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002  お前がママになるんだよ!

 





 シーレント深林。

 そこは初期町ピリンキの南西、シーレント森林のさらに奥にある、初心者を卒業したプレイヤー向けの狩場である。

 出現モンスターランクはC。

 モンスターランクEのシーレント森林に比べ、敵が強い分だけドロップや採取可能なアイテムの質はぐっと上がる。

 だが他所のモンスターランクCの狩場と比べてやけに敵モンスターの追尾範囲が広く、状態異常を使ってくることも多いため、美味しい狩場かと言えば微妙である。

 そんな状況を鑑みてか、一度だけ運営が”テコ入れ”を行ったらしいが、何が変化したのかは不明。

 20XX年7月アップデートでピリンキとの直通ポータルが開通され、多少は狩りやすくなった。

 一部のルトリーファンが、いわゆる”ルトリークエ”を達成するために出向くことがあるので、人とすれ違うことは多い。

 また、深林内には沈黙の洞窟と呼ばれるダンジョンも存在しており、後述の連続クエストのクリアに必要なアイテムが眠っているため、そこに上級者が通うこともある。


(FSO完全攻略wikiより抜粋)




 ◆◆◆




「はぁっ、ひぃっ、ふうぅっ!」


 少しずつピリンキに繋がるワープポータルに近づいていたあたしは、未だにモンスターに追われ続けていた。

 他のモンスターは撒いたんだけど、ダーティウルフがしつこすぎる!

 かと言って真正面から戦って勝てるわけでもないし。


「はぁ、はぁ……あれ、って……」


 そんな時、あたしの前の方にドロップアイテムが見えた。

 消える直前、フレイヤさんがモンスターを狩っていたのかもしれない。

 落ちていたのは”オークの肉”。

 食用として使えないことは無いけど、やたら臭いその肉をあたしは拾い上げた。

 そして、虎の子であるスキルを発動させる。


「アイテムボックス、オープン!」


 走るあたしの目の前に、円形の口が開く。

 その向こうには、亜空間が広がっていた。


 これが、フレイヤさんたちから”ポンコツ”だの”バグ”だの”外れ”だの好き放題呼ばれてた、スキル『アイテムボックス』。

 本来は大量のアイテムを収納できるとっても便利なスキルなんだけど――あたしのは、入れた瞬間にアイテムが腐ってしまう。

 これじゃ使い物にならないっての。

 しかも、”アイテムボックス”って言う似たような効果を持ったアイテムが、その辺に売ってあるってのもひどい話。

 じゃああたしのスキルは何のために存在してるんだ、って話でさ。

 でも一応は――”この”アイテムボックスにしかできない芸当だってある。


 手に持ったオークの肉を素早く開いた穴に入れ、そして素早く引き抜く。

 これ、素早く出し入れするのがポイントね。

 入れすぎると朽ち果てて肉の原型すらなくなっちゃうから。

 そして完成したのは、強烈な腐臭を放つ”腐ったオークの肉”。

 ……うーん、何度見ても女の子が持ってちゃいけないアイテムだと思う。

 でも背に腹は代えられない。

 あたしは腐った肉を、ダーティウルフ目掛けて投げつけた。


「ガルッ……キャウウゥゥウンッ!」


 肉は見事にダーティウルフの顔面に命中。


「よっしゃ、我ながらナイスショットォ!」


 あたしは思わずガッツポーズをしてしまう。

 ダーティウルフは匂いに敏感で、例え隠れていても鋭い嗅覚で獲物の位置を察知してしまう。

 だから、それを逆手に取ったってわけ。

 嗅覚の優れたダーティウルフにとっちゃ、腐ったオークの肉なんて地獄そのものでしょうよ。

 手で触っただけのあたしにとっても地獄なんだからね。

 ああ、早くピリンキに戻って手を洗いたい!




 ◇◇◇




 無事に逃げおおせたあたしは、息を整えながらワープポータルに向かう。

 そして、ようやくポータルが見えてきた頃――


「こ、これって……まさか……!」


 あたしは、道中でとんでもない物を見つけてしまった。

 ソレ(・・)に意識を向けると、上にアイテム名が表示される。

 文字色は、金。

 つまり――


「ドラゴンの卵? こんなレアアイテムがどうしてここにっ!?」


 ランクU(ユニーク)のアイテム、ドラゴンの卵。

 アイテムのランクはE、D、C、B、A、S、U、Lとあって、つまり上から2番目ってことになる。

 普通に生きてる分には、ランクSのアイテムを見ることだってほとんどない。

 なのに、ランクU……Uのアイテムが……これさえあれば、私は――


「家賃が払えるじゃない!」


 そう、あたしは現在進行形で家賃を滞納しており、大家から家を追い出される直前だったりする。

 孤児院から冒険者として独立して早1年、冒険者にさえなれば安定した稼ぎを得られると思ったあたしが馬鹿だった。

 現実はそう甘くない。

 ましてや、ポンコツスキルしか持たないあたしなんかに仕事を回してくれる聖人が居るわけもなく、日々ちまちまと薬草を売る毎日。


 でも、ドラゴンの卵さえ売ってしまえば――”3億ゴールド”は堅い。

 3億って言ったら、家賃……いや、家買えちゃうし。と言うか、2億でも一生遊んで暮らせちゃうし!

 そのうち1億を孤児院に渡せば、この先10年は安泰になるはず。

 夢が広がる、広がるけど……問題が2つ。


 まず1つ目、言うまでもなく、あたしは今モンスターに追われているということ。

 そして2つ目、ドラゴンの卵があまりにでかすぎるということ。

 1メートルぐらいあるんじゃないかな、とにかく手で持って帰れる大きさじゃない。


 その2つの問題点を解決する手段は、1つしか無く――


「あれを使うしかないかぁ……」


 ガクッ、とうなだれながらぼやく。

 中身が腐ることを覚悟の上で、使うしか無かった。

 腐ってても、1億ぐらいの価値はあるはず。たぶん。

 ……くっ。

 ええい、迷ってる暇なんて無いわ!


「アイテムボックス、オープン!」


 ドラゴンの卵に手を当て、あたしはスキルを発動する。

 すると、くぱあっ、と空中に開いたドラゴンの卵を飲み込んでいき、一瞬にして卵はあたしの目の前から消えてしまった。

 これで、収納完了。

 ほんと、腐りさえしなければ便利なスキルなんだけどねえ。


「じゃあ今度こそ帰りますかっ!」


 モンスターに見つからないうちに、とあたしはポータル目掛けて一直線。

 すたこらさっさと逃げおおせ――何とか無事にピリンキまで帰還したのだった。




 ◇◇◇




 町に戻ると、とある人物があたし目掛けて駆け寄ってきた。

 私に見せつけるように両胸の肉塊をバルンバルンさせているのは、道具屋を営んでいるマルルンさん、32歳。

 影ではこっそりバルルンさんって呼ばれてるけど、彼女はそれを知らない。


「ルトリーちゃあんっ、無事だったのねー!」


 おっとりとした口調で、あたしの手を握りながら目の端に涙を浮かべるおっぱいモンスター。

 この様子だと――


「やっぱりピリンキでも、フレイヤさんたちが消えちゃったの?」

「そうなのよぉ、クエストは途中でほっぽり出されるし、モンスターを倒せる人は居なくなるしで大騒ぎなんだからあ」

「何が起きたのかしら、今までこんなことは一度も無かったのに」

「消える直前、フレイヤさんたちが”サービス終了”って言葉を言ってたらしいんだけど……」

「サービス終了?」


 一体、何のサービスが終わるって言うんだろう。

 どうしてそれが終わると、フレイヤさんたちは居なくなるの?

 フレイヤさんが良く言ってた、”クソウンエイ”や”カソゲー”って言うのと何か関係があるのかな……。

 一応、良くない言葉だ、ってことだけはあたしにもわかる。


「とにかく、異常事態ってことね。あたしもしばらくは深林にいくのは諦めようと思う」

「それがいいわぁ、死んじゃったら元も子もないものぉ」


 それから軽く会話を交わし、あたしはマルルンさんと別れ家へと戻った。

 早くドラゴンの卵を外に出さないと、腐って大変なことになっちゃう!

 そんな焦る気持ちから、あたしの足は自然と走り始めていた。




 ◇◇◇




「おかえりー!」


 と自分で自分を迎えながら、大急ぎで靴を脱ぎ部屋に上がる。


「アイテムボックス、オープン!」


 そして、早速アイテムボックスからドラゴンの卵を取り出した。

 どすんっ!

 床が抜けそうなぐらい重たそうな音と共に、姿を現すマーブル模様の巨大な卵。

 どうやら見たところ、腐ってもないし、朽ち果ててもないみたいだけど……。


「さっすがユニークアイテム、そんじょそこらの肉とは違うわね」


 と、感心してる場合じゃない。

 ドラゴンの卵の真価は、中身にあるんだから。

 そのまま生で食べてもステータスアップ、調理スキルを持つ人に料理してもらえばさらに倍率アップ!

 ……と言っても、それはフレイヤさんに限定した話であって。

 一般市民(NPC)であるあたしたちには関係ない話なんだけどね。


「そういや、フレイヤさん消えちゃったんだよね。ってことは、売る相手も居ないんじゃない……?」


 完全に失念してた。

 売る相手も居ない、使い道も無いとなると――せいぜい壺代わりの置物ぐらいにしか使えないってこと?

 こんな巨大な卵を?

 そんなことしたって、家賃も払えないのにそんな物置いてどうすんだって、あの鬼みたいな大家さんに怒られるだけじゃないのよー!


「この役立たずっ、ゴク潰しっ!」


 ぺしぺしと卵を叩いてみるものの、固くてビクともしない。

 叩いてるあたしの方が虚しくなってきたわ。

 卵さんごめんね、八つ当たりしちゃって。


「それにしてもかったいわねえ、これ」


 もしかしてこれ、フレイヤさんが居ないと割ることすら出来なかったりしてね。

 まったく、こんな分厚い殻じゃ赤ちゃんだって出てこれないんじゃないの?

 まあ、ドラゴンの卵が孵化したなんて話、聞いたことないけど。

 なにせ、孵化に50年はかかるって話なんだもん。

 そんな面倒なことするぐらいなら、中身を食べてステータス上げた方が早い、ってフレイヤさんたち言ってたらしいし。


「はぁ。マイホームの夢、破れたり……」


 ドラゴンの卵に手を付きながら、がっくりとうなだれる。

 儚い夢だった。

 いや、儚いからこそ夢なのか。

 堅実に冒険者として生きていけってことなのね。

 でもなあ、非力な上に外れスキルしか持ってないあたしじゃ、生計を立てることもできず。

 フレイヤさんが消えて護衛クエストも任せられないとなると、収入源も断たれ、このままじゃ家賃どころじゃなく食費すら賄えなくなってしまう。


「ああ、空からお金降ってこないかなあ……いっそ食べ物でも良いから降ってきて欲しいなあ……最高級肉5kgとか」


 そんなアホなこと言ってたって、空から何かが降ってくるはずもなく。

 ここで降ってこられたら天井に穴が空いて大家さんに怒られるんで、やっぱやめとこうと考え直した所で――

 パキッ。

 あたしの耳に、何かが割れたような音が飛び込んできた。

 ボロ家だから、またどこかの柱でも軋んでるのかな――と思いきや、音は一度だけでは済まない。

 パキ、パキパキッ!

 しかも、かなり近くから聞こえる。


「まさかねぇ……」


 あたしはドラゴンの卵の裏に回り込み、殻を観察した。

 うわ、ヒビが入ってる。

 しかも一箇所だけじゃなくて、何箇所も!


「ひええぇぇっ、もしかして叩いた衝撃で割れちゃった? まずいわ、白身がこぼれたら資産価値が下がるっ! 皿――じゃ小さいから、桶っ、桶を持ってこないと!」


 往生際の悪いあたしは、3億をまだ諦めきれない。

 風呂場に全力ダッシュ、大きめの桶を持ってくると、素早くドラゴンの卵をそれに載せようとした。

 でもあたしはその時、大事なことを失念してたの。

 卵が、めっちゃ重いってことに――


「一回アイテムボックスに入れる? いや、そんなことしたら絶対に腐るし……あぁぁっ、また割れてるうぅっ!」


 錯乱状態のあたしをよそに、卵はどんどん割れていく。

 そんな卵の中から溢れてきたのは、白身ではない。

 光、だった。


「なんで卵が光ってるの? 何が起きてるの!? あたしが何したって言うのよー!」


 やがて横一直線に入ったヒビの端と端がくっつくと、割れた殻の上部が持ち上がり、中から何かが姿を現す。

 これまた、光、だった。

 光の玉が、ふわふわと浮かんで……たぶん、あたしの方を見ている。

 あたしは恐る恐る手を伸ばすと――光も、自らあたしの手に近づいてきた。

 温かい。

 まるで人の肌のように暖かくて、あたしはそこに、”命”の息吹を感じた。

 光は、あたしが触れたことで徐々に明るさを増していき、やがて何も見えなくなるぐらい視界が真っ白になる。

 わかるのは、手のひらに感じる温かさが、徐々にはっきりしていっていると言うことだけ。

 そして、光が晴れると――


「まーま?」


 そこには、宙に浮かぶ、2歳ぐらいの女の子の姿があった。

 背中の小さな羽に、頭から伸びる2本の角、そしてお尻から伸びる可愛らしい尻尾。

 これは、どこから見ても……ドラゴンの子、だよね。


「あは、あははははは……」

「まま? まーま?」


 フレイヤさんの消失に、生まれてしまったドラゴン、そしてなぜか”ママ”と呼ばれるあたし。

 完全に脳の処理許容量を超えた情報の奔流を前に、あたしはもう笑うことしかできなかった。






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