36話 後押しと心変わり
それはほんの数秒前の事だった。
「輝、それ本当? 今まで隠してたの? なんで? どうして?」
輝と瑠里が卓の家に訪ねてきた後、瑠里は卓から渡すものがあると言われ、居間に招かれていた。正確には卓の姉の美琴からだという。
一方、輝は瑠里についていかずに一人で二階の卓の部屋で二人を待つことにした。しかし、その部屋には輝の知っている人物、内海がいたのだ。輝は内海と少しの会話をし、お互い時間が戻っているだろう、その目的はなんなのか交換条件で話を進めていた。最中、タイミングが悪く下の階にいたはずの瑠里が部屋の前まで来ていた。どうやら、輝と内海の話を聞いていたらしい。
卓も来ていたのだが、話していた二人からは視界に入らない場所にいたせいか、二人は卓に気付いていなかった。
「瑠里」
「輝が私と同じ頃に時間が戻っているって、安心してずっと信じていたのに、」
輝は瑠里の名前を咄嗟に呟いていた。今まで一緒に居た時間の中での自分の気持ちを素直に打ち明けた瑠里は直ぐに階段を降りていってしまった。
扉を開ける音。それは直ぐに聞こえた。瑠里は家を出ていってしまった。その際に卓の姿が輝と内海の視界に映る。
「菅原? 騙していたわけじゃないんだ」
内海が卓に誤解を解くように言う。しかし、内海の言葉など気にする様子もなく卓は輝を見やる。
「輝、いいのか? 瑠里を追いかけなくて。今ならまだ間に合う」
「……」
輝は項垂れていたままで顔を上げない。
「輝、しっかりしろ! 瑠里はお前の彼女だろ!」
輝の様子に苛立ったのだろうか、卓は気をしっかり持つように強く言葉を掛けた。すると、決心するようにやっと顔を上げた。
「卓、悪い」
卓の声に何かを気付かされ、輝は言葉を残して部屋を去った。階段を駆け下りる音が卓の耳に届くと、今度は玄関の扉が開いて閉まる音が聞こえた。たったの数秒間の出来事だった。
二、三分経った頃だろうか。取り残された内海が卓のほうを向いて口を開く。
「なにやってるんだよ。聞いてたんだろ。いいのかよ」
なぜだか、内海が残念そうにしている。卓はというと、焦った様子も戸惑いも無かった。ただただ冷静で落ち着いた様子だった。
「あれはあれでいい。それよりも説明してくれないか? 目的を、」
内海はそれを聞いて目を丸くした。余りに予想外の卓の反応に驚いて、固まってしまった。
「菅原らしくないな」
「慣れてしまっているからかもな」
会話の後、お互い笑いあっていたが、目は笑っていない。状況も状況で笑えなくなってしまっていた。
「それで、」
内海は一息吐くと、気持ちを切り替えるように言葉を発する。卓は内海の次の言葉を黙って待った。
「目的は、菅原に憂ちゃんとの記憶をただ思い出してほしいだけなんだ」
内海は静かに言う。
「それだけじゃないんだろ?」
卓は全てを見通すような目で問い掛けた。
「さっき、話を聞いてただろ? 最初は違かった。俺は、憂ちゃんが好きだった。憂ちゃんと一緒にいる菅原が羨ましかった。まさか、時間が戻るとは思っていなかった。戻ったのを利用して憂ちゃんに告白しようと思ってた。けど、菅原も戻ってると知った時、あんなに憂ちゃんと楽しくしていた菅原が記憶を忘れているなんて思わなかった。悲しくなって、それで、」
長々と説明するように話し始めた内海だが、途中まで言うと、何かをグッと堪えて、口を噤んでしまった。
「分かった。もういい」
内海の様子に何かを悟ったのだろうか、卓は落ち着いた表情をしていた。それは戻った最初の頃に比べると、随分様変わりしていた。それも束の間、次の瞬間衝撃の言葉を放ったのだ。
「帰ってくれ。もう二度と来ないでくれ」
それは激怒というよりは疲れきったような様子で、さっきまでとは一変した。それを耳にした内海は唖然とするしかなかった。
「菅原」
その場から動かず、内海は名前を呟く。
「頼む、帰ってくれ。痛っ」
突然、卓の頭に痛みが走り、咄嗟に頭を抱えた。
「菅原、大丈夫か?」
内海は依然として帰ろうとはせず、心配し始めた。
「帰って、くれ!」
内海の心配を他所に卓は頭を抱えたまま怒鳴るような声で言葉を放った。仕方なく内海は部屋を後にし、卓の家を出ていってしまった。
家を出た後、心配そうな目で後ろを振り返る。浮かない顔でその場を去っていった。部屋に一人残された卓は痛みが収まる気配がない頭痛に蹲った。
作者のはなさきです。ここまで読んでくださりありがとうございます。いかがだったでしょうか?
卓に後押しされて輝は瑠里を追いかけ…。卓は内海の言葉に何を思っているのか。
次話更新予定日は来週3月24日(土)午後の予定です。※予定変更の可能性あります。
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では、またの更新を。




