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017  抱きしめるだけで傷が癒えるなら、あたしの体なんていくらでも使うがいいさ!

 





 突きつけられたヴァイオラの剣。

 立ち止まるハイドラ、後ずさるあたしとは対象的に、テニアはなんと、自ら一歩前に踏み出した。


「気持ち悪い」


 そして、まるで初対面の時のような言葉を、いや――それよりもっと多くの嫌悪感を込めて、ヴァイオラに言い放つ。


「”私は正しいことをしている”、”だが彼女たちの気持ちも理解できる”、”だから自分が悪役に徹することでこの場を収めよう”。そんな意図が透けて見えるな」

「何を言い出すかと思えば、私は本気だぞ?」

「わかってる。あんたは戦えば本気で私たちを殺すだろう。だが殺したあとで神にでも懺悔するんじゃないか? ”私は罪もない少女たちを殺してしまいました”と」


 ヴァイオラの全てを見透かすように、テニアは言葉を紡ぐ。


「権力者特有の自己満足だな。そういう人間はな、結局は被害者のことを想って懺悔するんじゃない。”自分は此度の行為を悪だと認められる素晴らしい人間です”と自分自身を慰めるために、あるいはナルシズムに酔うために行っているに過ぎないんだ」


 決して大きな声じゃなかったけど、テニアの言葉には力があった。

 先ほどまで得意げにこちらに剣を向けていたヴァイオラが、思わず耳を傾けてしまう程度には。

 きっと、それは彼女の言葉に”実感”がこもってたからだと思う。

 想像ではなくて、テニア自身が経験してきた現実だから。


「どれだけ謝罪しようが、結果は変わらない。死は死だ、略奪は略奪だ、占有は占有だ! あんたがどれだけこの場で悪を演じて自分の行為に酔おうが、私たちがキリア草を手に入れられず、私がミーンを救えないっていう事実は変わらない!」

「そうかもしれないな」

「”かも”じゃない、そうなんだッ!」


 テニアはヴァイオラの逃げ道をも塞ぐ。

 ヴァイオラは顔をしかめた。

 図星だったんじゃないかな、じゃなきゃあんな表情は見せないだろうから。


「だとしてもだ、そんな現実を私に突きつけてどうする? 何か変わるというのか?」

「わかってるよ、変わらない。だから私たちはキリア草を諦める」

「え、テニア!?」


 大きな声をあげるあたしを、テニアは優しい笑顔で諌めた。

 そんな顔されたら、何も言えないよ。


「ただ、私たちがキリア草を諦める以上、あんたにはしっかりと苦しんでもらわないと私の気が済まない」

「そのために心の逃げ場を塞いだわけか。しかし、なぜそうあっさり諦める? 大事な人の命を救いたいのだろう?」

「病を治すための薬草を奪い合って、傷つけ合うなんて不毛だ。そんな方法で手に入れた薬で救われたって、きっとミーンは喜ばないから」

「……そうか」


 ヴァイオラは表情を変えなかったけど、たぶんテニアの言葉は、十分すぎるぐらい彼女のハートに突き刺さった。

 でも、本当はテニアだってキリア草が欲しかったはず。

 ヴァイオラに背中を向けて、あたしたちに「帰ろう」と呼びかける彼女の目は潤んでいて、声も少し震えていて。

 部屋を出て、階段を登り、第四階層に戻った瞬間――あたしは自然と、テニアの体を抱きしめていた。


「っ……い、いきなりはやめろ……!」


 暗に許可さえ取れば良いって言ってるんだよね、それ。

 出会った頃に比べたら、ずいぶんとデレちゃったもんよね、もう可愛いんだから。


「しばらくは帝国の連中も上がってこないだろうから、あたしの胸で泣いていいよ」

「ママの胸は最高の癒やし空間だもんね」


 それは巨乳から貧乳に対する嫌味なのかい、ハイドラ。

 ……いや、この子に限ってそういうことは無いってのはわかってるんだけどさ!


「いいよ、私は泣かない。それに抱きしめられる資格もない」

「どして?」

「せっかく私なんかのためにダンジョンに一緒に来てもらったのに、結局……徒労に終わったから」


 そんなこと気にしてたんだ。

 テニアにとっては”そんなこと”では無いんだろうけど、いつかはそれを笑い飛ばせるぐらい脳天気になって欲しいな。

 願わくば、あたしの力で、彼女をそういう人間に変えられたら嬉しい。


「そうでもないよ。アイテムもいっぱい手に入ったし、モンスターと戦う経験も詰めたし。それより何より――」


 あたしは両手で頬をむぎゅっとはさんで、彼女の目を見ながら言った。

 テニアの心の壁を突き破るよう、ド直球に感情を込めて。


「”私なんか”じゃない。大好きなテニアのためなら地の底海の底にだって付き合うわよ、あたしとハイドラはさ」


 やり取りを見ていたハイドラは、笑顔で「うんっ」と頷いた。

 また『あたしなんか』って言われるのかな、だったらまだまだ何回も続けなきゃな――って思ってたんだけど、嬉しいことにあたしの気持ちはテニアの胸にまで届いたみたいで。

 じわりと、彼女の目が潤む。

 涙に潤んだ青の瞳は澄んだ海のように美しく、だったら赤だって綺麗だろうと思って、髪の帳を開いてみる。

 テニアは小さく「あ……」と声を出したけど、あたしの笑顔をみてすぐに黙った。


「テニアは泣き顔も綺麗ね」


 揺れる瞳があたしを見つめている。


「……ルトリーは、恐ろしいな」

「え、そうかな?」


 どうしてここで恐ろしいなんて感想が出てくるんだろ。


「恐ろしい、ああ恐ろしい。私はもう、ミーン以外に心を開くことなんて無いと思っていたのに……ルトリーは、私の壁をこんなにも簡単に壊してしまうんだな」


 あ、そういうこと。

 恐ろしいだなんて言うもんだから、もっと罵倒されるのかと。

 でもよかった、ちゃんと届いてたみたいで。


「言っておくが、私はたぶん、重いぞ? わかってるのか?」


 自覚合ったんだ、とあたしは苦笑いを浮かべる。


「わかってるわよ、これまでのやり取りで嫌ってほどね」

「なら……ちゃんと、責任も取ってくれるんだな」

「責任って……まあ、一緒に居るつもりではあるけど。さっき言ったでしょ? テニアのこと大好きだって」


 そう伝えると、テニアの頬がほんのりと赤らんだ。

 ……ん、んん?

 なーんか、思ってたリアクションと違うような。

 困惑するあたし。

 そして少しずつ近づいてくるテニアの顔。

 まさかね――と彼女の様子をそのまま観察していると。

 むにゅ。

 テニアの唇が、あたしの唇に重ねられた。

 キス、されてる。

 うわ……テニアの唇、こんなに柔らかいんだ……いやいや、じゃなくって!


「あ、あぁっ、ああああぁぁぁああああああ!」


 ハイドラがこちらを指差しながら叫びを上げる。

 その声に反応して、あたしは両手でテニアの肩を掴んで体を遠ざけた。

 な、なんで? なんであたしキスされてんの?

 って言うかファーストキスだし、ファーストキスが女の子だし!

 予想外ッ! 予想外すぎて頭がもうわけわかんない!


「だから、重いって言ったじゃないか」


 そういう意味のヘヴィーなんですかあぁぁぁ!?

 ううぅ、意識しないように自分に言い聞かせても、テニアの唇の感触が蘇るうぅ。

 顔が熱い、爆発しちゃいそう。

 未だテニアとのキスの衝撃から立ち直れないあたし。

 だってのに、そこにツカツカと大股でハイドラが近づいてきて、片手であたしの顎をくいっと持ち上げる。

 そして、さっきテニアがそうしたみたいに、ハイドラも唇を押し付けた。


「んっ、んんっ、んうぅぅぅううーっ!」


 ひいいぃぃぃいいっ!? 何なのっ、もう何が起きてるの一体!?

 対抗? まさか対抗してるのハイドラッ!?

 ハイドラの唇はテニアより弾力があって、でも体温は高くて――ってレビューしてる場合じゃ無いわ!


「ん、んぐ……ん……ぷはぁっ!」


 息苦しくなるまでたっぷり数十秒あたしの唇を堪能すると、ハイドラはようやく解放してくれた。

 あ、あう、顔が熱い……燃えるうぅ。


「あたしだってママのこと、大好きなんだからね?」


 怒涛のキスラッシュに目を回すあたしに、ハイドラはちょっと怒り気味にそう言った。

 ああ、やっぱりテニアに対抗したのね。

 気持ちはよくわかった……けど……あたし、もう、ダメ……。

 脳がオーバーヒートを起こし、あたしの意識はふわっとどこかへ飛んでいく。


 次に目を覚ました時、空は真っ暗だった。

 どうも深夜らしい。

 あたしはピリンキ跡地のテントで横になっていて、その両隣にはぴたりとくっついてハイドラとテニアが寝ていた。

 腕に抱きつきながら幸せそうに眠る2人の顔を見て、あたしは思わず「ほぅ」と色んな感情を込めて息を吐き出す。


 困ったことに……別に嫌ってわけじゃ、ないのよね。

 うぅ、あたしってそっちの気があったのかなぁ。




 ◇◇◇




 翌朝、目を覚ましたあたしたちは、早速会議を開いていた。

 普通は3人だったら三角形の位置関係で座ると思うんだけど、なぜかハイドラとテニアはあたしにぴったりとくっついている。

 熱いし狭い。

 でも文句を言うと泣かれそうだから、円滑な会議進行のために黙っておくことにした。


「ミーンさんの病気を治すための薬の材料って、代用品は無いの?」

「無いわけじゃないが」

「じゃあそれを使えばっ!」

「だが、ランクSの薬草だ。私は触ったことがあるけど、かなり高価らしい。少なくとも簡単に手に入るものでは……」


 やっぱそう上手くはいかないか。

 沈黙の洞窟のキリア草がまた成長するまでには時間がかかるし。

 あーあ、空から偶然、薬草が降ってきたりしないかな。


「持ち帰ったアイテムにもなかったよね、ママ」

「そんな珍しい薬草は無かったかな。他にあるのは余裕がなくてアイテムボックスに入れちゃった薬草ぐらいだけど……」


 たまーに朽ち果てない薬草もあるから、袋に入り切らないアイテムを、ダメ元でアイテムボックスに入れることがある。

 もっとも、ほとんどの場合は腐っちゃって使い物にならなくなっちゃうのよね。


「アイテムボックス、オープン」


 どちゃっ、と茶色く変色した薬草の束が異空間から現れる。

 こりゃあ全部ダメになってるっぽいかな。


「全部枯れちゃってるね」

「やっぱ肝心な所で使えないのよね、このスキル」


 他の使いみちはあるんだけど、肝心のアイテムボックスとしての性能がね。

 あたしが自分のスキルの外れっぷりを嘆いていると、テニアが朽ちた草に手を伸ばした。


「これ……」

「どうしたの?」

「これだよ……これが、千年草だ!」

「へ?」


 千年草って、そんなアイテム聞いたことないけど。


「特定の植物を長時間一定環境下で保存することで完成する、万能の薬草。それが千年草なんだ!」

「もしかして、さっき言ってたランクSの薬草って……」

「そう、この千年草だよ! これと私が持っている材料を合わせれば――特効薬が作れる」


 なんて偶然、なんてミラクル!

 ちょっと信じられないけど、あたしのアイテムボックスがあったからこそ、千年草が生まれたってこと?


「ママ、すごいよ、こんな物まで作るなんて!」

「そう? あたし、すごいの?」

「千年草は滅多に出回ることのない貴重な薬草だ、それを作り出すなんて、もっと胸を張るべきだ!」

「え、えへへ……そこまで? そこまで褒められちゃうほど?」

「さっすがあたしのママ!」

「えー、照れちゃうなー」


 そんなこんなで、偶然にも薬草を手に入れてしまったあたしたち。

 ようやくまともに”アイテム”ボックスとしての使いみちが生まれたのは、素直に嬉しい。

 もしかして、千年草の元になる薬草が何かさえわかれば、あたしってば大金持ちなれちゃうんじゃ?

 ドラゴンの卵どころじゃない。

 豪邸に住んで、ピリンキの町全てを復興してもお釣りが来るぐらいの大富豪になっちゃうんじゃない?

 夢が広がる、思わず涎がたれそうになる。

 欲望を満たしたくなる気持ちもあるけれど――優先順位は違えないように。

 まずは薬を作って、届けて、テニアの大事な人を助けないとね。






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