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013  ふざけてないとやってらんないもん

 





 あたしたちが町に戻ると、テニアは半泣きであたしに抱きついてきた。

 何この可愛い生き物……と1人で悶ていると、ハイドラが嫉妬心満々の目でこちらを見てきたので、ついでにこっちもハグ。

 2人の美少女に囲まれながら、あたしは至福の時間を過ごしたのである。


 あたしたちを助けてくれた漆黒の葬送団は、『礼を言われるのは悪の道に反しますね、だから帰らせてもらうぞ』などとリーダーが言い残して去っていったんだとか。

 相変わらずよくわからない口調。

 んで、テニアの涙がようやく収まった頃、あたしとハイドラの周囲に突然アイテムが現れる。

 まるでモンスターからドロップでもしたみたいに。


「タイタンのドロップアイテムじゃ?」


 テニアの言葉に、あたしは「なるほど!」と手を叩いた。

 あれだけ巨大なモンスターだったし、普通のドロップ形式とは違うのかもしれない。

 ハイドラの周囲にも出たことを考えると、戦闘に参加した全ての人にアイテムが与えられるとか?

 じゃあ、今頃漆黒の葬送団の連中もアイテムにまみれてたりしてね。


「なーんか見たこと無いアイテムがいっぱいね。うわ、この靴とかすごいんじゃない? ほら大地のブーツ、ランクSだって!」


 試しに履いてみると、それだけで体が軽くなったような気がする。

 それに足にもやけに力が入るし……これ、もしかしてダガーで斬りつけるより相手を蹴った方が強いんじゃない?


「ママ、こっちの大地のドレスはランクUって……!」

「ユニーク!? しかも真っ白で可愛いし、これはハイドラが着ちゃいなさい!」

「ええっ、絶対にママの方が似合うよぅ!」

「そんなのは許しませんからねっ! ほらほら、ちゃっちゃと着なさい、そしてくるっと回ってあたしに可愛らしさを見せつけなさい!」


 きゃっきゃとじゃれあうあたしとハイドラを、テニアは複雑な表情で眺めている。


「どうしたのテニア、もしかして大地のドレス着てみたかった?」

「いや、違うんだ。ただ……」

「んー?」


 言うべきか言わないべきか、数秒の逡巡。

 そして”言うべきだ”と結論が出たのか、両手をきゅっと握って力いっぱい主張した。


「おかしいんじゃないか、って」

「何が?」

「……ルトリー、無理してないか?」

「無理じゃないよ」


 たぶん、ゴルドおじさんや、他の冒険者が死んでしまったことを言ってるんだろうな。

 うん、たしかに辛いよ。

 今にもわんわん泣いて、崩れてしまいそうなぐらい辛いけど。

 でも――


「こうやって笑って騒いでる間は、悲しいことは考えないで済むからさ。悲しむのはそのあとでも十分よ、どうせお別れの瞬間は来るんだから」


 合同葬儀、という形になるだろうけど。

 涙なら、その時に嫌ってほど流してしまえばいい。

 テニアはそれでも納得いかないようだけど、額をこつんと当てて「ありがとね」と笑顔で告げると、それ以上は何も言わなかった。




 ◇◇◇




 ――1週間の月日が流れた。

 タイタンとの戦いで命を落とした冒険者の葬儀も終わり、家を失った人々は一時的にテントでの生活を送る。

 幸いなことに、迅速な避難指示のおかげで町の住民に死者は出ておらず、復興も不可能ではない――そう思われていたのだが。

 町長は、存外に早く決断を下した。


「他の町へ避難しよう」


 冒険者が居なくなってしまった今、防衛に参加できるのはあたしとハイドラぐらい。

 確かにハイドラは強いけど、あたしたち2人だけで町の全てを守るのは無理があった。

 かと言って、こんなボロボロの町にわざわざ来てくれる冒険者も居ない。

 町長の判断は、きっと正しいんだと思う。

 反対意見も出たけれど、『だったら他に案はあるのか?』という言葉に尽く黙り込んでしまった。


「誰だって、本当は嫌に決まってる」


 あたしとハイドラ、テニア3人だけが暮らすテントの中で、膝を抱えながらテニアがつぶやいた。

 同意する。

 あたしだって、拾われてからの5年間をずっと過ごしたピリンキからは離れたくないもん。

 それでも、もう元通りにはならないことを誰もが知っているから、激しく反対はしない。


「あたしは、例えどこだとしてもママが傍にいたら平気だよ」

「ん、そだね。大事な誰かがいる人は、それでもいいのかもしれないわ」


 でも、そういう相手が居ない人は――”それでも”とピリンキにしがみつきたがるかもしれない。

 内気な人は、”本当は残りたい”という本心が言えずにふさぎ込んでいるかもしれない。

 だからと言って、どうにかなる問題でもないんだけど。


「大事な誰か……」


 あたしの言葉がテニアの何かに引っかかったのか、彼女は何かを思い出すかのように遠い目をしながら呟く。

 そういや、まだ彼女の目的とか何もわかってないんだよね。

 結局、シーレント深森に来た理由はなんだったのか。


「……なあ、ルトリー」

「どしたの?」

「ルトリーの大事な誰かの中に、私は入っているのか?」


 思わず苦笑いしちゃいそうなぐらい重い質問。

 ま、たぶんどこかに閉じ込められてきたテニアにとっては、あたしは数少ない友人の1人で。

 だからこそ大事にしたいって気持ちは、十分今までで伝わってきてる。

 距離感がわからなくて、四苦八苦する様子もね。

 ここで突き放してリアクションみたい、って悪魔なあたしも居るけど、ここは素直に天使に従っておこう。


「もちろん入ってるわよ、命を賭けてでも守りたいうちの1人に」

「そう、か。そうなんだな」


 テニアは弱々しく笑みを浮かべた。

 ”喜んでくれるかな”ってわかった上で言ってみたわけだけど、実際に喜ばれると、予想がついていても何だかむず痒くて恥ずかしい。


「あたしもテニアさんのこと好きだよ。ツンツンしてるけど、本当は優しいってこと知ってるから!」

「ツンツンは余計だ。私もハイドラのことは嫌いじゃないがな」


 ”嫌いじゃない”とか言っちゃうから、”ツンツン”って言われてんじゃないの?

 そこは素直に好きって言っておけばいいのに。

 苦笑いを浮かべていると、テニアは真剣な表情をしてあたしに向き合う。


「ルトリー、ハイドラ。聞いてもらいたい話があるんだ」


 ただならない雰囲気に、あたしは表情を引き締める。

 ハイドラもあたしをちらりと見ると、合わせるように真面目な顔をしてテニアの方を見た。


「まず最初に……礼を言いたい。今日まで、私みたいな素性もならない人間と一緒に居てくれて、ありがとう」


 そう言って、深々と頭を下げるテニア。

 その仕草は、やけに堂に入っていた。

 素直じゃない彼女がここまで丁寧なお礼を言うだなんて、ほんとにただ事じゃなさそうね。


「まずは自己紹介から始めようと思う」

「自己紹介? テニアさんはテニアさんじゃないの?」

「フルネームをまだ言ってないってことだと思うわ」

「見た目に似合わず鋭いな、ルトリーは」

「一言余計だっての」


 素直なんだか素直じゃないんだかわかんないやつ。

 まあ、この胸のサイズじゃ頭の良い大人の女性にはどうあがいても見えないだろうけど。


「さて、気を取り直して――私の名前は、テニア・ジャス・リレーニアと言うんだ」

「え、リレーニアって……」

「……そんなに有名な名前なの?」


 首を傾げるハイドラが可愛……じゃなくって、説明してあげないとね。


「リレーン公国の王族ってことよ、ハイドラ」

「王族……王様の、家族?」

「ああ、王子であるガデニア・ジャス・リレーニアの実子という事になる。もっとも、隠し子だから私の存在を知る人間は少ないが」


 いいとこのお嬢様だとは思ってたけど、まさか王族だったとは。

 しかもガデニアって30歳も行ってないよね。

 テニアはあたしと同じ、たぶん15歳ぐらいだと思うし――少なくとも15歳以前に作った子供、ってこと?

 いくら放蕩息子とは言え、さすがにお遊びが過ぎるっての。

 しかも何のお咎めも受けずに、子供を作ったこと自体が隠蔽されてるんだから、恐ろしいったらありゃしない。

 でも――これで、彼女が軟禁されてた理由もわかった。

 王は彼女の存在を隠したがってたってことか。

 けど殺すわけにもいかなかったから、どこかの屋敷に、お手伝いさんをつけて閉じ込めた、と。


「つまり、この間言ってた”おばあさま”って……現女王の――」

「ノイデス・ジャス・リレーニアだ。もっとも、数回しか顔を合わせたことは無いが」


 たった数回だけでテニアの心をあれだけ傷つけるだなんて、相当インパクトの強いお方みたいね。

 最近の王族は悪い噂ばっかり流れてるけど、火のない所に煙は立たないってことか。

 相応にやらかしてるってことは、噂もあながち嘘ばっかりじゃないんだろうな。


「まあしかし、そんなドロッドロの王族からよくテニアみたいな可愛い子が生まれてきたわね」

「……それは、ここで言う必要のあるコメントなのか?」

「あたしは思ったことを言っただけ。だって、テニアがシーレント深森に居た理由もわかっちゃったし、分かった以上はもう”可愛くて健気”って感想しか浮かんでこないもの」

「あたしにはさっぱりわかんない……」


 またまた首を傾げるハイドラのために、あたしはあえて解説をする。


「おそらくテニアは、王族の都合でずっと屋敷に閉じ込められてきた。そこには数人――あるいは1人かもしれない使用人が居るだけで、他の人間とのコミュニケーションは一切許されていない。だから、テニアの人間関係は酷く狭く、心を開く相手はごく限られた人間だけだった」


 テニアはこくりと頷く。

 どうやらここまでは当たりみたい。


「けれど、その相手が病気になってしまった。薬の知識があるテニアには治療方法がわかる、けれど王族は治療を許可しない。嫌がらせか、あるいはテニアの存在が外に漏れることを危惧したのか」


 ハイドラは神妙な顔をしてあたしの話を聞いている。

 いつもニコニコしてるから珍しい表情だ、目に焼き付けておこう。


「そこでテニアは考えた、自分が助ければいいんだ、ってね。それで材料のある”沈黙の洞窟”を目指し、シーレント深森へやってきた。けれど自分の正体含めてなかなか言い出せず、妥協してシーレント深森でも材料が手に入らないかと模索していた――と、あたしの推理はこんなもんだけど、どうかな?」


 テニアは、パチパチと拍手を始めた。

 100点満点とはいかないものの、合格点――90点ぐらいは取れたのかな。


「全部お見通しだったわけか、つくづく見た目によらないな、ルトリーは」

「だからさっきからそれは余計だっての」

「つまり、テニアさんは沈黙の洞窟ってとこに行きたいの?」

「うん、そこで薬草を手に入れて、使用人であるミーンに届けたいんだ。薬草さえ手に入れば、薬なら私が作れるから」


 となると、町の人々がピリンキから撤収する前に、薬草を回収しておかないとね。


「だが、薬草は一度誰かに採取されると、しばらく生えてこない。他にも欲しがっている誰かが居ないといいのだが……」

「最近、ピリンキのポータルを通って他所から来た人はいなかったから、大丈夫だと思うけど」


 あたしの言葉を聞いて、テニアはほっと肩をなでおろす。

 そんな彼女の仕草を、あたしは微笑ましく見つめた。


「そのミーンって人、よっぽど大事な人なのね」

「ミーンは私にとっての唯一の家族で、ハイドラにとってのルトリーみたいなものだ」

「あたしにとってのママ……それは絶対に助けなくちゃ!」


 ぐっと両手を握って力説するハイドラに、テニアは「ああ」と笑いながら答える。

 時間はあまり残されていない。

 初めてのダンジョン攻略だし、本当はもっと準備を整えたい所ではあるけれど――明日には出発しないとね。

 ハイドラがいるから、きっと大丈夫。

 ……だと、思いたい。






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