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「嫌味か? それとも、同情か?」


 面白そうにセルジュが尋ねてきた。いつからいたのか、どちらにしろ最後のセリフは聞かれてしまったらしい。


「嫌味に決まっているでしょう? 私がユーリを追いかけてきたですって、なんという侮辱!」

「強烈だったなぁ。嫌味を言わせれば天下一品と言われる貴族の子女を、見事に返り討ちだ」


 心配するどころか、呑気にお酒の飲み比べをしていた夫人をせかして、馬車に乗り込んだ。セルジュとは別に乗ろうとしたが、これは夫人に拒否されてしまった。仕方なく、来た時と同じ組み合わせで帰途につく。


「貴族の嫌味なんて、お上品で笑っちゃうわ。下町の口汚い男の子たちに、貧乏人の子、片親の子と、あらゆる表現でからかわれてきた私に勝とうなんて、百年早いのよ!」

「上品だからこその難しさがあるんだぜ? だが、お前はうまくやり返した。悪役の才能があるな」

「子どもは無邪気なんて、幻想よ。本質は残酷で、相手が傷つくことを知っていて、容赦なくそこをえぐる悪魔だわ。私はもう子どもじゃないから、この程度で許してあげたの。感謝してほしいわ、全く」


 憤慨するシルビアの頭に、セルジュの手が伸びてきて、くしゃくしゃと撫でた。びっくりし過ぎて固まってしまったが、次第に、せっかく綺麗にセットしたのに、と考えて小さく抗議してみた。

 声が小さくなってしまったのは、それが存外、心地よかったから。小さな頃以来の感覚に、なんとなく身を任せる。


「子どもの残酷さは、俺もよく知っている。この髪を忌み子と嫌う大人は多く、家々でそう言われて育つ子どもたちもまた、見た目だけで俺を厭うようになる。女のお前とは違い、俺のは直接的な暴力がほとんどだったがな」

「え? 髪の色? そんなことで?」


 本気で驚いたシルビアに、セルジュは苦笑して、黒髪の謂れを話してくれた。曰く、それは異界人の流れをくむもので、異物扱いする国民が少なくないのだと。


「嘘よ、だってほら、タカユキって人も、皇太子と踊っていた女の子も、黒髪だったじゃない」

「ああ、彼らは異界人だ」

「はっ?!」

「何年か前に、大きな天変があっただろう。クワが採れずにカイコが死んだ年だと、お前、資料にまとめていたじゃないか」

「ああ……あれ、界渡りだったの。田舎にはそんな話、流れてこないのよ」

「あの時に、彼らはこちらに来た」

「待って待って、タカユキは血縁だと言ったじゃないの。異界人なのに?」

「うーん、説明が煩雑になるが」


 そう言うと、セルジュは『界渡り』と呼ばれる現象について、簡単に説明してくれた。


 『界渡り』とは、古くは異界人がこちらに流れてくることだ、と考えられていたが、近年、さらなる事実が明らかになった。それは、異界人とこちらの世界の人間が入れ替わってしまう現象だ、と。

異界はどの年代でもこちらの世界よりもあらゆる面で発達していて、その訪れは多くがこちらの文明の躍進をもたらす。ゆえに待ち望む声も多いが、それを異分子として排除しようとする動きもなくはない。事実、あの異界人の少女は、そうした集団に命を狙われたことがあるらしい。


 かつて、古い時代に、タカユキの祖父であり、セルジュの祖父の兄が、異界人の代わりに向こうに引きずられた。一般的に、単なる行方不明者との区別はつかないものだが、時を経て孫のセルジュが『界渡り』の異界人と共に返って来たことで、あれが交換されたのだと分かったそうだ。



「ふうん。じゃあ、彼らが来たのと入れ替わりに、誰かが向こうに行っているの?」

「おそらく。だが、それを確かめる術はない。そこそこ制度化が進んでいるわが国でも、行方知れずは年間でかなりの人数になるからな」


 そこまで聞いて、翠嵐邸に到着した。さすがに、慣れない場で疲れたシルビアは、まだ帰らないイレニウスを待つ必要はないという夫人の言葉に甘えて、すぐにベッドにもぐりこんだ。


 寝しなに、久しぶりにみたユーリアンの顔が浮かぶ。まるで非難するような。

 喜んでくれるなんて、思ってはいなかったけれど。




















 開幕の儀より三日後、ミラベルはとある店を訪れた。ただ、店は閉まっている。飯屋などとは違い、菓子店は早めに店じまいするのが通例だからだ。

 店の名は、『バスティ・バスティ』。クランから独立した、アルノーの店だった。


「お久しぶりですわ、アルノー様」

「二週間で久しぶりもないがな」


 紅茶を振舞われ、試作品らしい菓子を出される。まだ新しい店だが、すっかり甘い匂いがしみついている。


「どうした。今日は大人しいな」

「ええ。ねぇ、シルビアという名を覚えていらっしゃいます?」

「誰だ、それは。……いや、ああ、確か、ユーリアンが転がり込んでいた部屋の娘か」

「娘などという年ではありませんわ。狡猾で、やり手の女です。はしたないことに、あの女、ここまでユーリアン様を追いかけていらしたのですわ」


 アルノーは目を丸くした。


「追いかけて? そりゃまた、豪胆な女だ。押しかけて来たのか?」

「いいえ。図々しくも、イレニウス辺境伯様に取り入って、そのご家族についてきたのですわ。仕事だとか言っていたけれど、下品に着飾って踊っているような女に、そんなことが出来るはずがありません。大ウソをついてまで、自分の身分を底上げしようと必死なのです」

「そりゃあ、とんでもない女だな。ユーリアンがひっかからなきゃいいけどな」

「ええ。どうにかして差し上げたいわ。どうしたらいいのかしら。どうしたら、ユーリアン様をあの女から守れますの?」


 不安にかられて呟くと、アルノーはなにやら思案顔をしている。


「男ってのは、女で変わるもんだからなぁ。しかし心配なら、そのシルビアって女、社交界から追い出せばいいじゃないか。庶民なんだろう?」

「ええ」

「なら、元々そこにいるべき人間じゃないのさ。そのことを、周囲に知らせてやればいい。集団の自浄作用で、自然と居心地悪くなって出ていくさ」

「まあ。なるほど……なるほど、その通りですわね。幼いころから貴族社会で生きてきた私の言葉は、多少の信用があります。

 ええ、早速。噂話は好みませんけれども、ユーリアン様のために」

「怒るようなら、残念だがたぶらかされちまってるんだろうな。怯むなよ。いずれ感謝されるからな」


 ミラベルは、こくりと頷いた。




 翌日から、少しずつ噂を流した。招かれたお茶会や、慈善事業の合間、あるいは刺繡の会の雑談などで、さりげなくシルビアの話をするだけだ。その出自が庶民であることや、馬小屋以下の部屋に住んでいたこと、まともな教育を受けていないこと、そのような女が仕事などできるかしら、とどうでもよさそうに、あるいは心配そうにつぶやくだけだ。


 貴族の女は、社交が仕事だ。あらゆる噂に網を巡らせ、伝手を作り、関係をたどって体制を把握しようとする。領地の実質を担っているのは男だが、そこに至るまでの情報は多くがこうした噂話から得られるものなのだ。


 シルビアのことは、ミラベルが口出しをするまでもなく人々の口の端には上っていた。鉄仮面と同伴し、豪商の娘である辺境伯夫人に侍り、高い地位にいて政治にも経済にも貢献しているイレニウスの傍らにいる。噂にならないはずがない。

 ほめたたえる者もあれば、見下すものもいる、登場から間もないために評価の二分されている彼女についてならば、ほんの少しつついてやるだけで、簡単に悪評に傾く。


 ミラベルが噂話の口火を切るだけで、まずはミラベルと同世代の娘たちがシルビアを悪く言うようになった。これは、鉄仮面を脱いだセルジュメーラが、存外男ぶりの良い顔と姿をしていたことにも、関係があるかもしれない。

 あとはこれが奥様方に広がるのを待ち、それから、それぞれの夫に話が上がっていくのを見ているだけ。やがて、噂は権力関係に影響していくことになるだろう。

 事態は、ミラベルの手を離れたのだ。








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