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010  ね、簡単でしょ?

 





「ママ、テニアさん、たっだいまー!」


 元気な声とともにハイドラが家に帰ってくる。

 結果は上々だったようで、背負った袋がパンパンになるまで戦果が詰めてある。

 やっぱあたし要らないんじゃん! って言う悲しみはあったけど、今はハイドラが無事帰ってきたことを喜んどこう。


「おかえり、ハイドラ。初めてのソロ狩りはうまくいったみたいね」


 あたしはハイドラを笑顔で迎える。


「……おかえり」


 テニアは気恥ずかしそうにもじもじしていた。

 彼女の体調は回復したので、布団はすでに片付けてある。


「でもあたし、アイテムのことよくわかんないから。良いアイテムを拾えたかどうかちょっと不安かな」


 そう言って、部屋の中央で袋の中身を全てぶちまけるハイドラ。

 中から出てきたのは、薬草っぽい草に、種っぽい何かに、あとは薬や装備の数々。


「おっ、リングが3つもある。ルビーリング2つに、エメラルドリングが1つ……いい値段になりそうね」

「綺麗だなとは思ってたけど、やっぱりそれすごい装備なの?」

「Dランクの装備だけど、誰でも装備できるから人気が高いのよ。ルビーリングは筋力増強、エメラルドリングはスタミナ上昇だったかな。あっ、そうだ。折角だし自分たちで使っちゃおっか」


 あたしはルビーリングをつまみ上げると、ハイドラの左手を取った。

 そしていたずらっぽく笑いながら、薬指に指輪をはめる。


「これでよし」

「なんかママからプレゼントしてもらったみたいで嬉しいっ」

「ハイドラが持ち帰ったものだけどねー」


 ハイドラは赤い宝石が輝く指輪を、嬉しそうに眺めている。

 左手の薬指って所にツッコミが無かったのは……そっか、意味とか知らないんだ。

 かと言って、今さら指を変えるわけにはいかないし、なんかあたしの方が恥ずかしくなってきたんだけど!


「……ふん、何やってんだか」


 テニアに鼻で笑われてしまった。

 ちくしょう、こうなったらこいつも巻き込んでやろうじゃない。

 テニアみたいなもやしっ子には、スタミナ上昇のエメラルドリングがお似合いだわ!


「おいルトリー、なぜ指輪を持ってこちらに近づこうとしてるんだ?」

「ふっふっふ、そんなの言わなくたってわかるでしょう……?」

「や、やめろ、来るな、笑い方が気持ち悪いっ!」


 酷いこと言ってくれるなあ、これは余計にお仕置きしなくては。

 テニアを掴んでやろうと手を伸ばすと、パチンと弾かれてしまう。

 でも痛くはない。

 じわじわとあたしはテニアとの距離を詰め、その度にじりじりと後退していくテニア。

 しかし、残念だけどうちはそんなに広くない。

 壁はすぐそこに迫っていた。


「ぐ……」

「ぐへへへ、もう逃げ場はないわよお、大人しく左手を差し出しなさい?」

「い、いやだっ、何が面白くてお前なんかの指輪を受け取らないといけないんだっ!」

「善意よ善意、エメラルドリングってそこそこの値段するのよ? それをタダであげようって言うんだから、むしろ感謝するべきだわ」


 逃げ場を失ったテニアの左手を掴み、薬指にエメラルドリングを近づけていく。


「じゃあ違う指にしろ!」

「あっ、手が滑っちゃったー」

「あああああああっ!」


 すぽっ、と薬指にはまる指輪。

 やけに落ち込んでるけど、はじめてとか気にしちゃうタイプ?

 残念だったわね、そういうのを全く気にしないあたしに捕まってしまったのが運の尽きよ!


「くそぅ……こうなったら報復だ! ルトリーにも同じ目に合ってもらうからな!」


 つまり、あたしにも指輪をはめたいと?

 別に全然構わないんだけど。


「はいどうぞ」


 そう言って、左手を差し出すあたし。

 戸惑うテニア。


「な……もっと恥じらえ! ルトリーだって女の子だろうが!」

「いや、別に指輪付けるぐらいどうってことないし」

「どうってことあれよおおぉお!」


 ”あれ”って言われてもなあ、無いものは無いし。

 そんなやり取りをするあたしたちの元に、蚊帳の外になっていたハイドラがルビーリングを持って近づいてくる。

 その目に、正体不明の強い意志を宿して。


「テニアさんばっかりずるいよ、あたしもママに指輪をつけてあげたい!」


 そこで対抗するんだ……やっぱりうちの娘は可愛い。


「なら2人で一緒にやればいいんじゃない?」

「おお、さすがママ! じゃあテニアさん、そうしよっか!」

「え? あ、いや、私は別に……」

「ほらほら、テニアさんも指輪を持って!」

「えぇ……」


 ハイドラの勢いに押され、テニアは指輪をつまむ。

 嬉しそうなハイドラと、やけに恥ずかしそうなテニア。

 報復って言ってたけど、やる前からこうなるのは目に見えてたよね。

 指輪をもらう方はもちろん、あげる方も恥ずかしいもんだから、こういうのって。


「それでは、ママに指輪をつけまーす!」


 ハイドラがあたしの左手を持つと、ルビーリングの輪に人差し指が通されていく。

 無頓着なあたしでも、さすがにちょっとドキドキするな。

 いつか男の人から……とか考えてたことはあるけど、まさか娘と正体不明の女の子から貰うとは思っても居なかったから。

 いやあ、人生何があるかわかんないもんよね、ほんと。

 そして指輪が奥まで嵌め込まれると、なんだか嬉しくなって、あたしは手を傾けながら、色んな角度からリングを観察した。


「ありがとね、ハイドラ、テニア」

「どういたしまして。おそろいって何だか嬉しいねっ」

「……私は全然嬉しくないけど」

「とか言いながら口がにやけてるけどー」

「嘘だっ! そんなわけない!」


 まあ嘘だけどね。

 でもちょっと嬉しそうに見えたのはほんと。

 ツンツンしてるくせに、意外とちょろいんだよね、テニアって。

 ま、あたしの気の所為ってことにしといてやろう。


 さて、お遊びもほどほどに、アイテム整理に戻る。

 指輪以外にめぼしい装備は無く、となると次はこの種かな。

 フィールドでたまに見つかる宝箱や、モンスタードロップの中には、こういう植物の種も混ざっている。

 特に森で植物型のモンスターを倒した時に多く落とすみたいで、果物や野菜の種の場合は孤児院に持っていったりしてるんだけど――


「うえ、ユグドラシルの種かあ」

「強そうな名前だね」

「確かに強いね、色んな意味で」


 テニアの言うとおり、ユグドラシルは非常に強力で、かつ迷惑な植物だったりする。

 なにせ、空気に触れさせていると、水どころか土すら無くても勝手に発芽して成長していくんだから。

 その成長度合いも凄まじく、放っておくと天まで伸びる木になるんだとか。

 それでいて、今のところ何の使いみちも見つかってないんだからすごい。


「まあこの種は見なかったことにするとして、あとは薬草と薬かあ。お、このキオス草はそこそこの値段で買い取ってくれるかも」

「残りはカイカラとゲーンだな、薬草のままより薬にした方が高く売れるんじゃないか?」

「やっぱりテニアさんって薬草に詳しいんだ……」

「まあ、色々あって薬草に囲まれて生活してきたから」

「製薬したいのはやまやまなんだけど、この町には製薬スキルを持ってる人が居ないのよね」


 製薬スキルとは、材料さえあればその場で薬を作り出せてしまうスキル。

 ただし、1度も作ったことのない薬はスキルでは作り出せない。

 要するに、スキルを使いこなすには色んな薬を、正式な手順で作らなければならないってこと。


「製薬スキルなら私が持ってる」

「おおぉっ! すごいじゃんテニア!」


 あたしはテンションが上がるあまり、思わずテニアの両手を握った。


「大げさなだな、偶然持ってただけだ」


 テニアはあたしから目を逸らすも、まんざらでもない様子。


「それも才能だよテニアさんっ」

「ハイドラの言うとおり、製薬って需要の割に数が少ないからかなり人気あるんだから!」

「そう、なんだ」


 体力は無いけど、薬草の知識があって製薬スキルまで持ってるなんて、薬師として完璧すぎるぐらい。

 製薬までできるとなると、ただ薬草を拾って売った時の倍は値段がつくだろうし、あたしの生活もこれで安泰――って、そっか、テニアがずっと居てくれるわけじゃないのか。

 まあ、それでも彼女がすごいことに違いはない。


「そこまで言うなら、1回試してみるか?」

「えっと、キュアポーションでいいのかな。だとしたら、キオス草とゲーン草と――」

「あとは少量の水が入った空ビンを頼む」


 ハイドラと手分けして準備すると、テニアは自分の目の前に2種類の薬草、そして水の入ったビンを並べた。

 何故か正座しながら、緊張した面持ちでそれを見守るあたしたち。

 製薬スキルの存在は聞いたことがあったけど、実際に見るのはこれが初めて。

 どんな仕組みで薬が出来上がるのか楽しみにしていると――テニアが材料の上に手を翳す。

 そして「ふっ」と息を吐き出すと、”ぽんっ”と言う音がして材料が白い煙に覆われた。


「ひゃっ」


 ハイドラが音に驚いて声をあげる。

 煙が晴れると、そこに残っていたのはビンだけ。

 けれどビンの中に入っている水の色が、透明から緑に変わっている。


「できたよ」

「こんなにあっさり!?」


 手順もへったくれもないじゃない!?

 薬草が勝手に粉末になって水と混ざり合うんじゃないかとか、色々期待してたんだけど。

 でもある意味では期待以上っていうか、こんなに簡単にできるものなんだ。


「私は薬を作るのが好きだから、スキルを使うのは簡単すぎてあまり好きじゃない」

「確かにお手軽すぎるもんね」


 なにはともあれ、無事ポーションはできたわけで。

 あたしは「もう平気」と言うテニアを1人家に置いて、ハイドラと共に今日の収穫をお金に変えるため町の中央へ向かうのだった。




 ◇◇◇




 テニアがうちに来てから、3日が過ぎた。

 未だに彼女は自分の目的を話そうとはしない。

 けれどあたしたちがシーレント深森に行く、と言うと必ずついてこようとする。

 どうやらあのあたりに目的の”何か”があるらしい。


「やっぱり奥じゃないと見つからないのか……」


 深森で薬草を物色する彼女は、1人そう呟く。

 奥かぁ……ここより奥っていうと、もしかして沈黙の洞窟のこと?

 そういや、あそこの最奥には、特定の病気に効く薬草が群生してるんだっけ。

 まさかそれを探しに、リレアニアからわざわざピリンキまで?

 この様子だと自分から言い出しそうにはないし、明日あたりにハイドラを連れて洞窟に潜ってみても良いかも――


 その日の狩りを終えると、あたしたちは戦利品を抱えて家に戻っていく。

 すると、家の前に人影があった。

 ルークとサワーだ。

 2人はあたしの姿を見るやいなや、駆け足で近づいてきた。


「どうしたのよ、2人とも」

「やっと帰ってきたか」

「おねえちゃん、おかえり!」

「うん、ただいま」


 サワーの頭を撫でてやると、彼女の目がとろんとする。

 いやあ、好かれてるなあ、あたし。


「そんな悠長なことしてる暇あるのかよ」

「急ぎの用でもあるの?」

「冒険者協会に集まってくれって、協会長が言ってたぞ」

「言ってたぞー!」


 真似をするサワーをルークが睨みつけた。


「協会長、かなり慌てた様子だったから早く行った方がいいんじゃね? 巨人がどうこう言ってたけど」

「巨人?」


 そんなものに心当たりは無いけど――竜が居るんだし、巨人が居たっておかしくはないかもしれない。

 あたしはハイドラとテニアを先に帰らせ、単身で協会へ向かうことにした。

 別れ際に、何か悩み事でもあるような顔をしたテニアがぼそりと何かをつぶやいていたけれど――


「まさか、タイタンが……」


 今のあたしには、その言葉の意味を理解することはできなかった。






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