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「、、信じられないわ」


およそ淑女とは言えない顔とげんなりとした口調で、フィリアはそう言った。


「何故私?わたくしなの?あの方、私とだけは結婚なさりたくない筈なのに、、」


「筈もなにもお嬢様、これは既に決定事項です。そこに感情や愛情といったものは含まれませんわ、そう、ただの政略結婚です」


侍女の歯に物言わせぬ淡々とした返答に、彼女は、ぐ、と言葉に詰まる。


「それにしたって、、私の家以外にも、あるでしょう。その、いろいろと」


「まぁ、そうですねぇ、、お嬢様とフィリップ様は、お世辞にも、仲がよろしいとは言えませんものね、、」


「、、貴女、本当にズバズバ言ってくれるわね」


主人にこれほどおべっかを使わない、、というか、身分の垣根を越えて接してくる侍女も珍しい。というか、この貴族社会のどこを探したっていないだろう。そんな侍女のミリーに、フィリアは呆れながらも感服してしまう。


「なぜ、ここまで仲が拗れてしまったのです?」


フィリアのふわふわとした透き通るような金髪を、内心とても綺麗だと思いながら、櫛を滑らせたミリーが尋ねた。


「さぁ、、原因は、、なんだったかしら?色々あったのだけれど、一番最初は、恐らく、あれだと思うわ、、」


フィリアは目を閉じて、その時のことを回想した。










『初めまして、美しいフィリア』


そうキラキラと眩い笑顔を向けたフィリップは、昔から目麗しい少年だった。輝くような金色の髪、笑うと優しそうに下がる目元、背はすらりと高く、湖の側で微笑むその姿は、まるで恋愛小説から出てきた王子様のようだった。


『、、はじめまして』


フィリップより6つ年下のフィリアは、彼が14歳、彼女が8歳の時に、初めて出会った。

悔やむべきは、彼女がもっと幼く、何も考えずに彼と出会うか、もう少し淑女としてオトナとして身の振りを制御できる年頃に出会わなかったことである。


『君はとても美しいね、、まるで、湖に佇む妖精のようだ』


恭しくそう言い、彼女の手に口付けをするフィリップ。

きゃあ、と後ろから上がる若い女の黄色い声とは対照的に、彼女はそれを、ごく冷静に眺めていた。


『、、フィリア?』


彼女の沈黙を不思議に思ったフィリップに、彼女が口を開く。


『いろいろと、、言いたいことはありますが。まず、私は顔を褒められるのはニガテです。よって、そのような賞賛はうれしいとおもえません』


『、』


『つぎに、手にキスはやめてください。わたくし、それは好き合った人にしかしてほしくないのです』


今思えば、なぜあのようなつっけんどんな態度を取ったのかわからない。


だが、あの頃の自分はとにかく尖っていて(ただし容姿を手放しに褒めてくる男に限る)そのくせ古典の合間にこっそりと読むロマンチックな恋愛小説をこよなく愛す、とにかく面倒くさく、嫌な、程度の低いこまっしゃくれた娘だったのだ。


そしてあの時のフィリップの顔は、今でも覚えている。

一瞬見えた、ガツンと、何かで殴られたような顔。


『、、申し訳ない』


綺麗な、整った美しい顔が、僅かに歪んだ。


『失礼なことをしました』


ただそれきり、彼はまた元の笑顔に戻った。


さすがのフィリアも、目の前の彼を傷つけてしまったことだけは分かった。


正直な話、もっと、軽く流してもらえると思っていた。今までの男の人たちからの賞賛は、そういうものばかりだったから。


ある意味で、フィリアも彼と同じぐらいの衝撃を受けた。


『あ、あの、、』


『失礼します』


くるりと、仮面のような笑みを浮かべたまま、少年が背を向ける。


お互い、紳士とも淑女とも言えない行為だった。


それだから、ごめんなさい、という言葉は、拒絶の背中に、発することができなかった。


それが、最初の、最悪の思い出である。







「お嬢様、性格悪いですね」


ミリーがあっけらかんと言う。


「、、尖ってたのよ、あの頃は特に」


フィリアはがっくりと肩を落とした。


ただ、フィリアにも言い分はある。あの頃の男たちと言えば、とにかくフィリアにベタベタと触りたがっていた。


紳士にあるまじき姿である。


なにが起こっていたのか分からなかったが、彼女はそれを本能的に理解していた。


中には、ロリコンーーとしか思えない酷い男も居り、ふわふわと何も考えずにその賞賛の言葉に騙されていれば、フィリアは絶対、あの時期手篭めにされていただろう。


それが原因で、一瞬の男性恐怖症になりかけた時期もあった。


「顔がいいのも考えものですね」


ミリーの返しに、くすりとフィリアは笑う。


「今は普通よ」


「化粧をあまりされませんからね、お嬢様は。それは、華やかな方々には負けます。でも、それでも引けを取らないほど、綺麗だと、私は思います」


「ありがとう」


社交的な笑みを返され、ミリーはふぅとため息をつく。


「ただ、それだけならば、フィリップ様に憎しみに近いほど嫌われることもなかったのでは?」


「事実だけれど、他人から言われるとまた傷つくわよ、、」


「申し訳ありません。ただ、どうしてフィリップ様があそこまでお嬢様に噛み付いてくるのか、原因を知りたくて」


ミリーが肩をすくめる。


「そうなのよ、ミリー。あれだけならば、金輪際口も効かない、ただの仲の悪い人になれたのでしょうけど」


フィリアは、あれからこの所までのフィリップの行動を思い返し、深くため息をつく。


「一々腹立つのよ、あの人、、」










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