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 それから、二週間ばかりを置いて再びクランを訪ねたが、アルノーの返事はそっけなかった。仕方なく、菓子を購って帰る。

 また二週間を置いて、訪問。結局そうして、月に二回の訪問は数カ月におよんだ。そろそろ姉の死から半年が経とうとしていた。ミラベルにも、自分がなぜこんなことをしているのか、疑問にすら思う。


 なぜクランに通うのか。正確に言えば、なぜ、ユーリアンにこだわるのか。

 はっきりとは分からない。ただ、多分、きっと――それが姉のものだから。


 ジゼルの死によって、彼女の持ち物は全てミラベルのものになった。本当に欲しかったものは何もかも持っていかれてしまったけれど、少なくとも、目に見えるものは全て残った。手に入れていないのは、ユーリアンだけだ。




 姉の部屋に入り、置きっぱなしの箱を開ける。塔の私室からもってきた私物類だ。時々こうして、姉の部屋で時間を過ごす。

 自分には全く役に立たない本や、使い古しのペンを、取り出してはしまう。

 美しい装飾の小箱には、期待したような宝石類ではなく、いくつかの魔石が入っていた。全く姉らしい。何に使うかが記されていないので、使いようがない石だ。表面がすべすべしたそれらの石は、触れていると気持ちが落ち着くので、悪いものではないだろう。


「あっ」


 触っていた石を落してしまった。二つの石が、かつん、とぶつかる。

 と――声が聞こえた。


「え?」

『ユーリ。もしもの時のために、これを残します』

「え? え? お姉さま?」


 それは石から聞こえてきた。まごうことなき、姉の声だった。


『治癒魔術が使えないこと、ずっと悩んでいたのを知ってる。あなたの目指すものが、お母様の病気を治したいって一心だってことも。

 目指すものに力が足りないって、つらいことね。でもね、ユーリ。わた』


 ぴたり、と声は止まった。慌てて石を拾いあげるが、うんともすんとも言わない。ひっくり返したり撫でたりしてみる。

 そうだ、と思いつき、一緒に落ちた石を拾って、二つを打ち付けてみた。さっきは気付かなかったが、青い光がふわりと弾け、


『ユーリ。もしもの時のために、これを残します』


 再び最初から声が流れた。が、やはり途中で止まってしまった。なんらかの阻害があって、全ては聞けないのかもしれない。


「治癒魔術が使えない……?」


 ミラベルは知らず、唇の端がつり上がる。

 手早く石をハンカチで包むと、自室に戻って外出の準備をした。馬車を用意させ、向かうのは閉店間際のクラン・クランだった。








「あんたも大概しつこいな。あいつはいずれ帰って来るさ、それを待てないのか?」

「そういう訳ではないのですが、アルノー様のお顔を見に来るのが恒例になってきてしまっていますわ」

「三十路のおやじに世辞はきかねぇよ」

「ところで、アルノー様は、かの方とはどのようなお知り合いですの?」


 人気のない店内で、最近は紅茶を振るまってくれるようになった。淹れてくれた熱々を、息を吹いて冷ます。


「俺の親父は、あいつんちの庭師だったんだ。だから、小さい頃からセシュラール邸に出入りしていた。顔に似合わずやんちゃなあいつとは気が合ってな。おこがましい言い方をすれば、幼馴染ってやつだな」

「お父様の跡は継ぎませんの?」

「あいつと一緒によく厨房に忍び込んでは、つまみ食いをした。この世にこんな美味いもんがあんのかって思ったね。それ以来、俺は美味い物を作る仕事をするって決めてんだ」


 かちゃり、とカップを置いて、ミラベルは傍らの小さなバッグからハンカチを取り出した。テーブルの上でそれを開く。


「よく理解できました。その上で、かの方と本当に仲がよろしかったアルノー様に、みていただきたいものがあるのです」

「魔石か?」

「はい」


 身を乗り出す男の前で、石同士を軽く打ち付ける。ジゼルの声が流れた。

 アルノーは驚いたように瞠目し、じっと聞き入っている。声はやはり、途中で途切れた。


「これは?」

「お姉さまの遺品から見つけました。偶然ぶつけてしまって。あの、これは本当ですの? かの方が、治癒魔法を使えなかったというのは」

「あ、ああ。対外的にはあまり公にはしていなかったが、魔力の海と言われたあいつもなぜか治癒だけはできなかった」

「それ、ではないでしょうか」


 いぶかしげな顔をされる。その目をじっと見ながら、


「おかしいと思っていたのです。魔力量を増やす実験に、姉が自分を使うと、微量増えた程度では結果が分かりにくい。もともと、かの方ほどではなくとも大きな魔力量でしたもの。姉がそんな無駄な実験をするとは思えません」

「何が言いたい」

「禁忌を犯したことを否定して、姉の罪を消そうというわけではありません。姉は人体の変質に手を出したのでしょう。けれどそれは、魔力量の増幅などではなく――使えない魔術を引き出す術だったのでは……?」


 アルノーは、痛みを堪えるような顔をした。目をそらし、堪えかねたように頭を抱える。


「馬鹿な……。ジゼルは、あいつのために死んだってのか!」

「かの方は、治癒魔法が使えないことに苦しんでいた。姉は愛する人が悩んでいるならばと、天才たる所以の発想力と実行力で、それを解消しようとした。

 姉もまた、土の魔法が使えませんでした。姉にとってそれはたいしたことではないようでしたが、実験の対象としてはふさわしいものだったでしょう」


 自分の言葉が浸透するまで、しばらく間を置いた。

この数カ月、時間をかけて顔見せをしてきた。人は、接する時間が多ければ多いほど、関係性を感じて行く。アルノーの中では今、ジゼルと同じ顔をした自分もまた、顔見知り以上のカテゴリに入っているだろう。

 ゆっくりと網を引き絞るように、声質を低く優しくして問いかける。


「もう、十分でしょう」

「……」

「半年が過ぎました。姉さまをせめてひと時、墓前で御慰めしてほしい。私の我儘と思われても構いませんわ。姉さまはきっと――愛した人の花の一輪を待っています」


 アルノーの目が開く。自分の言葉が食い込んだことを確信した。


「……次の定時連絡で、はっきりした居場所を聞こう。俺のところにだけ、念話の陣の印を置いて行ったんだ」

「あり、がとうございます」


 声を詰まらせ感謝を伝えつつ、ふと、思いついた。そうだ、なぜ今まで考えなかったのだろう。


「私が迎えに行きたいのですが?」

「なに?」

「きっと、念話越しにこんな話を聞かされても、混乱されるだけでしょう。それに、遠い地で一人、この事実を受け止められるとは思えません。心配ですわ。かといって、事情も話さず戻ってほしいでは、おいそれとは肯かれませんでしょう」

「ああ、確かに……」

「可能であれば、私がこの魔石を持ってお迎えに参ります。真実を伝え、かの方を見守りつつ姉さまの前までお連れしましょう」

「そうだな……俺はあんたと違って、店を放り出してかけつけてやるわけにはいかない。それが一番、いいのかもしれない……」









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