29話 突然の訪問と消失と
不意に卓の部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。
『卓、いるか?』
「……」
扉越しに聞こえてきた輝の声に卓は黙り込む。居留守を使うか否か考えた。そもそも家に入る時に姉の美琴が居ると返事をしたから居留守など無意味なのだが。それなのに、なぜ黙っているのか。
それは、数分前の事だった。卓は休日だから朝寝坊してもいいのだと思い、七時を過ぎても気持ちよさそうに寝ていた。それが突然、美琴の大声で目が覚めてしまった。
何事かと思っていたら、友人の輝と瑠里が来ていたのだ。予想外の出来事に卓は再び寝ようと思っても寝られずに焦り始めた。その間に二人はいつの間にか家に上がってきて、部屋の前まで来ていた。
『おーい!』
『まだ寝てたり?』
『いやいや、あの卓がそんな訳ないだろ』
(それがあるんだよ! つか、あの俺ってどんな俺だよ!)
扉越しの二人の会話に卓は心の中でツッコミを入れるように呟いていた。次の瞬間、ドアノブがガチャと音を立てる。部屋にかける鍵はないため、外からは簡単に開けられる。勝手に入ろうとしてきている二人に卓はあたふたしている。そうしているうちに扉が開いた。
「卓?」
「は?」
部屋の中に入ろうとした二人は頭にクエスチョンマークを浮かべて立ち止まっていた、のも束の間。毛布が盛り上がっているのを見てそれぞれ思った事を口にした。
「は? まだ寝てるのかよ」
「ほら、やっぱり寝てたよ」
卓は誤魔化すために、毛布を被っていた。
「どうする?」
「起きるのを待とう」
瑠里と輝はそう言うと、部屋の中へと入り地べたに座り込んだ。
(は? 帰らないのかよ)
二人の行動に卓はまたもツッコミを入れる。実をいうと、卓は毛布を被っているものの、寝てはいない。寝たフリをしているだけだった。
「ねえ、起きないよ」
「……」
二人は寝たフリをしている事に気付かないまま、卓が起きるのを待っている。ただ部屋の時計の音だけが響く。卓は毛布を被ったまま身動きしない。というよりも動いたら起きていることがバレてしまうだろう。バレたくない卓は我慢した。
一方、部屋に居座ったまま動かない輝と瑠里。いや、瑠里は慣れない空気に辺りをきょろきょろと見渡している。
それから何分経っただろう。そんなに経っていないかもしれない。突然、輝が立ち上がって毛布を被っている卓を真顔で見下ろした。
「おい、卓! 本当は起きてるだろ?」
「え?」
不意に輝が思わぬ言葉を発した。同時に瑠里が驚きの声をあげた。その瞬間、卓を覆い被さっている毛布が剥ぎ取られ、卓の身を顕にした。
「ほら、やっぱりな」
輝は卓の目が開いているのを確認すると、呆れたような溜め息を吐いた。輝の手に毛布が握られていた。
「いや、今日って休日だろ。朝早くになぜ俺ん家に来るんだよ!」
身を起こした卓が二人のほうを振り向き、少しイラつきを見せて言った。すると、二人はお互い見合ってムスッとした。少しの間を置いて輝がこう言った。
「大事なことが分かったんだよ」
その表情は真剣だった。
「は?」
卓がきょとんとした目で二人を見る。
「忘れたのか。俺たち、時間が逆戻りしているだろ」
輝が説明するように言うと、隣にいた瑠里が軽く頷く。しかし、輝の言葉を耳にしても卓は理解していない様子だ。
「時間が逆戻りってどういうことだ?」
『え?』
卓の言葉に二人は驚きの顔をし、声が重なった。再び顔を見合わせる。驚きは嘘ではないが、卓が嘘を吐いている事も十分に有り得る。
「なに言ってるんだ。もう一度、言う。俺たちは時間が逆戻りしているんだ」
「そうだよ」
「……」
輝と瑠里は口々に発するが、卓は理解不能な表情でついには黙り込んでしまった。どうやら卓の言葉は嘘ではないようだ。
「チッ、くそっ。こんな時に限ってなんだよ!」
「輝、落ち着こうよ。きっと大丈夫だから、」
輝は状況に舌打ちをし、気持ちが追いつかず怒りが込み上がっている。 瑠里が宥めようとするも輝は部屋を出ていった。
「ま、待って」
すかさず、瑠里が輝のあとを追いかける。独り残された卓は頭が困惑していた。
いったい、卓の身に何が起こったのか、卓自身さえも分からなかった。ただその理由にはきっかけがあった。
作者のはなさきです。ここまで読んでくださりありがとうございます。いかがだったでしょうか?
卓の家に突然訪問してきた輝と瑠里。しかし、2人の予想外なことに卓は『時間が逆戻りしている』のを忘れているのか。はたまた、普通の日常に?その訳とは…
次話更新予定日は2月3日(土)お昼の予定です。※予定変更の可能性あります。
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