この世界は地球じゃない!
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クラーテルが生まれてからだいぶ日がたった。
どれくらい経ったかはわからないが、とりあえずずいばりしたり、ハイハイもどきをして動き回れるようになっていた。そして、そういった行為ができるとなればおそらく地球換算だが、4月~半年くらいたったのではないだろうかと当たりをつける。
そして、そんな中で、クラーテルは悲しいことを知ってしまった。
「ウラガン様もいらっしゃるのに、クラーテル様はどうされるんでしょうね」
「エレナ様は当然クラーテル様を後継にと望んでいるのでしょうけど……」
「アグリッピーナ様は当然、ウラガン様をと望まれるでしょうね……」
「旦那様もどうやらクラーテル様が女子として生まれてきてくれればと言っていたそうよ…」
どうせ赤子には理解できないだろうと、侍女たちはそんな話をクラーテル本人の前でしてくれた。
そして、クラーテルは自分が女に生まれてきて欲しかったのだと知って軽くため息を吐き、さらに話を漏れ聞く限り面倒くさそうな立場であるということも理解はできた。
しかし、同時についているものが付いている限りどうしようもないし、それを取り外したからといって女になるのが無理だということくらいわかっていた。
今悩んでも仕方ない問題であり、さらにクラーテルは自分がある程度の年齢まで健康で育つかもわからなかった。
さらにいうなら、ウラガンという兄も無事育つかなんてわからない。お互い健康に育って仲良くやれたらいい、程度に考えてクラーテルはそれ以上考えないようにしていた。
ずいばりやハイハイで動きまわれるようになってから、クラーテルは1つのものを探していた。
それは、本だった。
言葉がどこの言葉かしらないが、勉強をすればわかるようになるだろう。少なくとも毎日聞いている言語は聞く専門だがわかるようにはなっていた。
クラーテルにはこの生活は暇すぎた。思考能力も赤子まで落ちていればなんの問題もない。
だが、クラーテルの生前、優木は30歳近かった。母の乳をすって、離乳食らしき食事を食べてだらだらと無為に日々を過ごしているだけじゃあ満足なんてできない。
しかし、クラーテルの目の届く範囲内に本はなかった。絵本の読み聞かせすらない。
それがあればと思うがないものはなかった。そんな状況に絶望していた時に、それはやってきた。
「お前がクラーテルか」
クラーテルよりはるかに大きいが、だがそれでも子どもだった。赤っちゃけた髪の子どもはイタズラっぽい笑顔で見下ろしてくる。
日本でいうところの小学校低学年ぐらいだろうか。
「お前はおれの弟だ。だから、兄である俺に仕えて支えるんだぞ」
そう言ってクラーテルの頭をべちべちと叩く。
クラーテルとしては痛い上に、言っていることが生意気この上ない。
だが、発言から考えるにこれがウラガンという自分の兄に当たる人間なのだと推測する。
そして、態度は酷いが、男の子であり、わんぱくぶりも仕方がないと、内心で軽い溜息をつき、それ以上気にしないことにした。
「だぁだぁっ」
クラーテルの前世に兄は居なかったが、兄弟家族仲良くやっていきたかった。
特にクラーテルの家は複雑な異母兄弟のようだ。
家族円満を望む身としては愛想を振りまくほうが良いと判断し、赤ん坊の愛くるしい笑顔をふりまく。
「ウラガン様、ここはクラーテル様のお部屋ですよっ」
そこでメイドの声が聞こえて兄を追い立てる。
「うるさい、次期当主の俺がどこに行こうが俺の勝手だろう。俺は俺の弟に顔を見せてやっていただけだ」
兄であるウラガンは偉そうにそう言ってメイドの注意など聞きもせず走って逃げ去っていく。
メイドのリリアはクラーテルに何かされたのではないかと心配そうに見つめてくる。クラーテルは大丈夫だと笑って手を振り回しアピールすると、なんともないというのが伝わったのかリリアは軽く抱いてくれる。
クラーテルはそれが心地よくてそのまま眠ってしまうのだった。
どれくらい経ったか定かではない。だが、一度暑くなってまた寒くなる時期がやってきたことから、おそらく1年は経ったと思われた。
その日クラーテルはようやく目的のものを見つけた。
それは、父カミニが暖炉の側で読んでいた一冊の本。なめし革がはられ、豪華な装丁のものだった。
「あぁ、あぁっ」
本、本というように喜んで父のもとに寄っていくと、父はそれから顔を上げてこちらを上目遣いに見つめる。
「ラティか。随分と動けるようになったんだな」
そう言って頭をなでてくれる。今でもカミニは滅多に顔を見せてはくれない。
どうやら、カミニは割りと多忙であるため、妻であるエレナやその他のメイドなどに世話を任せきりにしているようだった。
「旦那様はお忙しくいらっしゃいますから、ウラガン様も久方ぶりに伯爵様が戻り喜んでいらっしゃいましたでしょう?」
「まぁな」
ウラガンの話をされたせいか、カミニはどこか複雑そうに頭をなでてくれる。
クラーテルにもウラガンとの間に色々と問題や面倒事があるのはわかるが、仲良くやっていけるのであればそれに越したことはないと思っていた。
そして、そう思って愛想を振りまいていると厳しい面の白髪交じりの老人、クラーテルの祖父フェリックスが入ってくる。
「カミニよ、少し話がしたい」
「内密の話ですか?」
「いや、中央の戦況を聞きたいだけだ」
「そうでしたか。今のところは王弟殿下パーヴェル殿下がやはり優勢のようです」
「王太子殿下の派閥はやはり押されているのか」
「もともと王太子殿下のほうが勢力が大きかったのですが……」
何やら難しい話をしているのはわかった。そして、聞こえてくる単語も王太子殿下と王弟殿下とか、王政の国のようだった。
しかも、軍事政権の匂いがプンプンしている。元日本人であるクラーテルは自身がそんな国でやっていけるのか、一抹の不安を覚えた。
「クラーテル様、お話の邪魔になってはいけないので戻りましょうか」
そう言ってメイドに担ぎ出され、クラーテルは祖父と父に手を振って部屋に戻されるのだった。
クラーテルは5歳になった。
エレナリーゼは健康に息子が大きくなっていくことが嬉しいようで、すごく喜んでくれていた。
相変わらず母以外の家族とは交流はあまりないが、代わりに乳兄弟である2つ上のヴァレンティンが居てくれた。
クラーテル自身寂しくないといえば嘘になった。だが、そんな中でクラーテルは1つの事柄について認めなければならなくなっていた。
それは、生まれた変わった世界が異世界である、ということだった。
カミニはそれなりの身分であるだろうに電気がなく、山奥というわけでもないのに車の1台すら走っていないのはこれが原因だったのだ。
文明レベルで言えば近代よりは確実に前で、ヘタしたら近世、中世くらいかもしれない。
クラーテル自身、おかしいおかしいとは思っていたのだ。メイドなどのお手伝いさんがいながらにして、日本に比べると科学技術が圧倒的に未発達。
未だにランプやロウソクによる照明だったり、缶やペットボトルというような当たり前にあったものが何一つなかった。そして極めつけは魔法の存在だった。
「水の癒やし手たるリシーハットが眷属よ、この者にささやかなる祝福を」
高いところにあるものを調子に乗って取ろうとして頭を強く打った時、エレナリーゼがそう言って頭を撫でた。最初クラーテルは「痛いの痛いの飛んでいけ」といったような、よくあるおまじないかと思っていた。
だが、違ったのだ。クラーテルの頭を暖かな光が包み、それとともに痛みが急速に引いていった。「もう大丈夫ね」とエレナリーゼは微笑んでいたがクラーテルの頭の中身は大丈夫じゃなかった。
一言で言えば言って大混乱。
痛く、コブになったところを何度もなでてみたりしてしまう。
そして、結果的に言えば治っていたのだ。エレナリーゼの方を驚きながら見上げると、母は優しい笑顔で頭をなでてくれる。
「私も昔は嗜みとして覚えたのよ、どうかしらラティ?」
すごい、すごいと手をぺちぺちと叩くと母は暖かく笑ってくれた。
「本当にラティはこっちの言葉が全部わかっているみたいね。まだ1歳ちょっとなのに……」
わかっているのだが、残念なことにその当時、クラーテルはまだ発音もできなかったのでしょうがなかった。
以後、期待に胸は膨らんだ。元いた世界とは違う、それは確かに不安なことではあった。
だが、悩んだところでどうしようもない。そんなことを悩むくらいなら、期待に胸を膨らませたほうが遥かに良い。そうクラーテルは処理をしたのだ。
そして、5歳の誕生日である今日からエレナリーゼは魔法を教えてくれる約束をしていたのだった。
いつものクラーテルの部屋だが、エレナリーゼがリリアに命じなにかを運び込んだ。布がかけられており、クラーテルには中身は見えないが、バレーボール大の球体であることは予想がついた。
「それじゃあ、ラティ復習ね。この世界を支えている神様たちの中でもお父さんとお母さんは?」
あえてそれには触れず、まずは簡単な質問をしてくる。
「父は太陽の神シャモンと母は月の女神グランセ」
よくある神を生み出す神々。
日本神話だと、イザナギノミコトとイザナミノミコトにあたるだろう。
とはいっても、太陽は天照大御神で、月は月詠だが、違う神話体系である。いちいち突っ込んでも仕方がない。
そんなことを頭の端で考えながらクラーテルは答える。
「じゃあ、次にシャモン様たちの有名な子どもの神様は?」
「上から順番に長男炎の神サングマ、長女水の女神リシーハット、次女大樹の女神ダラフティン、次男大地の神タルボ、三男風の神シンジェルだよ」
これらの神様たちが1日1日を司り1週間となっていた。
1週間が7日であるというかつてと同じ感覚にクラーテルは馴染み深くて安心する。他にもこの7人の神様の下にいろいろな神様が付随していくが、さすがに覚えきれていない。
母としてはすでにこの7人の神様を完璧に覚えている時点で満足しているようなのだ。
「そうそう、ちゃんと何を司っているのかも覚えているのね。じゃあ、ラティ。この台に手を置いてみてくれるかしら」
エレナリーゼがそう言うと控えていたリリアが台の上の布を外す。
するとそこには水晶が置かれていて、いかにもという雰囲気が漂っている。置いた瞬間何が起きるか、楽しみ8割の怖さ2割で手を置く。
「あ、あら?」
クラーテルがしばらく黙って手を置いていたが、何も起きない。母もおかしいとクラーテルの手を何度も台に置かせる。
「おかしいわね、壊れてるのかしら?」
「そのようなことは、先日ヴァレンティンが試した時には問題なく機能しておりましたし……」
リリアも最近問題なく使えたと首を傾げる。
「ちょっと、もったいないけど試してみるわね」
そう言ってエレナリーゼが台に手を置くと青と緑、そして白と赤が水晶に映りもやもやとした後に混ざって消えていく。
「おかしいわね、ちゃんと機能しているみたい……」
「クラーテル様はまだ5歳ですし早すぎたのでしょうか?」
どうやら、これは魔法適性を見るための道具のようだった。
エレナリーゼがさっき映ったのが水のリシーハット、大樹のダラフティン、月のグランセと炎のサングマだろう。
クラーテルより3つ年上のヴァレンティンも何かは知らないが映ったというし、エレナリーゼも映っている。
今考えられる可能性は2つあった。エレナリーゼたちが言うようにクラーテルが幼すぎるか、若しくはクラーテルが異世界からの人間であるからこの世界の神様から力を借りるということが禁じられている可能性があるということだ。
前者なら、時が自然に解決してくれるはずだ。だが、後者だとしたらクラーテルは一生魔法が使えない可能性が出てくる。
「お母様、僕は魔法を使うことができないのでしょうか?」
「そんなことはないわ。時が解決してくれるでしょうし、神様の力を借りない魔法もあるから安心なさい」
少し慌てたような母のその言葉を聞いてクラーテルは心底ほっとする。
せっかく21世紀の先進国である日本という、ある種魔法より便利であろうところからやってきた身なのだ。
もしも、魔法が使える世界で魔法すら使えないのならただ不便になりに来たようなものである。
だが、母であえるエレナリーゼが大丈夫というのなら、それを疑うようなことはしなかった。
「じゃあ、お母様、僕に神様の力を借りない魔法を教えて」
せっかく5歳の誕生日まで待てと言われて待ったのだ。これ以上待ちたくはない。
「ご、ごめんなさいラティ。お母さん神聖魔術しか使えないの。一応、魔力を弾にして飛ばすことはできるけど、それしかできないのよ」
「そうなの?」
エレナが言うには、どうやら神聖魔術が大半を占めるらしく、神の力を借りない魔法というのはかなりマイナーな部類に入ってしまうそうだ。
「今度、教えてくれる先生を連れてくるから。ごめんなさいね、ラティ」
エレナリーゼが謝って頭を優しくなでてくれる。
エレナリーゼが謝ってくれているが、エレナリーゼが悪いわけではなく、どうしようもないことだということが理性ではわかっていた。
だが、それでも期待していたのだからやはりやるせない思いというのもどうしても拭えない。
「ラティ、そんな顔しないの。私が覚えてる魔法を1つだけだけど教えてあげるから」
そう言うとエレナリーゼは軽く深呼吸をして左の掌を空へとかざす。鋭い目つきの母を見ることは少なく、クラーテルはどこか新鮮だった。
時間にして2秒ないし3秒程度でエレナリーゼの掌の上に透明な弾が浮かび上がる。
「見えるかしら、ラティ?」
ビー玉のようなしっかりとした形のあるものではない。
どこか揺らぐ、陽炎が弾にでもなったような、不思議な感覚だった。
「うん、見える」
「これが魔力。で、私が使えるのは……」
母はそれをそのまま右手でデコピンの要領で窓の外に飛ばす。
カンッと音がして近くの木に穴が開いていた。
「本当は魔法を覚えた後に魔力を制御するために覚えることが多いから、ラティもいきなりは難しいかもしれないわね」
正直最初にかけてもらった癒やしの魔法とかに比べると遥かに地味だが、それでもやっぱり自分たちの世界にはなかったものだ。今の自分にそれしかできないと言うのなら、頑張るだけだ。
「何をどうすればいいの?」
「まずはお母さんがやったように掌を上にして、慣れないうちは目を閉じたほうが魔力を感じられていいかもしれないわね」
言われるがままに目を閉じ、左手を空へとかざし、大きく深呼吸をする。
「それで、魔法が使ったことないから難しいかもしれないけど魔力を掌の上に集中させて、それを縮めて弾を作るの。最初の魔力を集中することさえできれば、後は難しいことじゃあないわ」
クラーテルは言われたとおり、大きく深呼吸をしながら掌にわからない何かを集中させようとする。
だが、集中させるにしても、何をどのように集中させればいいのか、皆目検討もつかなかった。
「魔力って、どういうものなの?」
「うーん、難しいわね。でも、私は先生から体の中にある熱って教えてもらったわ」
「ふーん」
元いた世界でいうところの気、みたいなものなのだろうか。
クラーテルも昔しバカスカ手から気を飛ばしまくるマンガやアニメを見たことがある。
もう一度、さっきよりさらに深く深呼吸をしながら手にひたすら熱を押しこむように、握りこんだ手の中に力がこもるようにと意識をする。
吸って、吐いて、吐いて、吸って。ゆっくり、ゆっくりとそれを続ける。
瞳を閉じて、自分の中にある熱をゆっくり、腹から肩、肩から肘、肘から左手へと集中させていく。
「えっ、ラティちゃんとできてるわよ」
母に言われて目を開けてみれば、エレナリーゼが言うとおり、先ほどのような玉にはなかってないが、左手全体から陽炎が立ち込めていた。
「ねぇ、これどうすればいいの?」
「だいぶ集められたみたいね。じゃあ、弾にするのはまだ難しいし危ないからそのまま力を抜いて、ゆーっくりとゆーっくりとね」
言われたとおりゆっくりと力を抜いていくと、途端にクラーテルの左腕に集まっていた魔力は流れて体内に戻っていく。
「そうそう、上手よラティ」
陽炎はすぐに消えてなくなった。まともな魔法とは言えないが、確かに異世界の力の一端を自分の手にしたことでクラーテルは嬉しくなっていた。
「早くいっぱい魔法が使えるようになりたいなぁ」
「そうですね、クラーテル様はとても勉強熱心のようですし、すぐに多くの魔法を使えるようになりますよ」
「そうね。ラティのために魔法を教えてくれる人をお義父様にお願いしようかしら。こんな時代だからこそ、戦場に行くのを厭う方もいらっしゃるでしょうし」
生まれて5年間で学んだ中で、クラーテルの生まれた国はどうやら平和ではなかった。
王弟と王太子による王位継承戦争、内乱状態だった。
だから、父であるカミニはその間手薄になった北から異民族が攻めこんでこないようにするため、北部へと張り付いているとエレナリーゼから教えてもらっていた。
「ありがとうございます、母さま」
とりあえず、いろんな事情はさておいてクラーテルは今日は初めての魔力集中を喜ぶことにした。