51話 夏祭りの始まり
「あら、ごめん。もしかして起こしちゃった?」
「そんなことない。それより、今日何日?」
八月の朝。卓は家族の会話で起きて、自分の部屋で寝ていた二階から一階のリビングへと移動していた。卓の母は声の大きさを気にしていたのだろうか、卓の顔を見ると、一度謝った。
しかし、卓はそんなことは気にしていなかった。普段なら卓の母は医療関係の仕事で朝に居ることは珍しい。それは父も同じだが、父はちょうど仕事で居なかった。
卓が夏休みに入ると、ほとんど家に居ない卓の両親。だが、戻る時間を過ごしてからは居ることが多くなった。それでも、居ることに不思議に思わなくなった卓はそれどころではない状況にあった。その理由は卓だけが逆戻りの時間を過ごしていることにある。一日過ごした後、翌日には必ず前日に戻る。それを繰り返していて、たった数分前にはそれが翌日になっていると知った。
「今日は十日よ」
卓の質問に母は不思議そうな顔をするも答えた。直後、卓の表情が変わったことに母はまた不思議な顔を浮かべた。
「やっぱり」
卓は言葉を聞くと、呟いて一人納得するような仕草を見せた。直ぐにリビングから出ていこうとした時だった。
「そういえば、もうすぐお祭りよね。他の友達はもちろんだけど、憂ちゃんと一緒に行くのよね」
卓の耳に届いた言葉。しかし、卓は振り返ることなくリビングを後にした。その後、リビングでは再び美琴と卓の母は会話をし始めた。にも関わらず、それも卓は気にも止めなかった。卓は一度自分の部屋に戻り、この後どうするかを考えた。
(明日になれば大丈夫だろ)
すっかり変わった日常に慣れてしまっていた卓がいきついた答えがそれだった。実際は、普段の日常に戻っているが、時間が元に戻る日々を過ごした卓にとっては非日常に思えたのだ。だからなのか、卓は何も無かったように一日を過ごした。
数日後。卓にとっての『非日常』は変わらずだった。元に戻った日常が普通と同じ時間で進んでいる。明日になれば、と軽くみていた卓にそれは徐々に困惑させていたのだ。
「よし、終わり。祭り楽しんできてね」
「……」
ちょうどこの日は友人達とお祭りの日だった。待ちわびていたかのように卓の母親は卓の浴衣を着付けて嬉しそうに微笑んでいた。卓より母親が楽しそうにしているのはなぜだかは分からないが、きっと祭りだと聞いて嬉しそうじゃない自分の息子の代わりを思ってだろうか。
卓は浴衣を着付けてもらうと、赴くままに外に出ようと玄関へと足を向けた。サンダルを履いて玄関扉を開けて外に出るとそこには当たり前のようにあの人物が立っていた。
「うわ!」
不意に視界に映った人物に驚き声を上げた。
「そんなに驚くことかな?」
卓の驚いた表情を見て難しい顔をする人物。その人物は憂だった。
「まさか、ここに来るとは思っていなかったから」
卓は言い訳をするように言うと、憂の姿を見て目を丸くした。憂も浴衣姿だったのだ。卓にとってはその姿が見慣れなかったが、紺色の生地に薄ピンク色の花の模様の浴衣に花の簪が憂に似合っていると感じて、いつもより大人っぽく見えた。
「なにそれ、酷い」
そんな憂は卓の言葉が気にくわなかったのかむすっとしている。
「行こう」
むすっとしたのも一瞬で、憂は卓の手を繋いで友人達と待ち合わせている場所へと急ぐように向かった。
「待って!」
突然の憂の行動に転びそうになり、卓は声を出したが、憂は聞く耳を持たず、卓の手を離さなかった。聞く耳を持たない憂に卓は顔を顰めたが、内心少しばかり嬉しい気持ちだった。なぜなら、憂と一緒だったから。
この後、起こることも知らずに二人は橙色の夕日に染まりながら駆け出していた。
作者のはなさきです。ここまで読んでくださりありがとうございます。
いよいよ夏祭り。何も知らない卓は今までになかった憂との夏祭りを楽しみにしていた。
しかし、卓の忘れてしまっている最も重要な出来事が起こってしまう。それは何か。
✩今回は前回に引き続き夏休み中なので8月です。(中旬あたり)
それといつもより少し短めです。
何か気付いた事があればよろしくお願いします。
次話更新予定日は来週7月8日(日)午後の予定です。※予定変更の可能性あります。
良ければご感想、評価、ブックマーク、アドバイスなど頂けると嬉しいです。
では、またの更新を。




