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、、けれど、言えない相手なら、いるのかしら、、と、口には出さずに失礼なことを思う。
「私は、器用な方ではありません」
ぽつりとフィリップが言う。
「だから、愛した人としか結婚は出来ない」
「、」
真剣な眼差しに、言葉が詰まる。
それほど、私は嫌われていたのか、と思う心と、彼に本当は好きな人がいるのかもしれない、と思う心。
今まで、考えたこともなかった。
自分がどれほど嫌われているか。
そして逆に、彼の好く人。
近い将来、彼の隣に立ち、、生涯を共にする女性のことーー
「、、っ」
突然、濁流のように押し寄せた絶望感と悲しみの感情に、フィリア自身が困惑した。
これまで、彼に何を言われても平気だった。
そう言われることが当然だと思っていたし、なにより、嫌われてはいても、顔を突き合せるのが嫌な程、憎まれている訳ではないと思っていたからだ。
言葉と行動がどんなに酷いものでも、どこかそこに、、彼なりの距離の詰め方があると思った。
腹が立つ、嫌い、それを決して忘れて欲しくない、が、少しは仲良くしてみようという気持ちがあるのだと、、
ふと彼を見ると、驚いた目で見つめられる。
「フィリア様、、?」
「、」
涙が、溢れていた。
出そうにも、声が出ない。
、、いつものように、謝ればいい。
今回は心から。
そしてもう、会わないと言えばいい。
これ以上、何もできないと。
婚約の話も、父に、とんでもない我儘娘の振る舞いをし、なんとか母にも力も借りて、婚約破棄をして。
そして、父の言う通りにし、父が選んでくるだろつ、一番この家のためになる人と、結婚をすればーー
「どうしてーー「お嬢様は、具合が悪いようです」
いつの間にか、ミリーが横へ居た。
目がおそろしいぐらい鋭く、フィリップを見ている。
「具合?」
「そうです。朝から、体調が悪いとおっしゃっていました。そしてそれが、今、限界に達しました」
「、、君はーー」
「どうあれそうなのです、フィリップ様。どうか、お引き取り願えませんでしょうか」
彼女にしては珍しい強い口調。
口を開くフィリップに有無を言わさない雰囲気があった。
「、、フィリア様は、今日にでも旦那様へ婚約破棄を申し出るでしょう。お嬢様は我儘な方ですから。いつもと様子の違うフィリア様、仕方なく旦那様はそれを認め、双方の家に亀裂が入らないよう、フィリップ様のお家に貸しを一つ作ります。そしてそれが消化されれば、、フィリップ様とフィリア様の繋がりは、金輪際消えるでしょう」
「、」
「また近い内、フィリア様は別のお方とご結婚されますね。全てフィリップ様の望む通りです。ですからどうか、お引き取りを」
顔を歪めるフィリップに、ミリーはふん、と鼻息を荒くする。
他の侍女たちが慌ただしく近づいてくる。
「、、フィリア様」
小さくフィリップが名前を呼ぶ。
どうしても、顔が見れなかった。
「私は、、申し、、」
「これ以上はどうか。フィリップ様」
「っ、、また、来ます」
ミリーに急かされ、フィリップが立ち上がる。
遠ざかる気配に、どっと、安堵と、喪失感が湧いた。
「ミリー、、」
「すみませんお嬢様、、でしゃばりました。それから、、長い間お世話になりました、、」
げっそりもそう言うミリーに、ふふ、と小さな笑いが込み上げる。
主人にはあけすけなミリーだが、外ではそれを見せたことがない。
許されないことだとわかっているからである。
「いいえ、ありがとう。本当に感謝してるわ、ミリー。それに大丈夫よ、貴女にはこれからも居てもらうわ」
「けれどお嬢様、、」
「それと、今日は、貴女たち侍女に声が聞こえないよう、わざわざ遠くに下がらせていたのに。会話、聞こえていた?」
「いいえ、全く。私が、口の形から会話を読み取っていただけです」
「、、凄い方法ね」
素直な感想が出る。
いつの間にやら涙は引っ込んでいた。
「また、来るのかしら」
ぽつりと呟く。
「、、もう、来ないで欲しいわ」
目を伏せる。
泣いてしまった理由。
そんなの、考えたくなかった。