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022  別れが辛くなるだけだってわかってるくせに

 





 魔導車に揺られながら、次の町――フルレに向かう車中、そこに一切の会話は存在しなかった。

 後ろの席に乗ったハイドラは不安そうにあたしの腕にしがみつき、テニアも暗い表情で寄りかかる。

 ミカも思う所があるのか、無言で前を見つめて運転を続けていた。

 そしてあたしもまた――恩人たちが壊れていく姿を目の当たりにして、言い知れな無い不安を感じていた。

 不安の種は1つや2つじゃない。

 世界の崩壊、大事な人の死、自分自身も同じ末路を迎えるのではないかという恐怖。

 それらは何の前触れもなくあたしたちの前に現れて、何もかもを奪っていく。

 それでもあたしが”ハイドラとテニアを支えよう”と思えているのは、リレアニアに行けば何かが解決するかもしれない、と言う根拠のない希望のおかげだった。

 いざたどり着けば消えてしまう、儚い望みなのかもしれない。

 だけど――今は、そんな物にでも頼らないと、崩れ落ちてしまいそうだから。




 ◇◇◇




 フルレはリレアニアの西にある町で、首都に最も近い町であるキキーリに比べると人口も少なく、何かと地味な場所。

 そのおかげなのか、ドリュウンと違って世界崩壊の影響はさほど大きくないみたいだった。

 もっとも、外から来たあたしたちにそう見えてるだけで、とっくに壊れているNPCも多いのかもしれないけど。

 きっと、そういう人は”体調不良”とか”病気”って扱いを受けて、診療所なり家なりに引きこもってるはずだし。


 魔導車を降りたあたしたち4人は、真っ直ぐに宿に向かう。

 フレイヤが消え、暇そうにしていた宿の主は、久々の客を丁重にもてなした。

 4部屋使ってくれていいとまで言われたものの、ハイドラとテニアが強く拒む。


「ママと一緒に寝たいので!」

「私も……ルトリーと一緒に居たいから」


 って理由まで言わないでいいんだってば、ほら変な顔されてるし!

 あたしはその場を苦笑いで誤魔化しながら、店主から鍵を2つ受け取り、部屋へと向かった。

 部屋は分けておかないと、さすがにこんな状況なのに目の前でべたべたされたら、ミカもいい気分しないだろうしね。

 廊下を進み、突き当りの両側があたしたちの部屋だった。


「1人じゃ広すぎるんじゃない?」


 鍵を穴に差し込みなが遠回しにミカを部屋に誘ってみたものの、彼女は首を横に振る。


「少し考えたいことがあるの」


 あんまり考え込んで欲しくなかったから誘ったんだけど、そう言われちゃ無理にってわけにもいかないか。


「そっか、なら夕食の時にまた会いましょう」


 ミカは「うん」と力のこもっていない笑みで返すと、部屋の中へと消えていった。

 少し不安だけど、あたしが考え込んだってしかたない。

 こちらも鍵を開け、中に入る。

 お世辞にも綺麗とは言えない部屋だったけど、広さはそこそこで、ベッドも2つ設置してある。

 たぶん1個しか使わないんだろうけど。


「えいっ!」


 部屋に入るなり、ハイドラがジャンプしてベッドに飛び込んだ。

 まったく、図体は大きくなってもこういう所は子供なんだから。

 と微笑ましくベッドの上ではしゃぐハイドラを見ていると、何を思ったのかテニアももう1つのベッドに飛び込もうとジャンプし――


「うぶっ」


 高さが足りず、角で足を引っ掛けて倒れ込んでしまった。

 運動神経無いくせに無理するから……。


「ぷ、ふふふっ、もう2人とも何やってんのよぉ」

「えっへへー、ベッドがあったから、思わずやっちゃった」

「ハイドラを見てルトリーが笑ってたから、私でも笑ってくれるかと思ったんだ……」


 どっちも可愛すぎる理由だった。

 ま、たぶんだけど――あたしを元気づけようとしてやってくれたんだろうな。

 無理してたの、バレてたのかも。


「……ありがとね」

「ママにお礼言われるようなことは、何もしてないよ?」

「私も、やりたいことやっただけだ」

「それでもありがと」


 言いながらベッドに腰掛けると、ハイドラがあたしの背中に抱きつく。


「よくわかんないけど、あたしもありがとー!」


 テニアはあたしと手を重ねながら、顔を赤くして上目遣いで言った。


「一緒に居てくれて、と言う意味ならありがとうと言うのは私の方だぞ」


 だから、あたしはそういうトコにお礼を言いたいの。

 でも言葉じゃ上手く言い表せないから、行動で示そうと思ってテニアを抱きしめる。

 そしたらハイドラもさらに腕に力を込めて、雪崩込むようにベッドに倒れ込んで。

 あたしたちはしばらくの間、特に意味も理由も無く、柔らかなベッドの上でじゃれ合い続けた。

 残り少ない時間を惜しむように。




 ◆◆◆




 ミカが部屋に入ると、パッチラはすでにベッドに腰掛けていた。

 姿を現すだろう、と予測はしていたものの、まさか先に部屋に入っているとは。

 不法侵入よ、と軽く怒ろうかとも思ったものの、ミカの顔を見た瞬間に笑顔を浮かべるパッチラを見て、そんな気も失せてしまった。


「会いに来たよ、ミカ!」

「昨晩会ったばっかりだし、ずっと着いてきてたんでしょ?」

「えっ、バレてた?」

「バレバレ。私はフレイヤなんだから当然じゃない」

「完全に気配は消してたつもりだったのに……」


 不満げに口を尖らせるパッチラ。

 ミカはその横に腰掛けると、妹を見守る姉のように優しく微笑んだ。


 まだ出会ってそう時間は経っていないが、ミカはすっかり彼女に心を許していた。

 パッチラの方も同様に、無防備な笑顔を見せる程度には心を開いている。

 2人が急速に距離を縮めた理由は、言うまでもない。

 ……傷の舐めあいだろう。

 そんなことはミカだって承知している。

 だが、結果としてそれが2人を救っているのなら、傷の舐めあいの何が悪いと言うのか。


「パッチラも堂々と旅に着いてきたらいいじゃない」

「でも、パッチラは悪魔だから、きっと嫌な顔されると思う」

「そんなこと無いと思うよ、あの子たち懐が広いから。それに、”どうしても嫌”って言われたら、私がパッチラと2人で旅をしたらいいだけだし」

「ミカは、パッチラと2人でいいの?」

「きっと楽しい旅になると思ってる。パッチラはそう思わない?」

「思う! ミカと一緒だったら絶対に楽しい!」


 そう力説するパッチラに、ミカは彼女の目をしっかりと見つめながら「でしょ?」と頬を綻ばせる。

 視線を絡ませた2人はしばし無言で見つめ合う。

 そして数秒の沈黙の後、無性に楽しくなって、急に肩を震わせて笑い始めた。


「ふ、ふふふっ、ほんと、私だってパッチラのこと見てるだけでこんなに楽しいもん」

「パッチラも! こんなに楽しいなら、もっと早くにフレイヤに近づいておけばよかった!」

「む、フレイヤに、じゃないでしょ?」

「そっか、ミカだから。ミカだからこんなに楽しいんだねっ」

「そういうこと。私だって悪魔だったら誰でもいいわけじゃないんだから」


 言いながら、ミカの指先がパッチラの手の甲に触れる。

 急なスキンシップにパッチラは一瞬だけ驚いたが、すぐに嬉しくなって、自ら手を重ねて、指を絡めた。

 温かい。体温がある。

 なのに――どうして簡単に、切り捨てることができるのだろう。

 ミカは考える。

 彼女にとって、この世界のNPCは命だ。

 NPCはは生きている。

 そう真顔で主張したら、きっと人間たちは笑うんだろうな。

 所詮ゲームの中のキャラクターじゃないか、人間の手によって作られ、決められた行動を取っているだけだ。

 人間と同じ表情を見せても、それは上辺だけもの。

 感情があるようなフリをして、その中身には何も入っていない。

 作り物、だから――簡単に捨ててしまえる。


「ねえ、ミカ。さっきの旅のことだけどね」

「うん?」

「少し、時間が欲しいの。パッチラもミカと一緒に行きたいけど、仲間とも話あわなきゃいけないから」


 他の悪魔だって、この世界にはまだ生きている。

 生きて、存在意義の喪失をどう克服するか、パッチラ同様に悩んでいる。

 本当はもう一時も離れたくないぐらいだったが、ミカはそんな身勝手さを飲み込んで、返事をした。


「……わかった」

「話が終わったら、絶対にミカの所に来るから!」

「待ってるね、いつまでも」


 そう長い時間が残されていないことは知っている。

 それでも、”いつまでも待つ”――その想いは偽りではない。




 ◆◆◆




 夕食まではまだ時間がある。

 じゃれあい疲れたあたしとハイドラは、体力を使い果たしてしまったテニアを部屋で休ませてから町へ繰り出した。

 1人で残す不安はあったけど、テニア自身が「足かせにはなりたくないから、行ってきて」と送り出してくれた。


「んっふふふ、念願のママとデートだー!」


 ハイドラのテンションはやけに高い。

 がっつりと腕を組んで、ぴったりと肌を密着させて、引っ張るようにフレルの中央通りを通っていく。

 ただし、田舎町なだけあって、観光で見るような場所も、大したお店も出てないんだけどね。

 でも、ハイドラはあたしと一緒に歩けるだけで幸せみたいで。

 そんな彼女の笑顔を見ていると、あたしまで幸せになってくる。


「ずっとこうしてたいな。リレアニアの用事が終わったら、テニアさんも一緒に、3人でゆっくり過ごしたいね」

「そうね……」


 世界の崩壊さえ止まれば、ね。


「特別なことなんて何もいらない、ママさえそばに居てくれればそれでいい。きっと、テニアさんも同じ気持ちだと思う」

「嬉しいけど、あんまりはっきり言われると恥ずかしいわ」


 ただでさえ、町中なのに距離が近くて顔が熱いのに。


「大体、ハイドラはあたしのどこがそんなに好きなの? 正直に言って、そこまで魅力的だとは思えないんだけど」


 フレイヤ曰く、人気はあるらしいんだけどさ。

 でもそれって、あたしがポンコツだからでしょ?

 でもハイドラやテニアは、そういう理由であたしのことを好きになったとは思えない。


「可愛くて、放っておけない?」

「そういう理由なの……?」

「でも一緒にいると頼もしくて、心が暖かくなって。うーん……具体的にって言われると難しいけど、理由はとにかくいっぱいあるの。ママは、あたしに色んな物をくれた。だからその分好きに――大好きになったの!」


 ……結局、よくわからなかった。

 ただ、ハイドラがあたしのことを相当好いてくれている、という事実が判明しただけで。

 でも確かに、好きとか嫌いとかって、そんなもんなのかもね。

 明確な理由なんて、どこにも無い。


 気づけば、あたしとハイドラは町の出口までたどり着いていた。

 やっぱり狭いわよね、ここ。

 ハイドラはまだ歩き足りなさそうだし、このまま往復しちゃうかな――と向きを変えると。

 家の影に、うずくまる人の姿を目撃。

 汚れてるし、浮浪人だったら危ないから近づかないんだけど、あたしはその人物に見覚えがあった。


「ママ、どうしたの?」

「あれって……洞窟で会った、帝国の軍人さんじゃない? 名前は確か、ヴァイオラさんだっけ」


 名前を呼ばれて、彼女はゆっくりと顔をあげ、あたしの方を見た。

 土で汚れ、かなりやつれているものの、間違いない。

 なぜ、彼女がこんな田舎町で、しかも薄汚れた姿になって――

 脳裏によぎる疑問への答えは、すぐに出た。

 彼女は帝国の軍人、しかも将官。

 母国に強い忠誠を誓っていたはず。

 けど今や、ドライネイト帝国はその半分以上の領土が消失している。

 帝都も消えているって話で、つまり忠誠を誓っていた皇帝ももう、居ない。


「あ……ぁ、私は……」


 立ち上がる体力すら無いのか、這いずるようにあたしの方に近づいてくると、辿り着く前に力尽きたように動かなくなる。


「ヴァイオラさんっ!?」


 あたしは彼女に駆け寄り、名前を呼びながら体を揺らす。

 ……反応はない。

 でも呼吸はまだあるみたいだし、まだ助かるかもしれない。

 ハイドラとアイコンタクト、意図を察した彼女は倒れたヴァイオラさんに駆け寄る。

 あたしはハイドラと一緒にその体を抱き上げると、急いで宿へと運ぶのだった。






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