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018  ターニング・ポイント(そろそろ現実逃避はオシマイ)

 





 無事、薬を作ることができたあたしたちは、ピリンキの生存者と共に旅に出る。

 避難先の町に到達するまでは、唯一生き残った冒険者として町の人たちを護衛しないといけない。

 トカゲ車の数も足りないので、それぞれが必要最小限の荷物を持って、徒歩でタイタンの襲撃から逃れた東の町――ドリュウンへ向かう。


 リレーン公国は、その国土の半分ほどをウェイブレス湖が占めており、残りの半分もほぼ森に覆われていた。

 つまり、ドリュウンに向かう行路のほとんどは森の中を通ることになる。

 ピリンキから東にあるシーレント()林を抜け、カバッド山の手前まで到達すると、今日はそこで一泊することとなった。

 明日はカバッド山を越え、そこでまた一泊。

 その後、ノイジュ森林を少し南下すると、そこがドリュウン。

 あたしも行ったことは無いけど、ピリンキよりは大きい町なんだとか。


 旅は順調に進んだ。

 難関と思っていたカバッド山もあっさりと越えられたし、仮にモンスターが襲ってきたとしても、前方のあたしと後方のハイドラで蹴散らすことができる程度の敵しか現れない。

 仮に傷を負ったとしても、テニアの薬ですぐに癒やすことができる。

 山を下った所で一泊すると、翌朝すぐに出発――ピリンキから旅立った一行は、ついにノイシュ森林へと差し掛かった。




 ◇◇◇




 ノイシュ森林。

 出現モンスターランクはD。

 シーレント深林と比べても大したモンスターは現れず、ドリュウンへの道程で通り過ぎることがある程度の、特に特筆すべき事項は無いフィールド。

 カバッド山もランクDだったけど、あそこに比べて厄介なモンスターは少ないって聞いたことがある。

 襲い来るモンスターたちを、町の人々を守りながら難なく蹴散らしていく。

 短剣の熟練度も上がってきた、そろそろ新しいアーツも使えるようになっているのかもしれない。

 ちょっとした全能感。

 実際、本来ノイシュ森林に出てくるモンスター程度には負けないだけの力があったのだから、それを油断と呼ぶべきかは微妙な所。

 けど――実際に危機に直面してしまった以上は、油断って呼ぶべきなんだろうな。


「グガオオォォオオオオッ!」


 あたしたちの前に現れたのは、全長10メートルはありそうなほどの巨大な、一つ目の鬼。

 ――ランクAモンスター、サイクロプスだった。


「なんでこんな場所に高ランクのモンスターが……!」


 ランクC……いや、Bならともかく、Aのモンスターにあたしで勝てるわけがない。

 サイクロプスは手にした丸太みたいな棍棒を振り上げると、迷いなくあたしと、列の先頭あたりにいた町長やテニアたちに振り下ろす。

 潰される、でもなんとかして止めないと!

 手をかざし、アイテムボックスで受け流せないか思慮していると――


「うぅぅぅがあぁぁぁああっ!」


 ハイドラが、列の後方から一直線に飛んでくる。

 ドオォッ!

 狙うは棍棒ではなく、サイクロプス自身の腹部。

 猛スピードで突進してからの頭突きは、モンスターに見事めり込んだ。


「グオォォオオッ!」


 倒れ込むサイクロプス。

 そこに追撃の氷のブレス。

 ヒュゴオオォオッ!

 たぶん、森に気を使って氷にしたのよね。

 賢いし強いし可愛い、パーフェクトだわ!


「よっしゃあ、ありがとハイドラ!」


 すぐに照れた笑みを見せてくれると思っていたのに、ハイドラは空中に浮かんだまま、険しい顔で周囲を見回している。


「どうかしたの?」

「ママ……囲まれてる」

「モンスターに?」

「ううん、ランクBとかAとか……とにかく強いモンスターに!」


 サイクロプス1匹でも異常なのに、それが囲むほど大量に?

 なんで? ノイシュ森林ってそんなに危険な場所じゃないはずなのに!


「どうする、ルトリー?」

「とりあえず森を抜けないことにはどうにもならないわ、進みましょう!」


 動いていたって、四方八方から攻められるだけ。

 だったら、例えモンスターに突っ込むことになったとしても、進んで正面で受け止めた方がいくらかマシ(・・)だって、あたしは判断した。

 冒険者でない町の人たちは、あたしの指示に従うしか無い。

 本当にそれでいいの? ――そんな重圧に押しつぶされそうになりながらも、前進を再開する。


「ッ、リッチまで現れるなんて!」


 列の近くに、突如姿を現すローブを纏った巨大な骸骨。

 ランクAモンスター、リッチ。

 魔法を得意とするアンデッドモンスターで、こうしていきなりワープしてきては強力なアーツを放っていく強力な敵。


「イヒヒヒヒヒッ!」


 不気味な笑い声をあげながら、リッチの眼前に魔法陣が描かれ始める。

 確か――この手のモンスターは打撃攻撃に弱いんだっけ。

 跳躍、まずは顔面に飛び蹴りを御見舞する。

 リッチは手でガードしようとするも、大地のブーツのパワーに押されて体勢が崩れる。


「モータルスティンガー!」


 ズドンッ!

 さらにがら空きになった頭部に、新たに習得したアーツを放つ。

 鋭い突きはリッチの頭蓋骨の微かながらヒビを生じさせた。

 弱った敵なら即死させられるんだけど、さすがにそううまくはいかないか。

 でも、クイックスラストやシャドウステップに比べて威力も高い、今のは効いたはず!


「てやああぁぁぁっ!」


 さらに降下してきたハイドラが、爪でリッチを切り裂く。

 それが致命傷になったのか、モンスターの動きは明らかに鈍る。

 あと1撃――って所で、列の方から悲鳴があがった。


「何ッ!?」


 振り返ると、列のど真ん中にゆらゆらと揺れる黒い塊があった。

 周囲には血が飛び散っている。

 ランクAモンスター、シャドウクローラー……。

 NPCの内部に入り込み体を操って、最後は中から突き破って正体を現す、だっけ。

 つまり、サイクロプスより前の時点で誰かの体の中に入り込んでたってこと?

 でもおかしいわ、あのモンスターは確か、一部のダンジョン(・・・・・)にしか現れなかったはずなのに!

 シャドウクローラーは触手を伸ばし、近くに居た少女――サワーの体内に潜り込もうとうごめいている。

 止めないと、止めないと、でも届かないっ!

 シャドウステップは範囲外だし、ハイドラもさすがにこの遠さじゃ……。

 誰か――


「誰か、誰かサワーを助けてえええぇぇぇぇっ!」

「とォッ!」


 その時、あたしの叫びに呼ばれたかのように、空から女性が降ってくる。

 両手に禍々しい炎のような形をした剣を持ち、真下のシャドウクローラーを目掛けて。


「スケア!」


 ドスッ!

 黒髪の女性は、シャドウクローラーの頭部と思しき部位に、右手の剣を突き刺す。

 ただそれだけで、モンスターは活動を停止する。


「ランクAのモンスターが、一発で……」


 あたしの真横ではリッチが戦闘不能になり、地面に倒れていた。


「少女の叫び声が聞こえた時、私はどこへだって現れる。悪を断ち、正義を成す――人々は私のことをこう呼んだ、勇者(フレイヤ)とッ!」


 あっ、あの人……強いけど痛い人だ!

 って言うか今、フレイヤって言ったよね。


「あなた、フレイヤの生き残りなの!?」

「ふっふっふ、その通り。私はミカ。他のフレイヤたちは魔王の謀略によって別世界へ飛ばされてしまったけれど、私は無事だった! それはなぜかわかる? そこの少女よ!」

「……あたし? いや、わかんないけど」

「私を見てわからない? 勇者よ、勇者のオーラが強すぎて、魔王のパワーが届かなかったのよ!」

「はあ……」


 困った、会話が成立しない。


「ふっははははは、ランクAモンスターの群れなんてちょちょいのちょいで倒してあげようではないか!」


 彼女は再び「とぉっ!」と言って跳躍すると、接近していたランクBモンスターを一刀のもとに切り伏せる。

 言動はアレだけど、やっぱ強さは本物ね。

 離れた場所のモンスターまで殲滅しているのか、彼女が見えなくなってからもすさまじい音が森に響く。

 ドゴォッ! ザシュッ、ブシャアッ! ズドドドッ、ゴオォッ!

 およそ人間が出せる音とは思えない。

 これが二刀流を振るうことで出てる音だとしたら、現場は一体どんな凄惨な有様になってるのかしら。

 時折地面が揺れ、木々が倒れ、モンスターの断末魔も聞こえてくる。

 それからしばらくして、急に一切の音が消えると――ミカと名乗った彼女は、再びあたしたちの前に姿を表した。

 剣にこびりついた血液を振るい飛ばすと、不敵な笑みを浮かべる。


「これでもう安心よ、もうモンスターがあなたたちを襲うことは無い」

「あ、ありがとう、お姉さん」

「どういたしまして」


 そう言って、ミカはサワーの頭を撫でる。

 あの仕草を見る限りじゃ、悪い人ではなさそうだけど――なんでフレイヤの中で彼女だけこの世界に残っているのか。

 魔王がどうこうって話は本当なのか。

 疑わしい部分が多すぎて、あたしはまだあのミカって女の人を完全には信用できていなかった。




 ◇◇◇




 ミカの護衛により、ピリンキの人々は無事ドリュウンへ到着する。

 いきなり全員が町に入るわけにも行かないので、大多数は町の門の手前で待機。

 交渉がするために、村長やサーラを含む数人の大人だけがドリュウンへ足を踏み入れた。

 暇をもてあますあたしたちは、ミカを取り囲み、話を聞き出していた。


「人気者で困っちゃうなあ、みんな私に興味津々ってわけだ」


 囲んだら囲んだで調子に乗るからなんかむかつく。


「ルトリーの気持ちはわかるけど、今は……ね?」


 テニアになだめられながら、あたしは彼女に質問を投げかける。


「あなた、本当にフレイヤなの?」

「私がフレイヤでなければ誰がフレイヤだと言うのか!」


 それは肯定ってことでいいのかしら。

 まあ、そういうことにしておこう。

 じゃあ、フレイヤならあの言葉の意味だって知ってるはず。


「ならミカ、他のフレイヤが一斉に消えた理由は知ってる?」

「それはさっき言った通りよ、私だけが魔王の力に打ち勝ったの!」

「本当に?」

「……え?」

「いや、どうも疑わしいと思って。本当ならいいんだけど」

「……ほ、本当よ」


 露骨に顔を反らしながら、ミカは言った。

 うわ、嘘っぽい反応。

 本当のことが言えないってことは、彼女にとっても都合が悪いってことなのかな。


「私も話を聞きたいわけだけど、参加させてもらってもいい?」


 と、その時――ドリュウンの門から1人の女性が現れる。

 ミカと同じく黒髪だけど、長髪の彼女と違って髪は肩あたりで切りそろえられている。

 何より、ミカが10代なら彼女は20代半ばと言った感じで、大人の雰囲気を醸し出していた。


「誰ですか?」


 あたしが問いかけると、彼女は怪しく微笑む。


「私の名前は桐生美奈子よ、ルトリーちゃん。山瀬美香さんに興味があって近づいたってわけよ」


 その名前を聞いて、ミカはびくっと体を震わせた。

 ヤマセミカって、このミカのこと?

 でもミカってファーストネームのはずだよね、なんで前後逆なんだろ。

 その理屈で言うと、この女の人の名前はミナコ、なのかな。

 って言うか、初対面のはずなのになんであたしの名前を――


「おっと、この世界ではミナコ・キリュウと名乗った方がいいわけか」

「何を……あなたは、一体……?」


 ミカから先程までの不遜な表情は消え去り、怯えた目でミナコを見ている。

 知り合い? その割には、名前も知らなそうな感じだったよね。


「おや、私がミカちゃんに興味を持つのがそんなに不思議なわけ? 考えてもみなさいよ、あなたはこの世界の取り残された。それが現実世界でどんな結果を招くか」

「……それは」

「ミカ・ヤマセや言うまでもなく――全世界的に有名人なわけ。もちろん、勇者(フレイヤ)としてではなく、被害者(・・・)としてなわけだけど」


 みるみる青ざめていくミカの顔色。

 次々に現れる謎の女性に、混乱して、取り残される部外者たち。

 いや――本当は部外者どころか、当事者だったんだけど。


 こんなにも手掛かりはばらまかれていたのに、あたしたちが”世界の終わり”に気づくのは、まだまだ後の話である。






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