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次に二人が再開したのは、彼女が16歳、彼が24歳の時だ。
『フィリア、お前は最高に美しいよ』
彼女の手を取った父親が、上機嫌で彼女を褒める。
それは社交界デビューの日であった。
『、、ありがとうございます、お父様』
一方、彼女の顔は晴れない。
ついにこの日が来てしまった、という観念にも似た感情を抱いていた。
『ほらほら、もっと笑いなさい。母さんによく似た、せっかくの美人が台無しだ!』
『、、嬉しいわ!お父様!』
『それそれ!それだよ!可愛いなぁ~フィリア!』
とびきりの作り笑顔と作り声でそう答える。
母様から仕込まれた特上の媚び術である。
それを褒めてフィリアを乗せてくれる父は、ある意味寛大な人だった。
ーー彼女はあまり人付き合いを好まなかった。
ひっそりと読書することを好み、お茶会よりも、本が好きで、それについてあれこれと友達と話すことの方が好きだった。
要するにとびきりのマイノリティーであり、地味なグループの一員であった。
ゆえに、男の人への興味どうこうはまるでなし。
夢に見た社交界デビュー、、なんてこともないのだった。
父も父でよくそれを許してくれたとは思う。が、さすがに16歳ともなれば、家のための夫探しという義務を果たすようにと、圧力は感じた。
また、場合によっては政略結婚もありうるのだろうなという気配は、それなりに感じてもいた。
『フィリアはどんな人がタイプなんだい?』
『真面目でお硬く、浮気をせず武闘よりも本を好み、淡々と生涯寄り添ってくれる人』
『ダメダメ。そんな人連れてきたら問答無用で引き裂いちゃう。私と正反対の人間だねぇ』
あははと笑う父。
なにを隠そう、、というか、父は隠さない浮気者だ。
ただし愛妻家でもある。矛盾はしているが。
『浮気されるのは嫌ですもの。顔の整った殿方はイヤ』
『その父の顔があったから、こんなに可愛く産まれたのに』
『私は母似です、父様』
『手厳しいねぇ、フィリアは~』
およそ和やかとは言えない会話だが、フロアに近づくにつれ、視線がどんどんと集まってくるのを感じた。
『、、居心地が悪いですわ』
『これだけ注目を浴びればそれはね。その内に慣れるよ。私とリリアンもそうだった』
リリアンとは、すなわちフィリアの母の名前である。
『ですが、、』
その中でもとびきりの視線を感じ、フィリアはハッとその人を見た。
ーーフィリップ様。
忘れもしない。大人になり、より美しくなったあの人だった。
『、』
一瞬、奇妙な懐かしさに襲われ、目を奪われる。
周りの時が止まったかのようだった。
しかしそれも一瞬。
彼は周りの令嬢からするりと抜け出し、どこかへ行ってしまった。
『フィリア?どうかしたのかい?』
ぼんやりとするフィリアに、父が声を掛ける。
『いえ、、どうもありません』
そして彼女は、ふいと前を向いた。
きっとこれからも話すこともないだろうとタカをくくって。
『お久しぶりですね、フィリア様。すっかり大人になられて』
背後から唐突に声を掛けられ、びくりとする。
振り返ると、そこには、かのフィリップの姿があった。
『、、驚きました。フィリップ様』
にこにこと笑うフィリップの優しい甘い笑顔は、あの頃と変わらず、いや、あの頃よりも、より磨きが掛かった王子様スマイルになっていた。
誰もいないバルコニーで身を潜めていた彼女が、月明かりに照らされた彼の姿を見て、はっとしてしまうぐらいには。
『どうして、このような所に?』
ろくな挨拶もせず、彼が近づく。
紳士であると噂の的である彼らしからぬ行為に少し眉を顰めるが、既に初対面で挨拶をしている身。(その後立て続けに美しいとか言われ私が噛み付いた)
だからだと自分を納得させる。
また、それよりも自分がした振る舞いを、謝らねばならないと。
『月が綺麗だと思いまして』
にこりと意味ありげに微笑む。
母に叩き込まれた淑女としての振る舞いだった。
『、、』
途端に黙るフィリップ。
面白く、機転の利く、そんな殿方。
若い令嬢たちからそう囁いて教えられた。
フィリアは、だから、何故だか焦った。
『あ、あの、フィリップ様、、その。私、後悔しているんですの。あの時のこと』
『あの時と言うと』
『、、初めて、お会いした時のことですわ』
思い出し、苦々しい思いになる。
『私、貴方に酷いことを、、本当に、申し訳ーー』
『短絡的ですね』
ぴた、と動きが止まる。