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師 エルシオール=ジレーザ

100ポイント超えましたありがとうございます。


と御礼を書いてる現在150ポイントに迫っており驚いております。


また、戦記の日別ランキングトップ5入りしました。


この場を借りて応援してくださる皆様方に御礼申し上げます。

 エルシオール=ジレーザは一頭のロバと血のつながりのない孫とゆっくりと南に向かって進んでいた。

 というのも彼は旧友であり、権力者でもあるフェリックス=クルスヌイルナ前伯爵から戦場に行かないのであれば教師の真似事をしてほしいと頼まれていたのだ。

 今までも何度かやったことがあり、時に思い通りの結果が出せないこともあった。そうした時に給金もそこそこに追い出されたりもしていたので、あまりやりたいわけではなかった。

 だが、教えるこの年齢がまだ5歳と小さく、孫に歳近い上に給金と住む場所を与えてくれるという。

 エルシオールは故郷の親族とは絶縁状態であった。生きていく金には困っていなかったが、孫フランツのためにも金は持っていたほうが良い。

 それにフランツのことを将来どこかの貴族の側仕えとして出事させたいと考えており、そのためにも貴族としての繋がりやその生活に少しでも慣れさせておくというのは大切だった。

「フランツや、体調が悪かったりはしないかな?」

「大丈夫です、お祖父様」

 旅に出て数日で一度体調を崩した以外は至って健康であった。

 このペースならば後1日、2日程度でフェリックスのもとに着くだろう。

 自らが教えるクラーテルがどんな子なのか、そんなことをぼんやりと考えながらエルシオールは歩を進めるのだった。



 フェリックスは部屋に押しかけてきたアグリッピーナの相手をしていた。

 正直愉快とはいえない話題であったが、息子であるカミニの側室で現在のところ後継者であるウラガンの母親である以上、あまり雑な扱いも出来ず非常に面倒であった。

「何故もうクラーテルには家庭教師がつくのですか。ウラガンの時でさえ5歳の誕生日を待ってからだったというのに」

 少々ヒステリック気味にそうアグリッピーナはまくしたてる。アグリッピーナとしてはウラガンこそを後継にと考えているのだろう。母であれば当然とも言えることだ。

 カミニも既に神の手を脱し、既に12歳となったウラガンを後継者にしようと考えていた。

 しかし、アグリッピーナはそれでも不安でたまらないのだろう。

 アグリッピーナは側室であり、エレナリーゼは正室だ。ウラガンが長兄とはいえ、側室の子と言うことでクラーテルを後継にという声もある。

 さらに、今回ウラガンよりも早い時期から家庭教師がつけられるという。ウラガンよりクラーテルの教育に重きをおいている。そう取られても仕方のない部分ではあった。

 そして、エレナリーゼもこれを見越していたからこそ勝手な真似はせずにフェリックスに相談を持ちかけ、フェリックスが家庭教師を呼んだという形にしたのだ。

 これがエレナリーゼの独断であればあの手この手で潰しにかかったのだろう。

 フェリックスは内心で軽い溜息をつく。ウラガンよりクラーテル、というよりもアグリッピーナよりもエレナリーゼの方が妻として見た時に優れていると感じられるからだ。

 アグリッピーナは我が強すぎる。

 ウラガンが正当後継としてある今、わざわざ家庭教師のこと1つで執務中の自分のところに面会をしたいと強引に押しかけてくる。

 派閥形成もアグリッピーナは実家からの万全とも言える後押しを受けてアグリッピーナ・ウラガン派を作り、強固に固めていた。

 もう少し余裕を持てばいいのに、それができていない。

 それに比べればエレナリーゼはできた女だった。こちらの手を煩わせる様なことはほとんどなく、公爵領から嫁いできたというのに派手な暮らしはせずに領地のために細々と動いてくれていたし、カミニのためにと自ら魔法陣を刺繍をした外套や手袋などを渡している姿を何度も目にしていた。

「クラーテルにはもう家庭教師が必要だと思ったからだ」

「それが何故なのでしょうか」

 クラーテルはフェリックスが出した算術の問題を簡単に答え、逆にフェリックスが答えられない問題を出した。

 そうである以上、ある程度の知恵者から教えを乞わなくてはならない。

 だが、この事実をそのまま告げれば、アグリッピーナはウラガンに才がないのかと言うだろう。

 ウラガンに才がないのではない。クラーテルが異常なのだ。だが、それはなにを言っても相対的に少なくとも算術などの面ではクラーテルに劣っているということになる。

「アグリッピーナよ、領主である息子カミニが居ない間儂が代行だ。それが決めたことに不服があるというのか?」

 結局、フェリックスは力づくで押しつぶすことにした。説明をしてもわからないのであれば、力で問答無用に押しつぶす。そのほうが遥かに楽であった。

「そ、そのようなことは……。しかし、私共といたしましても理由ぐらいは知りたいと……」

 その時従者であるメドヴェンコが入ってくる。アグリッピーナの姿を確認した後、客の来訪を告げる。

「エルシオール=ジレーザ様がお見えになっております。現在客間にお通ししておりますが、いかがいたしますか?」

「アグリッピーナよ、すまぬな。遠路より客が来た。この話はまたいずれ、時間があいた時に。メドヴェンコよ、ルーシーを連れてきてくれ」

「わかりました。お孫さんがいらっしゃるようですが……」

「そう、だな。クラーテルと会わせておけ。手紙では一緒に学ばせたいと書いてあった」

 アグリッピーナが不満気に一礼をし、退室していく。

「それにしても、ルーシーはいいタイミングで着てくれた」

 来客で有耶無耶になった上に、その客は家庭教師。呼んだ挙句帰れということにはならない。

 アグリッピーナが気づいた時には全てが遅すぎた。

 仮にもっと早く知っていたとしても、おそらく遠からず家庭教師がつくことになっただろう。

 こればかりはアグリッピーナがどうこうというより、クラーテルが規格外であったのだろう。



「久しぶりだなルーシー」

「4年ぶりくらいか、リック」

 互いに懐かしい愛称で呼び合う。

 互いに歳を取って、出会ったばかりの頃に比べたら立場に違いも出来たが、それでも2人は互いに友だと思っていたし、そう信じていた。

「馬鹿者、5年ぶりだ。ヴィネラが無くなる直前にふらりときただけだろう」

「そんなに経ったか」

 フェリックスの妻であるヴィネラが死んでから、もう5年がすぎる。その直前に来ていたのが最後で、互いに距離もあるためしかたなかった。

 そんな思い出話に花咲かせる2人に新たに注がれた茶が出される。

「君のお茶好きも変わらないね、リック」

「妻がせっかく私に伝えてくれた数少ない趣味だ。そう簡単には変わらぬよ」

 少しニヒルな笑みを浮かべる。ヴィネラが丁寧に茶を入れてくれるまでは大酒飲みであった。しかし、ヴィネラから茶を勧められてから酒を飲む量は半分くらいにまで減ったのだ。

「顔に似合わず愛妻家なんだから、まいるねぇ」

 茶化すように笑いながら、エルシーオールは出された茶を堪能する。

「顔に似合わないは余計だ。お前とて、アーシャを失ってからは再婚の話も全て断っていただろう」

「僕は愛妻家でもいいのさ、君ほど厳つい顔じゃないからね」

 エルシオールはカラカラと笑う。フェリックスはしかたのない奴だと軽く苦笑する。

「それで、クラーテル君だったっけ?どの程度頭が良いんだい?僕としては言いたくはないが君の身内びいきさえ疑っている状況なんだけれども」

 エルシオールの眼差しが厳しいものになる。フェリックスも最初はエレナリーゼを疑った以上、エルシオールのそれを責めることは出来なかった。

「優秀だ。儂としても大げさに書きたくはなかったが、本当にすごい。特に算術に関してはおそらく儂を上回る」

「っていうのが、僕には信じられないんだよね」

 エルシオールは肩をすくめて、傍らのドライフルーツを頬張る。

「なら、クラーテルが儂に出した問題を2つ。これを解いてみるといい」

 フェリックスはクラーテルに出された問題をエルシオールにそのまま出してやる。

 問題を聞き、エルシオールはこめかみをトントンと叩く。昔からエルシオールが考え事をするときの癖だった。

 そして、石版を取り出してなにやら書き込んだり、傍らの計算器を使用して何やら計算をはじめる。

「っくはぁ、確かにすごいね。方程式はわかる。左右両辺をそれぞれ14倍と23倍にして等価にする。そしてそこで剣3本分が盾2つ分になるということが出せる。つまりこれで剣が7本で70枚、つまり剣1本は10枚となる。そこから計算すれば盾は15枚になるわけか」

「ん?なにやら違う気もするが、答えはそのとおりだな」

 答えは確かに合っているが、クラーテルはもっと手早く楽に出していたし、今にして思えば、計算器すら使っていなかった。

 何が違うかまでフェリックスにはわからなかったし、その辺は2人が直接顔を合わせればわかっていくことだろうと放置する。

「これを解き方も教えられるだけ完璧に出せるのか。どれどれ、もう1問も……」

 フェリックスが金貨の問題を教えると、再びこめかみをトントンと叩きながらエルシーオールは考えだす。

「普通に考えれば4回だ。だが、あんな問題を出してくる子が出す問題だ。こんな単純なわけが……、あぁ、そうかわかった」

 ややしばらく考えた後、エルシーオールは満足気に頷いた。

「3回だ。これは、秤の上の2グループと、乗せられていないグループの3グループを作って分け続けるって問題なんだね」

 エルシオールは晴れやかな笑顔で答える。フェリックスはエルシオールが自分より頭がいいとわかっていても渋面を作る。

「つまらないやつだな、儂はしっかり引っかかったというのに」

 軽いため息をつくとエルシオールはいやいやと手を振る。

「1問目を聞かずにいきなり2問目を3歳の子どもから聞いたら4回って答えちゃったと思うよ。1問目で随分と頭がいい子だってわかったからこそ答えられた問題だとも言えるかな」

 あの問題を出せて、次が4回なんて簡単だったら拍子抜けだと笑う。

 もういい歳だというのにエルシオールのこういった無邪気とも言えるところがフェリックスは好きだった。

 自然体で、自分の知を深めたりするところが気に入っていた。

「で、どうだ?」

「ねぇ、本当に3歳?」

 茶をすすりながら、先ほどとは違う疑問をぶつけてくるが、その疑問も当然だ。フェリックス自身も驚かされたし、だからこそ、本当に悪魔や悪霊憑きでないか質問してしまった。

 もっとも、その質問すら軽く答えられた。「母を嫌う子などいない」そんな、単純にして明快な答えで。

「本当だ。だから言っているだろう、あれは既に主柱7神の名前属性を覚え、その名を書くことまで出来るし、蛮族のこともわかっていた」

 そして、その上でとフェリックスは言う。

「魔力を集中させることができる。そのくせ、神聖魔法の適正が見つからない」

「天も流石に与えすぎたかと思ったのかな?」

 天に与えられる。本当にそれだけであれば良いとフェリックスは思っていた。

「そうだな。だが、なまじ頭が良すぎて神から加護をもらえないことから悪魔呼ばわりもされている」

 もちろんただの風聞で、誹謗中傷にすぎないと付け加える。エルシオールはそれを訊いても動じることなく、ただ黙って茶をすすっている。

「まぁ、これだけの知能を持ってるなら、無知な輩からしたら悪魔的にすら見えるかもしれないね」

 「わからない、理解できない。は恐ろしいものだ」そうエルシオールはつぶやく。

 エルシオール自体学者として生きているが、その知恵や知識を理解されずに家を出た身だった。

 頭が良すぎるから忌避されているクラーテルに同情したり、親近感を覚えているのかもしれない。

「とりあえず、魔力自体はかなり豊富に持っている。神聖魔法以外の魔法を教えてやってくれんか」

「神聖魔法以外か、まぁ出来なくはないよ。でも、効率が悪い魔法ばかりに……」

「承知のうえだ。何も使えないよりは良いだろう」

 せっかく豊富な魔力があるのだ、効率は悪くとも使い道を覚えておくことは決してマイナスにはならないはずだ。

「それもそうだねぇ。それじゃあ、もう少ししたら僕もクラーテル君に会いに行ってみようかな」

「そうしてくれ。あぁ、そして思ったことや感じたことをたまにでいいから儂に教えてほしい」

 フェリックス自身、クラーテルが普通の子ではないと感じていた。そこに悪しき気配は感じないが、それでも普通とは言えない。

 なにか、エルシオールが感じることや気づくことがあったなら教えて欲しかった。

「いいよ。雇い主様のご意向には沿える限り沿うのが主義だからね」

「たのむ」

 フェリックスは隠居した身であるのに内戦のせいで引っ込むことが出来ずにいた。そうであるから孫であるウラガンやクラーテルを碌にかまってやることも、話すこともできておらず、理解できていない。果てはそれすらをも友であるエルシオールに頼むという自分に呆れ、軽く溜息をつく。

「そういえば、お前も孫を連れてきたと言っていたが……」

「あぁ、4年くらい前に拾った。まぁ、色々とあってね。少々捻くれちゃったけど悪い子じゃない」

 それにしても、とエルシオールは問題を解いた石版を眺めて溜息をつく。

「最初はフランツを兄弟子的な形として授業を教えるつもりだったけれど、これはフランツの方がレベルが低くなっちゃってるな」

「まぁ、なんでも良い。上手くやってくれ」

「はいはい、任されたよ」

 孫の話も一段落したところで、エルシオールがメドヴェンコに軽く目をやる。

 それが意味することを理解し、メドヴェンコに声をかける。

「メドヴェンコ、下がれ」

 何やら聞かれたくない話をするのだろう。フェリックスの命令でメドヴェンコはすぐに下がる。エルシオールはどこにコネがあるのか広い情報網を持っており、今までも何度か危地を救われたことがある。

 長い付き合いであるメドヴェンコもすぐに察したのだろう。「失礼します」とメドヴェンコはすみやかに立ち去る。おそらく、この部屋に近づくものが居ないようにすぐに手配もしてくれるはずだった。

「何があった?」

「中央の話し、最近何か聞いてる?」

「王弟派が押していて近いうちに決着がつくような話を聞いているが?」

 エルシオールは軽く、こめかみをトントンと叩き出す。

「もったいぶるな、話せ」

「もったいぶっているわけじゃないんだけどね。それってさ、いつの情報?」

「カミニが冬に持ち帰った情報だ」

 それを聞いて、エルシオールはこめかみを叩くのをやめる。

「あー、じゃあこっちの情報のほうが新しいか。王弟殿下のパーヴェル様、来年の明けまで持てばいいほうだよ」

 驚き、動揺する。冬まで優勢だったという戦況に何かがあったらしい。だが、動揺を悟らせないように茶をいっぱい口に含み、飲み込む。

「根拠は?王弟派の方が優勢で、戦上手も多かったはずだが」

 何があって敗北に傾くのだと訊ねると、エルシオールは違う違うと手を振る。

「誤解させたね。違うんだ。王弟陛下パーヴェル様の命が尽きるってこと。ご病気らしい。僕の知り合いの薬師と医師からの確かな話しだ」

 フェリックスの頭で次々と計算がなされていく。現在クルスヌイルナは王弟派に近い、中立だ。

 カミニがどちらが勝つかわからないと弱腰にも中立を取ろうとし、北部派閥のストリカザー公爵家が王弟派になったため、同じ北部派閥のクルスヌイルナとしてもそちらに舵を傾けざるをえなかった。

 そして、だからこそ春と秋に北からの蛮族や、騎馬民族の相手をするためにクスルヌイルナ伯であるカミニとその弟のソスランたちが行っているのだ。

「助かった、ルーシー」

「なぁに、気にしないでよ。今回の家庭教師の話がなくても、君には伝えに来るつもりだったし」

 何でもないかのように笑いながらドライフルーツを頬張り、茶を飲むエルシオール。

 だが、エルシオールはこの情報の意味を知っていて、だからこそ直接伝えに来ようとしたのだろう。

 王弟パーヴェル派の旗頭たるパーヴェルが倒れれば、その後継が選ばれることになる。

 しかし、そうなれば王弟パーヴェルが経験豊富ということで推していた勢力がいなくなる。さらに、勝ち馬に乗ろうとして勢力が減る。

 それに、パーヴェルの息子であるラーブルが今までパーヴェルが抑えていた貴族勢力の主導権争いを押さえ込めるとは思えない。

 勢力が減る上に、内部抗争。その暗たんたる未来に先は敗北と滅亡だ。

「早急にカミニを一度呼び戻さねばならんな」

 流石に隠居した身である。緊急を要するが、当主であるカミニが戻るまで待てないほどではない。

「そうだね、そうすべきだと思うよ」

 エルシオールもクルスヌイルナ家が北部派閥であるからこそ心配してくれたのだろう。つまり、エルシオールも王弟パーヴェル派閥が負け、王太子ペトルーシャ派が勝つと思っているのだろう。

「さて、お茶もなくなっちゃったしそろそろ行こうか」

 エルシオールが腰を上げる。フェリックスは気の良い旧友の心遣いに感謝し、クラーテルの下へと案内するのだった。

エルシオール先生登場です。


わりとノリが軽いおじいちゃんです。ファンキーとまで言わないけど、こういう偉ぶらない爺様も好きです。

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