 まだ出会ったばかりなのに、あたしのことをママだと信じて。

 なのに、一方的に怖がるなんてあまりに最低だ。

 あたしは気持ちを切り替え、笑顔で彼女の体をぎゅっと抱き寄せると、頭を撫でながら褒めたくった。


「ハイドラぁっ、ありがとう! ハイドラが居なかったらあたしたち死んでたよ、ぜーんぶハイドラのおかげだよー!」

「あぅ! だぅ!」

「ハイドラは可愛いなあ、もぅ! 好きっ、大好きっ! んー、ちゅっ! ちゅっ!」

「あぅあー!」


 頬に何度もキスをすると、ハイドラはくすぐったそうに体をよじる。

 でも嬉しそうで、あたしがキスして嬉しそうなハイドラを見てると、あたしがなんかもうよくわかんないけど嬉しくって!

 子供ってこんなに可愛いもんなんだ。

 ドラゴンだけど、もうそんなことどうでもいいや!

 ゴルドおじさんに声をかけられるまで、あたしとハイドラはひたすらじゃれあっていたのだった。


「なあルトリーちゃん、その子は一体なんなんだ!?」

「ドラゴン、らしいんですけど。卵から生まれた時にあたしを見たから、あたしのことを母親だと思ってるみたいで」

「ドラゴンの卵を拾った上に、孵化させちまったのか……いや、だがそんなことはどうでもいいな、大事なのは結果だ結果! ハイドラちゃん、君のお陰で村がたつかりまちたよー!」


 赤ちゃん言葉でハイドラに迫るゴルドおじさん。

 その様を見てると、初孫を甘やかすおじいちゃんを連想させる。

 近づいてきたおじさんに、ハイドラは手を伸ばすとその髭を思いっきり掴んだ。


「おー?」

「おっ、ハイドラちゃんはおじちゃんの髭が気に入ったんでちゅかー? いいでちゅよー、好きにさわ……がああぁぁぁっ!?」

「だぅ、あうぅ!」

「ハイドラ、ちゃ……ひっ、ひっぱらなっ……! ち、ちぎれるうぅぅっ!」


 髭を引っ張られ、頭ごとガクンガクンと揺らされるゴルドおじさん。

 まるで玩具で遊ぶようにそれを愉しむハイドラ。

 かなり痛そうだけど、見てる分には面白いので放っておくことにした。


「あ、ちょ、ちょっ! これは洒落にならんっ! ルトリーちゃんっ、とめっ、とめてくれえぇぇぇぇっ!」


 村におじさんの野太い咆哮が響き渡る。

 あたしはおじさんとハイドラのやり取りを、微笑ましく見守っていた。

 そんなこんなで、ハイドラのおかげでピリンキの村は、どうにか突発イベントを乗り越えることに成功したのだった。






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