39話 身近な味方
「飲み物は何がいいかしら?」
唐突に女性が明るい声で卓に問い掛けた。
「な、なんでも大丈夫です」
咄嗟に答えた卓はどこか落ち着かない様子だった。というのも緊張するものでもないと思いつつも場の雰囲気に慣れず少しばかり緊張していた。
それは約数分前に遡る。卓は学校帰りにあるところに行こうと考えていた。思い出せないままでいるにも関わらず、忘れてはいけない人物。歩いているうちにとある場所に辿り着いた。そこは『憂』の家だった。卓が恐る恐るインターホンを押すと、中から女性が出てきた。卓は招き入れられるように家の中に入った。
『憂』にお線香をあげた後リビングに連れられ、今に至る。
「卓くん、あの子のこと大丈夫? 何かあったら、言うのよ」
「は、はい。大丈夫です」
まだ不慣れな卓は緊張から言葉がしどろもどろだった。
「あ、あの」
卓は女性に問い掛けようとしたが、言葉が上手く出ない。
「ん?」
卓の様子に気付いた女性は不思議に思う。
「俺、憂さんの事で忘れていることがあって、」
卓が絞り出すように言葉を口に出すと、少しの間が流れ始める。卓自身、自分が言った事に違和感を感じた。その理由は友人達と一緒に尋ねた時に一度言葉にしたのだが、その言葉を忘れてしまっていた。
「そうなのね。焦らずゆっくり思い出していけばいいわ。きっと、突然だったからショックを受けたのよ」
時間が少し経つと、女性が話し始めた。卓の言葉に不審がらず、混乱もせず落ち着いていた。その様子に卓は安心感を覚えた。
「ありがとうございます」
微笑んで女性にお礼の言葉を述べた。その後は覚えている限りであの頃の事を少しばかり話しをして、夕暮れ時に卓は『憂』の家を後にした。
家を後にし帰路につく際に卓は思い始めていた。逆戻りをして味方も敵もいるかも分からない。しかし、もし味方がいるならそれはきっと『憂』の家族かもしれない、と。通常の時間に戻るのに『憂』の事を思い出すのが必要なら近道も家族が一番頼りになるかもしれないとも。
それから、数日経った日のこと。卓はいつも通りの登校をする。正門を通ると、ある人物が卓の視界に映った。
「よ、卓!」
「昂?」
その人物は輝や内海ではなく、昂だった。明るく声を掛ける昂に対して卓は不思議そうな表情をした。
「聞いてくれよ」
突然、明るかった昂が悲しそうな顔をし、卓に助けを求めるように切り出した。卓はもしや思い当たる事だろうと耳を傾ける。次の言葉は予想していた事と違った。
「稀がさ、」
「あ、ああ」
昂の言葉に卓は冷静になり、溜め息混じりに相槌を打った。
「稀が、なーんてな。輝たちの連絡のことなんだけど、全然だわ」
昂はすぐに気を取り戻し本題を口にした。
「おい、話を逸らすなよ」
卓は言葉に思わず突っ込んでしまう。直後、抑えきれず笑ってしまった。
「なんだよ! 卓はどうなんだよ」
卓の反応に昂は怒りっぽい口調になっていた。
「いや、それが忘れてた」
真顔で卓は答える。
「そういえば、昂、お前さ、稀のことが好きだろ?」
卓は続けて言うも急に話を変えた。
「はあ⁉︎」
昂は大きい声で驚きの声を出した。すると、近くにいた登校中の生徒が卓と昂のほうへと目を向ける。その視線を気にせずとも卓は話を続けようとするが、昂に背中から押されてバランスを崩してしまう。なんとか転ばずに済んだもののよろめいた。
「危ないだろ!」
「急に稀のことを持ち出すからだろ。空気読めって!」
昴の言う通りだ。不意に誰々の事が好きみたいな事を言われたら誰だって動揺するだろう。
「私がどうかしたの?」
『わ!』
突然、横から入ってきた稀に卓と昂は声を揃え驚きの声を上げた。
「なんでもねえよ」
そう言うのは昂だ。昂は急ぐように早足で先に歩く。
「なによ」
稀は頬を膨らまして言うと、昂の後をついていった。
「は! なぜ、ついてきてるんだよ」
「さっきの言葉の続き、何かあるなら言いなさいよ!」
稀の行動に昂は驚き更に早足になるが、先ほどの内容が気になるのか尚更ついてくる稀には効果がなかった。卓はというとゆっくり歩きながら、その様子を眺めていた。その様子になぜだか微笑ましく思い思わず笑みが零れてしまう。もしかしたら、昂と稀も味方の一人ではないかと思い始める。
「やめろって。卓、笑ってないで、なんとかしろよ」
「さっきの話はなんだったのよ!」
昂が卓のほうへと戻ってきて背後に回る。それにつられて稀も卓の元へと近寄ってきた。卓は戸惑い始めた。そんなやり取りをしていたせいで、いつの間にか朝のホームルームの予鈴が鳴り、三人は遅刻間近にそれぞれの教室についた。
作者のはなさきです。ここまで読んでくださりありがとうございます。いかがだったでしょうか?
ちょっぴりほのぼのさな話を入れてみました。この先、どうなることやら…。
次話更新予定日は来週4月14日(土)お昼の予定です。※予定変更の可能性あります。
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では、またの更新を。




