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魔術師様を拾いました  作者: 有沢ゆう


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 朝と昼の間程度の時間に、家へと戻る。まるで昨日の再現のように、女と侍女がテーブルにいて、ユーリの姿はなかった。


「ああ、おかえりなさいませ、ええと、お名前は?」

「ユーリは?」


 問うと、ミラベルは、くすり、と笑った。なんとはなしにむっとする。昨日までとは、随分雰囲気が違うではないか。


「かの方が、随分と気になるようですわね」

「うわ、ゲスい顔」

「なっ?! ……こほん、かの方はいま、デュラン商会のお屋敷ですわ。大きな転移陣を使用する時は、魔術塔の許可が必要ですから、それを取るために。つまり、商家のお宅の陣を借りるわけですわね」


 デュラン商会は、絹の工場から製品を一手に買い上げ、転移陣を使って王都まで荷を運んでいる。陣はたいてい、よほどでなければ決まった場所へしか飛べない。つまり、ユーリは王都へ帰るのだ。


「そう。私は仕事へ行くわ。火の始末さえしてくれれば、後は適当でいいから」

「かの方へ何かお伝えしましょうか?」

「いらないわ」

「よろしいの? 多分もう、会えませんわよ? ここへはもう用はありませんし、あなたも王都へいらっしゃることなど、ないでしょう?

 まあいらしても、おいそれと会える方ではありませんけれど」

「そう。ユーリって本当に偉いのね」

「呆れた。かの方の身分は、私より上ですわ。ですから、そのように気安くお呼びするのはおやめなさいな」


 ミラベルの身分を知らないので比べられないが、これだけ高貴な雰囲気と、高価な服装をもつ彼女より上なのだとしたら、確かにそれは相当だ。なんにしろ、どうやらこれでお別れだった。


「お待ちになって。かの方は、こちらで随分とお世話になったと聞きますわ。お礼をしたいとおっしゃっていましたが、もう出られるのならば、私が代わりに立て替えいたしましょう。いかほどお支払いすればよろしいかしら?」


 すかさず侍女が、小切手らしきものを取り出しテーブルに乗せた。シルビアはそれを見ながら、思わず笑う。それをどう勘違いしたのか、


「ええ、構わないのよ、お好きなだけおっしゃって?」

「いいえ結構よ」

「……え? 遠慮なさらないで、よろしいのよ、私にはたいしたことではないわ」

「言うほど一方的にしてやったとは思ってないし、それに――」

「それに?」

「もう出なくちゃ。ごきげんよう、お嬢様」


 引き止めかけるのを無視して、外に出た。

 もしもこの半年に値をつけるというのなら、幾らに見積もられるのだろう。半年分の生活費か。ユーリにとってのそれは分からないが、シルビアにとっては、とてつもなく価値があった。おそらくは一生で最も価値ある半年だっただろう。差し引きすれば、もらうどころか払わなければ。

 いや、どうだろう。貰ったものの代わりに失ったものもまた、随分と大きかった。このぽっかりと胸に空いた穴は、一体何を持って埋められる?

 とりあえずは、昨日買った服に着替えて、仕事に行く。母を失った時と同じだ。そうやって毎日を雑事で暮らし、少しずつ少しずつ――記憶ではなく心を忘れて行く。














 ぼさぼさの髪に、粗悪な布で出来た服を着た女は、終始無表情で言葉を交わし、そして出て行った。家は、馬小屋よりも狭い。

 宿はとってあったが、結局、ユーリアンと話し込んだことで、昨夜は一晩中起きていた。なんだかんだと淑女として規則正しい生活をしてきたミラベルだが、目の前にいた男の様子を観察するのに忙しく、少しも眠くはなかった。

 美しい男だった。生まれ持った高貴な空気をまとい、それだけではない、芯のしっかりした大人の印象を持った。この男が、姉の恋人かと思えば、ただただ称賛できない気持ちもある。


 ゆっくりと階段を上って来る足音がして、ユーリアンがドアを開けた。


「申し訳ありません、転移陣の手配、おまかせしてしまって」

「構わん。俺が行く方が早い。夕刻には使えることになった」

「それと、この部屋の持ち主の方、一度戻って来たのですが、すぐお仕事へ行かれるとか」

「そうか」

「王都へ戻ることはお伝えしたのですが」

「そうか」


 うつろな目をした男は、言葉少なに応えた。だが、会話の内容を本当に理解しているかどうか、怪しいものだと思う。

 姉の死の真相が、自分のせいだった。その事実は、例えようもないほど重かったらしい。ミラベルの誘導するまま、すぐに王都へ戻って姉の墓へ、という話はすぐに受け入れられた。

 ここまでは、馬車を仕立て十日もかけてやって来たが、帰りはユーリアンとともに、陣に便乗させてもらえる。王都へ帰ろう。そして、彼とともに、姉の墓前に花を捧げる。

 そうしてそれから――それからのことは、じっくりと考えよう。彼を手に入れるために。











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