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029  きっと、この旅には意味があった

 





 長い道のりを経て、リレアニアにたどり着いたあたしたちは、門の前で立ち止まった。

 両側には門番の兵がそれぞれ1人ずつ立っている。

 異変に気づいたハイドラが右側の兵に近づくと、その顔を覗き込んだ。


「うわっ!?」


 途端に、のけぞりながら驚く。


「どうしたの、ハイドラ」

「この人……顔が、無い!?」


 そんな化物みたいな人間が居るわけが、とあたしも近づいて顔を覗き込むと――確かにハイドラの言うとおり、彼には顔が無かった。

 のっぺりと塗りつぶしたように、ただ肌色の肌があるだけ。

 嫌な予感がして、もう一方の兵の顔も覗き込むと、今度は口しか残っていなかった。


「ようこそリレアニアへ!」


 急に声を出す兵に、体がびくっと反応する。


「ようこそリレアニアへ!」


 意識があるのかと思ったけど――


「ようこそリレアニアへ!」


 違う、この人ももう、壊れてるんだ。

 あたしは振り返り、テニアの方を見た。

 故郷の人がこんな状態になってるってことは、もうミーンさんも――そんな考えが浮かんでしまったから。

 けれど、あたしと目を合わせた彼女は、意外にも笑顔を見せてくれて。


「行こう」


 まるで”わかってたことだから”と言わんばかりに、先陣を切ってリレアニアへと足を踏み入れた。


「無理してるってわけでもなさそうね」

「パッチラもそう思うかな、でも傍に居てあげた方がいいと思うよ?」


 テニアを追って進みだしたミカとパッチラが、すれ違いざまにあたしに言った。

 確かに、もしわかっていたとしても、覚悟を決めていたとしても、辛いものは辛いはず。

 あたしが、傍にいてあげないと。


「行こう、ハイドラ」

「うんっ!」


 遅れて、あたしとハイドラもリレアニアに入った。




 ◇◇◇




 テニアが暮らしていたという屋敷は、町の外れにあるらしい。

 あたしたちは彼女に案内されながら、リレーン公国最大の町の大通りを歩いて行く。

 本来なら人々で溢れているはずのその場所は――確かに沢山の人は居たけれど、どうにも様子が違っていて。


「あああああああああああああ」


 意味もなく叫ぶ人。


「いらっしゃい! いらっしゃい! 生きのいい魚だよ!」


 何も無い場所で客引きをする商人。


「あら、リンダさん! そこにいたのね。リンダさん、リンダさん? あら? リンダさーん!」


 ニールがそうだったように、居ないはずの誰かを探すおばさん。


 ただ行動がおかしいだけならまだいい。

 けれど、肌の色が変色していたり、体のパーツの位置が狂っていたりと、肉体的な異変が起きている人は見るに堪えない。

 資格だけならまだしも、周囲に滴る血やあらゆる体液、排泄物の匂いで、大通りは地獄のような有様だった。


 それでも、”わかっていた”とでも言うようにマイペースに進むテニア。

 あたしは彼女の隣に駆け寄ると、その手を握った。


「ルトリー……私は平気なんだが。人の死ならここに来るまでの間に何度も見てきたし、それに私は故郷の人々を愛しては居ないからな」

「それでも、隣で手を繋いでるぐらいはいいでしょ?」

「……ありがとう」


 お礼を言うってことは、やっぱり辛かったんじゃない。

 縁もゆかりもない人間が見たって辛いんだから、そりゃ縁もゆかりもある人間がみたらもっと辛いでしょう。

 それを少しでも軽減できたのなら――そして苦痛を分かち合えて”嬉しい”と思える関係になれたことも、あたしは嬉しい。




 ◇◇◇




 大通りを抜け、町の中とは思えないほど閑散とした――良く言えば自然であふれた道を抜けると、そこに屋敷はあった。

 庭だけで、あたしが借りてた家が10個は入りそうな、2階建ての豪邸。

 鉄格子の門を開くと、真っ直ぐに玄関に向かって進み、テニアは淡々と両開きの扉に手をかけた。

 鍵はついているようだけど、かかってはいないみたいで。

 ギイィィィ。

 テニアガ両手に力を入れると、扉はたやすく開く。

 そしてあたしたちは、広いエントランスに迎えられた。

 天井にはシャンデリア、床には赤いカーペット。

 壁には数々の絵画が飾られ、壁際に置かれた華美な絵が描かれた花瓶には――しなびた花が刺さっていた。

 テニアもあたしと同じく、一瞬だけ花瓶に視線を向けると、目を細めてすぐに別の場所を見た。

 気づいたんだと思う、しばらく誰も世話をしていないってことに。

 けれど彼女は見なかったふりをして、入って左にある扉へと向かった。

 扉の向こうには、廊下が続いている。

 家の中なのに迷ってしまいそうな広さで、やっぱり王族となると違うんだな、と実感させられる。

 テニアは迷いなく廊下を進むと、一番奥の扉の前に立った。


「ここがミーンの部屋だよ」


 曰く、この部屋で、ミーンさんは他の使用人に世話をしてもらっているそう。

 その割に、ここまで1人も使用人を見かけなかったけれど――果たして、本当にここにいるのかな。

 いや、というより……居ない方が、テニアにとって幸せなんじゃないか、って。

 そう思うんだ。

 けれどこれはテニアの事情、あたしが口を挟むことじゃない。

 彼女はドアノブに手をかけると、ゆっくりと開いていった。

 部屋の中から漂ってくる、奇妙な匂い。

 甘い花の香りと、生くさい臭いが混じって、吐き気を催してしまう。

 反射的に手に口を当てた所でテニアと目があって、あたしは慌てて手を降ろした。


「ごめん、ミーンさんの部屋なのに」

「いいよ、私も気持ち悪いと思ったから」


 臭いの正体は、部屋に入るとすぐにわかった。

 ベッドに横たわる、痩せこけた女性の死体。

 そして、死体の周囲に撒かれた透明な液体は――コロン、みたい。

 誰かが腐敗臭に焦って、かけたのかな。

 奇妙な部屋の状況に首を傾げつつも、ふと部屋に隅に目をやる。


「ひっ!?」


 思わず引きつった声が出てしまう。

 なにせ、そこには膝を抱え俯いた女性が居たんだから。

 金色の髪が完全に顔を隠していて、怪しいことこの上ない。


「まさか、クラン?」


 テニアが一歩前に出て、彼女に問いかける。


「クランって?」

「ここのメイドで、ミーンの世話も見てたはずなんだけど」


 つまり、姿の見えない屋敷のメイドの1人、ってことね。

 それがどうして、死体の眠るこの部屋に?


「テニア、さまですか?」

「ああ、私だよ」

「あぁ……良かった、無事だったのですね。無事に、帰ってきてくれたのですね!」


 顔を上げたクランは嬉しそうに笑顔を浮かべたけれど、やはり彼女の頬がこけてしまっている。

 長い間、この部屋に何も飲み食いせずに居たのかもしれない。


「一体何があったんだ?」

「屋敷のみんなが、おかしくなっていって……助けを求めに町に行っても、城に行っても、みんなおかしくて。まともなのは、ミーンさんと私だけでした」

「ミーンが……」

「でも……ミーンさんが、先に逝ってしまって……私も、このままじきに死ぬんだろうな、って」

「じゃあ、あのベッドの上に寝ているのは」

「はい、ミーンさんです」


 ああ、やっぱり。

 変わり果てた姿で、目を背ければ他人だと思いこむこともできた。

 けれど、こうしてクランの口から聞いてしまった以上は、もはや認めるしかない。

 テニアが命をかけて旅をしてでも助けようとした女性は――すでに、息絶えていた。

 必死に探した薬草も、リレアニアまでの旅も、結局当初の目的は、何も果たせなくて。

 あたしですら、途方もない失望感でいっぱいなのに、テニアはどんな気持ちなのかな。


「ミーン……」


 ふらふらと、覚束ない足取りでベッドへと近づいていく。

 そして、腐敗の始まったミーンの頬に触れ、下唇を噛んだ。

 わかっていても、覚悟していても、流れるものは流れる。

 雫が、頬をひと伝い。

 静かな部屋に微か、ぽたりと涙が滴り落ちる音が響いた。

 彼女にかける慰めの言葉は持っていない。

 あたしも、ハイドラも、ミカも、パーチラも、そしてクランも、部屋に居るものは全て、彼女の涙を静観することしかできなかった。




 ◇◇◇




 ミーンの死の真相は、クランの持っていた彼女の遺書と、そして彼女自身の持つ情報によって明かされることとなった。

 あたしたちはミーンの部屋の隣、クランの私室に集まり、彼女の話を聞いている。


「ミーンさんは、病気なんかじゃなかったんです」

「だったらどうして?」

「おそらく、女王陛下の指示で食事に毒を仕込まれたのではないかと」

「そんな馬鹿な、何のために!?」

「……嫌がらせですよ、テニア様に対する」


 それを聞いたテニアは、顔に手を当てながらふらりとバランスを崩した。

 慌ててあたしとハイドラが近づき、体を支える。

 テニアはあたしたちに抱きとめられながら、「そこまで……」と絶望しながらつぶやいた。


「おばあさまは、そんなに私の事が嫌いだったのか」

「テニア様……」

「お父様もそうだった。やはり、私に血の繋がった家族などは居なかったということか」


 クランは無言だった。

 それは肯定を意味していて。

 いたたまれなくなったあたしは、テニアの体を強く抱きしめる。


「ルトリー……ふふ、心配してくれているんだな」

「当然じゃない」

「……やはりそうだ。血の繋がった家族は居ないが、血の繋がらない家族なら見つけることができた」


 抱き合うあたしたちを見て、クランが優しい目をテニアに向ける。


「そう呼べる人がミーンさん以外に見つかったんですね、テニア様」

「ああ、旅に出たおかげでな」

「それならミーンさんも浮かばれます。死ぬ前も、そして遺書でも、ずっとテニア様が孤独になることを心配していましたから」


 ミーンさんの遺書には最後まで通して、テニアに対する想いが綴られていた。

 毒やテニアの親に関する不幸な話は一切省かれ、ただただ、綺麗な思い出を遺し、幸福な未来を願う文章が、ひたすらに。

 それを見ただけで、ミーンさんという人物がどれだけテニアのことを想っていたの、すぐにわかってしまう。

 そして同時に、果たしてあたしなんかの気持ちで彼女に勝てるのかな、って不安も。

 いや――この場合、不安じゃなくて、”勝たないといけない”っていう決意にしとかないとね。


「そういえば、テニア様はこのあとどうするつもりなのですか?」

「リレアニアが最終目的地だったんだ、ここで明日まで休んで、そして――」

「そして?」


 メサイアプロジェクトの始動を、待つ。

 けれどそれを、今からクランに説明しても彼女を混乱させるだけ。


「ゆっくり、大事な人との時間を過ごそうと思う」

「そう、ですか。そうですね……それが、一番だと思います」

「クランはどうする?」

「私は、実はリレアニア内に好きな場所がありまして、そこで最後を待とうと思っています」

「そうか、ならじきにお別れだな」

「はい、最後にテニア様と会えて。そしてまとも(・・・)な人間と話せて、私は幸せでした」


 クランは心の底からの笑顔を見せてくれた。

 世界の崩壊を前にして、あたしたちの存在が少しでも誰かの支えになったのなら。

 ここに居るだけで希望になるというのなら、ここまで必死でたどり着いた甲斐もあったってもの。


 それから数時間後、準備を終えたクランは屋敷を出ていった。

 最後にあたしたち一人ずつとしっかり握手して、”生きた人間の感触”を手のひらに焼き付けて。

 言うまでもなく、それは最後の別れである。


 その後、あたしたちはテニアの屋敷でゆっくりと休みながら、翌日の正午――メサイアプロジェクトの始動を待った。






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