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4人教室の始まり

 クラーテルの乳兄弟であるヴァレンティン=パンキンは軽い溜息をついていた。

「どうした?ヴァル」

 その理由というのは3つ年下の乳兄弟にして主筋であるクラーテルの存在だった。

「なんでもありません」

 失礼がないようにと母リリアから躾けられていたが、ヴァレンティンはまだ8歳になったばかりだ。

 だが、8歳の自分をして至らぬところだらけだというのに、己より遥かに小さなクラーテルは自分より遥かに頭がいいというのだ。

「もしかして、嫌か?」

 はっきり言うと勉強を共にするのは嫌だった。

 勉強を共にするというより、ヴァレンティンがクラーテルに様々学ぶという方が正しい有り様だったからだ。

 最初は年上として様々教えてやろうという気で満々だった。

 しかし、クラーテルはヴァレンティンの知る以上のことを知っており、ヴァレンティンが知らないことの多くを知りたがるのだ。

「嫌ならそう言ってくれて構わないぞ」

 クラーテルの言葉にヴァレンティンは違うと言って石版にかじりつく。

 この関係はヴァレンティンが望んだもの。

 クラーテルの一の騎士として働きたいと言ったら、秘書みたいなものかと言われ、勉学を叩きこまれていたのだ。

 それに、叩きこむと言ってもある程度したら休憩が設けられ、外で遊んだりもする。

 体力的には流石にクラーテルは普通より多少体力がある程度の男の子で、ヴァレンティンと走り回ると体力負けしていた。

 ヴァレンティンは物心ついた時からずっと両親に、クラーテルの手足となるようにと言われてきた。

 まだ幼いヴァレンティンにはわからないことも多いが、父母の言うことは絶対だし、ヴァレンティンはクラーテルが好きだった。

 よくわからないことは多く言うが、ヴァレンティンのことをこまめに気にかけてくれるからだ。少なくとも、ウラガンに仕えろと言われるのに比べたら遥かに良いというより、比べること事態がおかしいレベルだった。




 クラーテルは今日もヴァレンティンに勉強を教えていた。

 家庭教師が来るまで、一緒に学ぶヴァレンティンと勉強していたのだが、当然レベル差がありすぎた。

 その差を少しでも埋めるためということと、クラーテルは自分の乳兄弟として居る限りヴァレンティンは冷や飯を食わされることだろう。

 そういったことを考えた時、文官として非常に有用だという立ち位置を用意しておいてやるべきだと考えていた。そうすればヴァレンティンも食うに困ることはないだろうという判断だった。

 現状を考える限り余程のことがない限り兄であるウラガンが伯爵位を継ぐことになる。それでいいと思っていた。

 期待してくれているやも知れぬ母や自分の派閥には申し訳ないが、それが一家の不和の種となるくらいならそんなものを投げ捨てることになんら後悔はない。

 長子相続、それが最も波風を立てない相続制度の1つだ。分割相続にすればどこまでも細分化し、最後にどこかでぶつかり合うことになる。

「出来ました、クラーテル様」

 足し算を教えていたが、ルークは中々頭がよく、理解も早かった。ある程度の読みや書き、そして簡単な足し算ができる。次は引き算を教えていこうかと考えていると、控えめにドアがノックされる。

「誰でしょうか?」

 勉強するときは2人きりになるようにしてもらっていた。

 集中力が切れるのも嫌であったし、クラーテルも必要以上に自分の能力をひけらかすような事は避けたかった。ただでさえ、悪魔と呼ばれているようなのだ。これ以上母を心配させるようなことはしたくない。

 人払いをしているだけに、勉強を始めて間もない時間で人が来るというのは珍しいことであった。

「良い、通せ」

 誰かはわからないが、ノックをしているのだ。ヴァレンティンに扉を明けさせると、明るい金髪の、生意気そうな子ども(とは言えクラーテルよりは年上で、ヴァレンティンと同じくらい)が立っていた。

「お初にお目にかかります。エルシオール=ジレーザの孫、フランツ=ジレーザです」

 そう言って軽やかに礼をする。洗練された動きだが、同時に身にまとっているのは決して上等とはいえない外套だった。

 すぐにクラーテルも立ち上がり、返礼をする。

「お初にお目にかかる。クルスヌイルナ伯、カミニ=クルスヌイルナが第二子、クラーテル=クルスヌイルナだ。こっちは私の側近であるヴァレンティンパンキンだ」

 フランツの挨拶に対して返礼をする。立ち上がりはしたが、頭を下げないように気をつける。

 昔の癖で何かと頭を下げてしまうが、母やリリアに目上若しくは同位でないものに頭を下げるなと矯正されたのだ。

 ジレーザという姓でこの辺りで伯位より上の人間をクラーテルは知らない。ヴァレンティンと変わらぬくらいの少年がどこか近隣貴族の使節である可能性も低い。

 更に言うなら、使節とされるには服装が粗末すぎる。明らかに相手は旅装という感じだった。

 だからおそらく、新しく来るという家庭教師の子どもか何かなのだろう。そう、クラーテルは当たりをつけていた。

 しかし、問題はヴァレンティンだった。作法を習っているのだろうが突然なことで咄嗟に反応できていない。扉を開け放ったまま、呆然と挨拶をしたフランツを見ているだけだ。

 クラーテルは軽く咳払いをしてヴァレンティンに軽く視線をやる。ようやく事態を把握し慌ててヴァレンティンは返礼をする。

「お初にお目にかかります、フランツ様。今、主であるクラーテル様より紹介された、ヴァレンティン=パンキンともうします」

 気づくまで時間がかかりすぎだし、礼も慌ててやりすぎているせいでメリハリのある動きとはいえない。

 要訓練、と心のなかのメモ帳に書き込みながら、クラーテルはフランツに向き直る。

 クラーテルが礼を返したことにフランツは驚いたようだった。

「大樹の女神ダラフティンの季節は出会いの季節。新たな出会いを歓迎しよう」

 大樹の女神ダラフティンは春を司る神。

 冬を司る水のリシーハットが眠りにつき、冬が終わるこの時期は旅商人が動き出したりするなど、出会いと別れの季節でもある。

「はっ、ありがとうございます」

 とりあえず大事なくフランツとの挨拶は出来た。

 だが、この一連のやりとりでおそらく、フランツという少年は自分のちしきを過信しているだろうとクラーテルは感じた。

 今の挨拶はこちらを試したのだ。きちんと挨拶くらいできるのかと、値踏みしたのだろう。

 こちらを伺うフランツに一瞥をくれて背を向ける。

「悪いがフランツよ、私とヴァレンティンは勉強中でな、他に用がないなら……」

「祖父エルシオールが本日よりクラーテル様の家庭教師となると伺っています。よろしければ私も今日の勉強に混ぜてください」

 クラーテル一瞬考えて頷く。おそらくこれ以後もフランツ、クラーテル、ヴァレンティンの三人がエルシオールという人物に教えを請うことになるのだろう。

 今のヴァレンティンのレベルというのも知りたかった。歳近いヴァレンティンという存在はものさしとしてちょうど良い。


 そして、結果はフランツのほうがヴァレンティンより頭が良かった。

 二桁の足し算引き算について理解をしていた。

 流石に掛け算まではわからないが、読み書きもヴァレンティンより多くの単語を知り書くことが出来た。

「ふん、これくらいできないのか」

 挨拶のこともあるのか、フランツはヴァレンティンを完全に侮っていた。

 そして、それがクラーテルには不満だった。ヴァレンティンは自分の部下で、教え子で、乳兄弟だ。

 それが露骨に侮られる。この天狗っ鼻を叩き折ってやろう。そう、決めた。

「フランツ、特別問題を……」

 その時だった、扉がノックされ祖父フェリックスと一人の老人が入ってくる。

「クラーテル、儂の古い友人であり、今日からお前の師となるエルシオールだ」

「お初にお目にかかり嬉しく思います。クルスヌイルナ伯、カミニ=クルスヌイルナが第二子クラーテル=クルスヌイルナです。女神ダラフティンの司るこの時期にお会いできたことをシンジェルに感謝いたします」

 そう言って頭を垂れる。知る限り最上の礼を持って師となるエルシオールを迎える。

「お初にお目にかかれて嬉しく思います。私はジレーザ家の傍流エルシオール=ジレーザともうします。この出会いをシンジェルに感謝します」

 そう言ってエルシオールも一礼をする。

「いや、まさかこんなにしっかりと迎えていただけるとは思っていませんでした。算術のことは聞き及んでいましたが礼節も学ばれているようで」

 そう言ってエルシオールは朗らかに笑う。

 クラーテルとしても算術一辺倒ではまずいと、礼節を母や乳母であるリリアに教えてもらっている最中で、まだ習得しきっているとは言いがたかった。

「ありがとうございます。師匠」

「硬い硬いよ、クラーテル。確かに私はお前さんの師となるが、常にそのようでは肩が凝る。もっと気軽にルーシー先生とでも呼ぶがいい」

 青と灰色の中間のような外套に、モノクルに白く長いひげ。そして人のよい明るい笑顔。

 その笑顔でクラーテルも釣られて笑う。

「はい、よろしくお願いします。ルーシー先生」

 学者が来るという話を聞いていたから、もっと気むずかしかったり、大学の教授のような一種変わった人物が来るかと思っていた。だが、気難しい感じはなく、付き合いやすそうだとクラーテルは安堵する。

「さて、フランツや。まさかとは思うがクラーテルやヴァレンティンに失礼なことはしていないだろうね?」

 全く同じ笑顔のはずなのに、どこか凄味があった。

 おそらく、フランツが人を試したりする癖があるのを知っているようだった。

「ご、ご挨拶をさせていただいただけです。お祖父様」

 慌てるフランツが少し可愛く見える。

 本当はヴァレンティンが侮られた分をお返ししようと思ったが、流石に酷かとクラーテルはやめてやる。

 それに、お返しするなら祖父に告げ口をするようなものではなく、目の前で実力で打ち破るほうが気持ちがいい。

「それではクラーテルよ、しっかりと学ぶのだぞ」

 フェリックスはそう言って部屋を出て行く。こうして、エルシオールが先生となって3人に様々教えてくれる日々が始まるのだった。


フランツとの出会いでした。


頭がいいこともあってちょっと生意気なフランツ。ですがおじいちゃんに弱いのです。


エルシオール先生と、クラーテルとヴァレンティン、そしてフランツの4人の教室が始まります。


戦記の日間ランキング2位にランクインいたしました。


応援してくださっている皆様ありがとうございます。


また、PVも日毎増えており緊張もしますがとても嬉しいです。


今後ともよろしくお願いします。

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